アモン 其の一

 気配がする。会いたくて会いたくてたまらなかった相手の気配だ。


 俺の親を、友人を、家を焼き、森の王国ではスタンピードを起こした。その中でコイツは一度フィオナを殺している。


 憎い。憎くてしょうがないのに。


 はは、でもなんで俺はこんなに喜んでるんだろうな。久しぶりに友人に会えるみたいな喜びだ。


 アモンは東の先にいるはずだ。多数の魔物がそれに至る道を阻んでいる。関係無い。押し通るのみだ。


「ゴーレム隊! 左右に展開! 血路を開け!」

「…………」


 ひげ……いや、シグが俺の隣に。どうした?


「私共もついていってよろしいか?」

「嫌と言っても来るんだろ?」


 トラベラーは本能的に俺を守っているらしい。理由は知らんけどね。

 この先危険が伴うならば、拒否することは出来ないだろう。だが……


「二分やる。俺に同行するのは百人に絞れ。残りは東門の防衛に回す」

「承知」


 東には三千人のトラベラーがいるんだよな。全員で行くことはない。戦力過多もいいとこだ。

 シグが辺りのトラベラーに声をかけ始める。選定は任せるとしよう。


「とうとうこの時が来ましたね」


 フィオナが話しかけてくる。表情は硬くない。いや、むしろ笑っているか。


「君もなんだか嬉しそうだね」

「ライトさんほどではありません。でも、アモンは私の仇でもあります。一度煮え湯を飲まされていますから。アヴァリでは、まだ人としても心を取り戻していませんでした。だから復活した後は何とも思わなかったんです」


「でも今は違うと……」

「そう。自身の仇としてもアモンを倒したいんです。ここまで来て帰れなんて言わないですよね?」


 はは、ここまで来たんだ。そんなこと言えるわけないさ。

 それに隣にフィオナがいれば心強い。


「一緒に戦ってくれる?」

「はい! もちろんです!」


 そう言って抱きついてくる。そして俺の顔を見上げ、目を閉じる……


 口と口が触れた瞬間…… 

 なんだろうか、嫌な予感がした。虫の知らせっていうのかな。

 アモンと対峙した時に、何か悪いことが起こる。そんな気がしたんだ……


 おぼろげながら、つい最近見た夢の記憶が呼び起こされる。

 たしか、一人で闇を彷徨っているような夢だった。その中で俺は泣きながら何かを求め彷徨っていたんだ。

 よく思い出せないが…… 


 いかんな、こんな所で日和っていては。

 なんにしても強敵に挑むんだ。危険が伴うのには変わりない。注意していこう。


 少し長めのキスを楽しんでいるところ、シグが声をかけてくる。もう選定は終わったのか? 

 もう二分ぐらいあげようかな。もうちょっとフィオナの唇を堪能していたい。

 シグ…… だからそんな羨ましそうな目で俺達を見るな……


「ライト殿。準備が出来ました。援護しやすいよう八割は魔導士にしました。この編成でよろしいでしょうか?」


 魔導士が中心か。いいだろう。アモンとは直接ぶつかることになると思う。前衛が多すぎては、かえって邪魔になる。

 もちろん止めを刺すのは俺の役目だ。誰にも譲る気はない。


「それでいい。こっちはいつでも出られるぞ。一つ言っておく…… アモンに会った時だが、俺の指示が無い限りは手出しは無用だ。基本的には俺一人が相手をする」

「しかし、それでは……」


 シグもトラベラーだ。本能的に俺を守ろうとする。自分の本能に反する命令をされて困っているのだろう。じゃあこうするか。


「お前は俺がピンチになったと判断した時に援護を開始してくれ。それでいいな。だから、なるべくは手を出さないように」

「承知」


 納得してくれたか。では進軍開始と行きますか! 

 俺達はアモンの気配がする東に進路を取る。時折魔物が邪魔してくるが、密度はかなり薄くなっている。

 そういえば俺達が東門に来る前にトラベラー達がかなりの量の魔物を退治してくれたんだったな。


 まるで無人の野をかけるが如く進むことが出来た。

 東門から五キロといったところだろうか。ここら辺は丘陵地帯となっている。


 少し先に小高い丘が見える。そこにたたずむ一つの影。


 いたか。


 元凶め。今日で終わらせてやる。


「目指すはあの丘だ! アモンを囲むように進め! 一旦散開! 包囲が出来たら、後方の魔物が来ないよう防衛し続けてくれ! 援護は俺の指示が出るまで、もしくは俺が殺られそうになるまで不要だ! 分かったか!」

「「「応っ!」」」」


 トラベラーは散っていく。隣にいるのはフィオナだけだ。


「行きます」

「あぁ」


 二人で丘を登っていく。


 次第と影が近付いてくる。


 アモンの姿が見えてきた。


 懐かしい。


 逆立つ黒髪、頭から生える山羊の角、鱗に覆われた体、赤黒い皮膚、トカゲのしっぽに猫の目。


 悪魔。その形容がぴったりの姿だ。


 変わらないね。出会った時と同じ姿だ。アモンは腕組みをして俺達を凝視している。

 そして口元を歪め笑う。はは、俺に会えたのがそんなに嬉しいか。俺もだよ!


「よう! 久しぶりだな!」


 思わず声をかけてしまった。まぁ返事なんて期待してないけどね。

 どうせ今からコイツを殺すんだ。一言挨拶ぐらいしておいても大丈夫だろ。


 だが意外なことに…… 


『そうね、本当に久しぶり。出会った頃よりずっと強くなってる。嬉しいわ』


 アモンが声をかけてきた…… 


 女? いや、アモンの性別なんか気にしたことはないが、どう見ても男に近い。


 それにしても涼やかな声色だ。いや、俺を惑わす作戦かもしれない。俺はマナの剣を構える。


『ねぇ、ちょっと提案があるんだけど』

「そんなの聞ける訳ありません!」


 フィオナが激昂して杖をアモンに向ける。


『あぁ、貴女はトラベラーね。そういえばアヴァリで会ったわね。あの時はごめんなさいね。でもああするしかなかったのよ』


 フィオナが殺気を放っている。このまま戦えば足元をすくわれかねない。ちょっと落ち着かせないと。


「フィオナ」

「何です……!? んー!?」



 ギュッ チュッ



 抱きしめてキスをする。この子を落ち着かせるにはこれが一番だ。

 もちろんアモンを警戒はしたままだ。千里眼は発動してある。多少隙を見せても対応出来るだろ。

 今はフィオナを落ち着かせないと……


『ふふ。仲がいいのね。羨ましいわ』

「失礼。お目汚しをしてしまったかな。で、提案ってのはなんだ? 俺がお前を殺すことに変わりはないが、それでもいいのか?」


『結構よ。少し話がしたいだけなの。いいかしら?』


 話か…… どうせこいつを殺せば戦いは終わる。少しは話を聞いてもいいだろう。

 俺の腕の中にいるフィオナに耳打ちする。


「いつでも攻撃出来るよう、詠唱をしておいてくれ…… 少しでもアモンが変な動きをしたら遠慮無く魔法をぶち込んでやれ」

「分かりました……」


 フィオナを開放しアモンと対峙する。さて何を言ってくることやら。


『ありがとう。一つ聞かせてくれるかしら。あなた、今幸せ?』


 幸せかだと? 正直に言うべきか? 

 まぁこれから死ぬ者への手向けだ。嘘偽り無く伝えよう。


「あぁ。幸せだ。お前のせいで、家族、友人、故郷を失った。でもな、俺は新しい家族を手に入れた。友人も家もな。今までの人生の中で一番幸せだよ」

『そう。よかった』


 アモンは微笑む。

 え……? 悪魔のような姿なのに、表情は女性そのものになった。優しい笑みだ。

 一体こいつ何なんだよ……


『あなたが幸せになってくれて本当に嬉しい。初めて会った時のこと覚えてる? ごめんね、あの時はああするしかなかったのよ』


 今度は俺の頭に血が昇る! 謝って済むことかよ! お前は俺の全てを奪ったんだぞ! 

 剣を握る手に力が籠る…… 


 落ち着け。これはアモンの作戦かもしれない。戦いにおいて冷静さを失った方が負けだ。

 深呼吸をする…… 息を吸って…… 吐いて……


 よし、俺は大丈夫だ。少し頭から血の気が引いた。

 それじゃ話の続きだ。


「今度は俺から聞いてもいいか?」

『いいわよ。ふふ。人と話すのなんか久しぶり。楽しいわ』


 予想外な展開になった。

 しかし、こいつは俺の知らない情報を持っているかもしれない。

 引き出すだけ引き出してから……



 殺せばいい。アモンと会話を続けることにした。


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