ライトの想い フィオナの想い
王都を出てから十日。
旅は順調に進み、俺達は予定通り国境線であるカラカス川まで辿り着く。特に監視などはないただの川だ。
しかし、ここから先は敵地となる。しかもアルメリアからの支援は無し。
協力者が得られない場合は独力で依頼を達成しなくてはいけない。
幸い俺の元ペットであるバカ犬こと宰相閣下はご存命のようだ。何とか奴と接触出来ればいいのだが。
もし協力してくれないようなら背中の毛を逆なでしてから耳を裏返してやる。
一度潜入すると一切気が抜けなる。今日はまだ日が高いがここで一泊することにした。
今のうちにリラックスしておこう。
テントの設営を終え、夕食の準備を……
「ライトさん、今日は私が作ります。食材が少ないからシンプルな料理しか出来ませんが。それとラーメンの在庫はこれで最後です」
しばらくラーメンはお預けか…… 獣人の国サヴァントではゆっくり食事をする余裕もないだろうからな。しっかり味わっておこう。
「分かった。残念だけど仕方ないな。それじゃ
これは最近のお気に入りなんだ。いつもの塩味も捨てがたいんだけどね。
「いいですよ。私もあの味が大好きなんです」
そう言ってフィオナは微笑む。かわいいなぁ。
彼女は調理を開始する。しかしラーメンだけでは少々物足りない。俺も一品用意するかな。
近くの森に入り、狩りでもしようと思ったが……
木に絡まる蔓草が見える。やった、あれがあるじゃん。
ダガーを使い、丁寧に穴を掘る。すると……
あった。穴の中から見事な山芋が現れる。折らないように静かに掘り出す。これでおかずが一品増えたな。
これを短冊切りにしてビネガーと魚醬で味をつければ酒の肴っぽいおかずが出来上がる。
母さんがよく作ってくれた思い出の味だ。成人してからは、これとワインで父さんとよく酒盛りをしたもんだ。
テントに戻ると、フィオナはお湯にラーメンを入れようとしていたところだった。
俺は戦果を自慢しつつ、フィオナと二人で調理を始める。
「もうすぐ完成です。そっちはどうですか?」
「最後に調味液をかければ…… 出来た! さぁ食べるか!」
フィオナの土魔法で作った簡易テーブルにラーメンと山芋を並べる。落ち着いた食事はしばらく出来ないはず。よく味わって食べよう。
箸を使い、ラーメンを一口。うん、いつも通り美味しい。
フィオナは俺が用意した山芋の細切りに夢中のようだ。
「ライトさんが作ってくれたおかず、すごく美味しいですね。酸味、塩味、食感のバランスが取れてます。また食べたいです。これって何て言う料理なんですか?」
「んー、母さんがよく作ってくれた料理だけど名前は無いんじゃないかな。山芋を細切りにして味付けするだけだしね。大したもんじゃないよ」
実際大したもんじゃない。塩を利かせ過ぎなければ誰だって美味しく作れるさ。
「ライトさんの好みが私に似てる理由が分かりました。素材を活かす味が好きなんですね」
さすがフィオナ、分かってるな。具沢山のラーメン、ソースをふんだんに使ったパスタもいいが、やはりシンプルな方が俺は好きだ。
その後も美味しく夕食をいただいた。
フィオナは終始尻尾を振りっぱなしだった。この旅が始まってからずっと耳と尻尾を着けているんだが。
まだ早くない?
食事を終え、焚火を囲んでまったりする。
「どうぞ」
「ありがと」
フィオナがお茶を入れてくれた。彼女は俺の隣に座る。
言葉は無いが、犬耳が後ろに倒れている。ははは、喜んでるな。
それにしてもごはん、美味しかったな。献立にはフィオナのラーメンと俺のおかず。
家族の味ってこうやって作っていくんだろうな。
家族か…… 俺が失くしてしまったもの。
フィオナの出自は分からない。そもそもトラベラーがどうやって生まれたのかも分からない。
フィオナ自身も知らないだろう。
ここにいるのは孤独な二人ってことか。もしフィオナと家族になることが出来たなら……
彼女は不死の存在だ。だが俺はあと五十年生きられるか分からない。俺との時間は彼女にとっては一瞬の出来事なんだろう。
例えばだ、俺が彼女と一緒になる。そして俺は寿命で幸せを感じつつ死を迎える。
しかしフィオナは俺がいなくなってからも、無限とも思える時間を一人で過ごしていかなければいけない。
俺が想いを伝えて、俺達が一緒になって、その中で俺は死んで、彼女は一人……
それって幸せって言えるのかな? むしろ不幸なんじゃないかな?
フィオナのことを本当に大切に思っているなら、想いを伝えず今の関係を続ける方がいいんじゃないかな?
フィオナは喜びと怒りの感情に目覚めている。もしかしたら哀と楽の感情に目覚めるかもしれない。俺がいなくなったことで彼女が悲しむ姿を想像すると胸が痛む。
フィオナのことが好きだ。自分以上に大切な存在だ。だからこそ俺は悩む。
俺と彼女にとって一番いい関係って何だろうか。
「ライトさん……」
「ん? 何……」
―――チュッ
フィオナが突然キスをしてくる。
ゆっくりと口を離し、俺の顔を見つめ……
「難しい顔をしています。何となく考えてることが分かりました。だから…… やはり私から言わせてもらいます。
ライトさん、貴方のことが好きです。大好きです。長い時間生きていますが、こんなに胸が熱くなったのは初めてです。
やっと胸に宿る熱の正体が分かりました。これは愛……なのでしょう。私は貴方のために喜び、貴方のために怒りを感じます。そのうち貴方のために悲しむことが出来るかもしれません。そのうち貴方との将来を期待してしまうかもしれません。
感情が不十分だから完全な愛とは言えないかもしれません。だけど私の本能が言っているのです。ライトさんのことが好きなんです。この気持ちは本物です。トラベラーの存在意義は契約者を支え、導くこと。ですが今はこの気持ちより、ライトさんが好きだということのほうが強いんです。
だから私はライトさんが死ぬまでそばにいたい。ライトさんを守りたい。ライトさん、貴方を愛しています……」
「…………」
俺のバカ。結局フィオナに言わせちゃったよ。俺も何か言わなきゃ……
でもな、感動して言葉が出てこないんだ。こういう時ってどうすればいいんだ? 行動で示すしかないよな。
フィオナを抱きしめる。
「ライトさ……ん……」
「…………」
彼女に顔を寄せ、口付けを交わす。
想いが伝わるように少し長めにした。
彼女もそれに応えるように舌を絡めてくる。
フィオナ、大好きだ。愛してる。
でもね……
「ん…… フィオナ、ありがとう。俺もフィオナのことを愛してる。でもこの続きはこの依頼が終わってからでいいか? 明日から一切気が抜けない日々が続くと思う。それだけ大変な依頼だ。
色を知って油断して、なにかボロが出て、依頼が失敗に終われば戦争が始まるかもしれない。だから、この続きは後に取っておきたいんだけどいいかな……?」
「待ってます……」
―――チュッ
そう言って今度はフィオナからキスをしてきた。ごめんな。君から言わせてしまって。
変なプライドで君を待たせてしまった。でもこれでお互いの気持ちは伝わった。
早く依頼を終わらせよう。
そしてお互いの想いを確かめ合おう……
◇◆◇
王都を出て十日目。私達はようやくサヴァントとの国境であるカラカス川に着きました。
この先は敵地…… ライトさん、心配しないでください。この身に変えても貴方を守りますから。
当のライトさんは荷物を下ろし、野営の準備を始めます。まだ日が高いのに? このままサヴァントに入るのかと思いました。
テントの設営を終え、私は夕食の準備に取りかかります。食料品を入れた鞄を漁るのですが…… 今日は何を作りましょうか。
私は鞄から乾燥ラーメンを取り出します。これが最後の一食です。もう少し作ってくればよかったですね。
「ライトさん、今日は私が作りますね。食材が少ないからシンプルな料理しか出来ませんが。それとラーメンの在庫はこれで最後です」
ライトさんは少し残念そうな顔をして、森に入っていきました。食材の調達でしょうか? ライトさんのことです。すぐに戻ってくるでしょう。
調理しながら彼の帰りを待つことにしました。
野菜を切り終え、お湯が沸く頃ライトさんは戻ってきました。その手に見事な山芋を持って。
ライトさんは山芋を使って、おかずを作るようです。私達は一緒に調理を進める。ふふ、楽しいですね。
ダガーを器用に使い、山芋を短冊状に切る。味付けは…… なるほど、ビネガーと
「もうすぐ完成です。そっちはどうですか?」
「最後に調味液をかければ…… 出来た! さぁ食べるか!」
料理が出来上がりました。ライトさんが美味しそうにラーメンを食べる姿を見て思います。
んふふ、かわいいですね。それにしてもこの山芋の料理は美味しいです。
食感、味付け、全てにおいて私の好みに当てはまります。今度作り方を教えてもらいましょう。
食事を終え、ライトさんは焚き火の前でタバコを吸っていました。
もう、またタバコなんて吸って。気付かれないように、こっそり解毒の魔法をかけておきました。これでタバコが持つ毒を浄化することが出来ます。
私はお茶を淹れ、ライトさんに渡します。
彼はお茶を一口啜り、私に微笑みかける。
胸に暖かい火が灯ります……
言葉も無く、静かな時が過ぎていく。
私はライトさんに寄り添い、彼の顔を見つめます。
ライトさんは何か言いたそうに私を見つめますが黙ったままです。
この顔…… 何を考えてるのか分かりました。
ライトさんのバカ……
早く言って欲しいのに……
チクッ
う…… 胸の中にトゲが産まれました。この感覚は怒りですね。私はライトさんに怒りを感じているのでしょうか? 想いを言葉に出来ないライトさんに怒りを……
ふふ、私も変わりましたね。
仕方ありません。
ライトさんが言わないのなら……
―――私が言います。
「難しい顔をしています。何となく考えてることが分かりました。だから…… やはり私から言わせてもらいます。
ライトさん、貴方のことが好きです。大好きです。長い時間生きていますが、こんなに胸が熱くなったのは初めてです。
やっと胸に宿る熱の正体が分かりました。これは愛……なのでしょう。私は貴方のために喜び、貴方のために怒りを感じます。そのうち貴方のために悲しむことが出来るかもしれません。そのうち貴方との将来を期待してしまうかもしれません。
感情が不十分だから完全な愛とは言えないかもしれません。だけど私の本能が言っているのです。ライトさんのことが好きなんです。この気持ちは本物です。トラベラーの存在意義は契約者を支え、導くこと。ですが今はこの気持ちより、ライトさんが好きだということのほうが強いんです。
だから私はライトさんが死ぬまでそばにいたい。ライトさんを守りたい。ライトさん、貴方を愛しています……」
私の想いを言葉にしました。
ライトさん……
愛しています……
ライトさんは私の想いをどう受け止めてくれるのでしょう?
彼は言葉にすることなく、黙ったまま私を抱きしめました。
―――チュッ
そして深い口付けを……
胸の中に喜びの火が灯りそして溢れました。
その時です。声が聞こえました。
私の中からです。
―――来人君……
―――ライトさん……
この声は……
聞いたことのある声です。
この声を聞いた瞬間、胸に宿る喜びの火がいっそう燃え上がるのを感じました。
―――ピシッ
さらに聞こえてきた音が。
喜び、怒りの感情が産まれる前に聞いた音。
もしかしたら……
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