クエスト
とにかくだ。俺達には金が必要だ。
高ランク依頼については今すぐ解決出来るものではないだろう。
今は宿賃を稼ぐため、俺達はEランクの依頼を二つ受けてきた。
フィオナは喜び以外の感情は薄い……というか全くないのだが、風呂と食事のためならがんばると言っていた。
時々、お前もう人間だろと突っ込みたくなる。
多分フィオナってトラベラーの中でも異質な存在なんだろうな。
ゴブリン退治のため、俺達は久しぶりに王都城外に出ることに。
そこにはよく知る顔の兵士がいるではないか。
「ライト、街を出るなんてどうした? 他のとこに行くのか!?」
ちょっと泣きそうな感じでグリフが声をかけてくる。
彼は王都で出来た唯一の友人だ。
今日も正門で衛兵の仕事をしている。
「違うよ。クエストのためだ。さっきギルド登録したんだよ。今からゴブリン退治行ってくるわ」
「そうか、とうとうお前も冒険者か! おめでとうだな。また酒でも奢ってくれ。冒険者って羽振りがよさそうだからな」
「よせよ、しばらくはお前より稼ぎは少ないよ。でも風呂に行くなら声をかけてくれ」
「ははは! 本当にはまったな。紹介した甲斐があったぜ!」
「とりあえず行ってくるわ!」
◇◆◇
グリフと別れ、北の海岸線に向かう。
最近その近辺で目撃情報が多数出ているからだ。
クエストを達成するにはゴブリンを五体退治して達成。
報酬は一万オレン。六体目以降は一匹につき二千オレンずつ上乗せされる。
討伐の証拠として耳を切り落としてギルドに提出するそうだ。
害獣駆除に似てるな。鹿が大量発生した時なんかがそうだ。
退治した後、耳を切り落として猟師組合に持っていったもんな。
ふふふ、それにしても楽勝すぎる。
こちとら神様からのギフト持ちだぜ。
実はマナの矢を撃ちたくて仕方ないのだ。
この半年、力を全て封印して稽古をしてたからな。
俺の隣にいる鬼コーチのアドバイスに従ってだが……
まぁそのおかげで強くなれたので良しとしよう。
最終的にフィオナとも少しだけいい関係にもなれたし。
因みにフィオナのお願いのキスは、彼女のリクエストがある時以外は寝る前の一回に留めている。
あんまりしすぎると自分に歯止めが利かなくなってしまいそうで怖いのだ。
三十分ほど歩くと潮の香りがしてくる。
海が近い。今のうちに索敵しておくか……
半年ぶりに千里眼を発動! すると……
ギュオンッ
うおっ!? 視界が一気に広くなる。
いや、広くなるどころか、遥か遠く先まで見通せる。
すごい…… 見えない距離にある全てが、まるで目の前にいるかの如く感じられる。
あんまり善行は積んだ覚えはないのだが。
地力が上がったせいなのかな?
見える範囲、鮮明度が上がったように思える。
お? あそこにいるのは……
ゴブリンだ! 全部で二十匹いる!
やった! 大所帯だ!
こんにちは四万オレン!
久しぶりに体にマナを取り込む。
足元からほのかな熱を感じ……?
ギュォォォォォンッ
熱い!? 全然ほのかじゃない! 火傷しそうなほどのマナの奔流だ!
お、落ち着こう……
このままじゃまともに狙いをつけられない。
「ふぅー……」
ゆっくりと深呼吸。
普段狩りをやっているような気持ちで……
何も考えず……
獲物だけを見る……
シュゥゥンッ
するとマナが静かに体の中で円を描く。
ふー。これが本来のギフトの力なのだろうか?
俺って凄いものをプレゼントされたんだな。
女神様に感謝しつつ弓を構える。
標的は一キロ先、障害物があろうとも当たる気しかしない。
イメージするのは無属性のマナの矢だ。
右手に僅かな重みを感じる。
一本ではない。同時に五本にしてみよう。
それを四回放ってジ・エンドだ。
弓を引き絞る。
ギリギリ…… ドヒュンッ!
一回目を放つ。
続きて二回目、三回目。
最後だ。四回目のマナの矢を……
ドヒュンッ!
放つ!
時間差を置いて放たれた矢がゴブリンを襲う。
俺は千里眼を使ってその様子を見ていた。
一本目の矢がゴブリンに命中。
ズゴォッ!
標的は粉々に砕け散った。
すごい……
無属性とはいえ、初めての時に比べ段違いの威力だ。
マナの矢は次々とゴブリン達を打ち砕いた。
威力が高すぎる……って、おい!?
自分に突っ込んでしまう。
マナの矢が凄すぎたからではない。
ゴブリンたちが粉々になってしまったせいで耳の回収が出来ないせいだ。
さようなら四万オレン……
だってなんも残ってないんだもの!
あるのはマナの矢で出来たクレーターが二十個あるだけだよ!
だめだ…… この力はしばらく封印だ。
Eランクで使うにはオーバーキル過ぎる。
「ライトさん、どうしたんですか?」
「いやな、実は……」
無表情のまま俺を見つめている。
怒りの感謝は無いはずだが、俺にはめっちゃ怒ってるように見えた。
ほんと…… すいませんでした……
この後ゴブリンたちに出会うことは無く、薬草だけ摘んで帰ることにした。
俺達の初仕事が終わる。
ヤバいぞ。どうにか高ランクの仕事をゲットする方法を考えねば……
今回の報酬は薬草二十枚で五千オレン。
宿賃と食事、お風呂で全部使ってしまった。
◇◆◇
初めてのクエストから一週間後……
「にゃーん」
「ほらほらー。猫ちゃんこっちだよー。ご主人様が待ってるよー」
「にゃーん」
「よーし、いい子だねー」
よし、確保完了。
首輪にはタマと刻印されたプレートがある。この猫で間違いないようだな。
タマちゃんを依頼主に返して依頼完了っと。
「冒険者さん、ありがとー!」
「にゃーん」
「よかったね。もしまた迷子になったら遠慮なく依頼してね。ご指名依頼も承っております!」
俺は無事、子猫探しのクエストを完了した。
報酬は依頼主の女の子のなけなしのお小遣いで一千オレン……
あーーーっ! 何をやっているんだ俺は! 違うだろ!? 冒険者ってこういうことじゃないだろ!?
俺はこんなところで子猫を見つけてモフっている暇はないのだ!
俺は今ソロで依頼をこなしている。
フィオナは別行動だ。
効率よく金を稼ぐため、お互い別の依頼を受けている。
そしたらですよ! フィオナの奴、こないだBランクパーティのお誘いを受けて魔物討伐とか行ってやんの! ずるい!
報酬は二十万オレンだった。
やっぱり魔術師って需要多いんだな……
フィオナは今日も大量発生したリザードマンの駆除に向かっている。
これはBランクの依頼だ。
フィオナは今、王都冒険者ギルドの中では噂になっている。
回復、攻撃何でもござれのすごい魔術師がいると。
幸い彼女がトラベラーとはバレていないので期待の新星として先輩冒険者から可愛がられているのだ。
腕が立つ上、あの美貌。そりゃ誘われるわ……
ちなみに俺もギルドの中で噂になっている。
麗しい女魔術師に寄生する地雷職の紐野郎としてだが……
先日フィオナが報酬の金を俺に渡してきて、俺に笑顔でキスを求めてきたのだ。ギルドの中で。
そりゃ紐って思われて当然だわな。
一気に噂は広まり、俺は他のパーティに潜り込むことは出来なくなった。
やむなく身の丈にあったEランクの依頼をこなす毎日が続いている。
夕方になり俺達は合流する。
二人で報酬を受けとるのだが、フィオナの報酬は五十万オレン。
俺の報酬は子猫探し、薬草採取、商店の店番で七千オレンだった。
いかん、経済的ヒエラルキーは確実に俺が下だ。
この状況が続けばフィオナも、『これ以上あなたについていけません、さようなら』みたいなことになりかねない。
今こそ男としての甲斐性を見せねばならないのだ!
俺の実力を見せつける機会があればこの状況を打破することが出来るのだが……
鬱々としながら宿に戻る。
適当に食事を済ませたら夜も更けてきた。
そろそろ寝るか。フィオナと一緒にベッドに入ると……
「ライトさん、お金のことは気にしないで下さい」
ほほ笑むフィオナ。
なんていい子なんだ……
あーぁ、フィオナが人間だったらな。
くそ、俺は何を考えてる。
種族は違えど、惚れた女じゃないか。
情けない自分に嫌になりつつ、眠りに落ちる……
◇◆◇
俺は鬱々とした気分でギルドに向かう。
今日は何かいい仕事はないだろうか?
報酬が高く、そして善行を積めるような美味しい依頼は……あるわけないか。
しょうがない。今日も身の丈にあった仕事をこなすとするか。
気分を変えて、ギルドに入ると……
ドタドタドタドタッ
「急げ! さっさと準備しろ!」
「分かってる!」
「馬を借りてきたぞ!」
「よっしゃ! 俺達が一番乗りだな!」
上へ下への大騒ぎだ。どうしたのだろう?
その様子を見ていると、大声で俺達に話しかける者がいる。
「全ギルドメンバーに告ぐ! 政府からの緊急依頼だ! 獣人の国、サヴァントの宰相閣下が現王エスキシェヒル五世に謁見のため本日王都に到着予定だったが、行方不明の報告が入った! 小規模ながら王都南東部でスタンピード発生の報告も入っている! 宰相閣下が巻き込まれた可能性が高い! スタンピード鎮圧、並びに宰相閣下の発見、救出を命じる! 速やかに行動せよ!」
ギルド長だ。普段から怖い顔をしているが、今日は鬼のような顔をしている。
スタンピードだと?
とうとう王都付近でも発生したか。
しかも隣国のお偉いさんが巻き込まれたのか。
ここで活躍出来れば汚名返上のチャンスだな。
だが俺の名誉よりも宰相閣下が心配だ。自分のことは後で考えればいい。
間に合うのであれば宰相を助けてあげたい。
名誉なんてものは後からついてくるもんだ。
父さんもそう言ってたしな。
「ライトさん、どうしますか?」
フィオナが訊ねてくる。
俺の答えは決まってるよ。
「俺達も行こう」
「んふふ、そう言うと思いました。それでは千里眼を発動してみて下さい。出来る限り広範囲で。手がかりが無いのであれば、オドの揺らぎを探すといいですよ」
オドの揺らぎか。確かにこのまま動いても、対象は見つけられないかもしれない。
フィオナの言う通り、やってみるか。
「ふぅー……」
深く深呼吸して集中する
千里眼を発動。範囲は最大限。
王都どころかこの国が全て見渡せるほどの上空に意識を飛ばす。
相変わらず不思議な感覚だ。
足はギルドの床を踏みしめているのに、見える景色は大空だ。
下を見ると、俺達がいるであろう王都が豆粒のように見える。
ん? あそこって……
多分あれだ。王都の北が陽炎のように揺らいでいる。
ここから十キロ先ってところか?
スタンピードは王都南東部で発生していると聞いたが、そこには何も無い。
ここは人の命がかかっている。
手柄を独り占めするつもりは無い。
俺は大声で……
「みんな聞いてくれ! 今スタンピードは北で発生している! 宰相がそこにいるか分からないが、魔物の動きがあるのは間違いない!」
「嘘言うんじゃねぇよ、この紐野郎!」
「そうだ! 地雷のくせにフィオナちゃんをたぶらかしやがって! 俺は南東に行くぞ!」
「フィオナちゃん、こいつと一緒にいると不幸になるよ。俺達のパーティにおいで。悪いようにはしないからさ!」
この嫌われよう……
みんなフィオナのことを気に入ってるから余計に俺のことが嫌いらしい。
俺は再度説得を試みたが無駄だった。
冒険者達はぞろぞろと南東に向かっていく。
「行っちゃいましたね」
「そうだな。仕方ないさ。言うことは言ったんだ。俺達も行こう……」
町に戻って馬屋から馬を借りる。
俺達は北に向かい馬を走らせた。
◇◆◇
ドカカッ ドカカッ
「頑張れ! 急ぐんだ!」
『ヒヒィーンッ!』
俺達は馬に乗って北に進む!
速度を保つため、フィオナが常に回復させながら馬を走らせた。
すごいな。魔法ってこんな使い方も出来るんだ。
「止まりなさい」
『ブルルル……』
フィオナの声を聞いて、馬は動きを止める。
とうした? まだ目的地に到着していな……
―――ゾクッ
辺りの空気が変わるのを感じた。
背中に嫌な汗をかく。
上空に鳥の群れが見える……
いや、あれは鳥じゃない。
あれは……
小型の飛竜、ワイバーンの群れだ!
こいつらってたしかAランクの討伐対象だよな!?
こんな化物が王都周辺に出るとは。
その下では獣人だろうか、ワイバーンと戦っている人達がいる。
倒れている人もいた。
飛竜は小型とはいえブレスも吐くことが出来る極めて強い魔物だ。
見るのは初めてだけど。
しかも頭も良いらしく連携して狩りを行うそうだ。
上空で待機している個体が交代で攻撃を仕掛けている。
このままではジリ貧となり、全滅は免れない。
「行くぞ!」
「はい」
俺とフィオナは馬を降りて全力で走り出す!
今助けるからな!
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