高速回転

 上空には飛竜の群れが飛び交っている。

 ワイバーンってやつだな。

 急いでいるので正確に数えている暇は無い。

 だいたい二十体ってとこだろう。


 Aランク討伐対象が二十体か。

 やばいな…… 


 しかし幸か不幸か獣人を襲っている飛竜は二体だけだ。

 後は上空で待機している。

 体力を温存しつつ、効率的に狩りをしているのだろう。

 だがな、それ以上はやらせない。


 

 ギリギリ…… ドヒュンッ!



 俺は交戦中の飛竜にマナの矢を放つ!

 狙うは目だ。

 視覚を奪えば戦力を落とすことが出来る。



 ドシュッ!



『ギャウッ!?』


 狙い通り目に命中! 

 しかし貫くには至らず。

 さすがはAランク討伐対象といったところか。


 一撃では倒せない。たがこちらに注意を向いた。

 そうだ、こっちに来い!


「フィオナ! 今のうちに結界で獣人達を守ってくれ!」

maltaeffamΔeek多重結界



 ブゥンッ



 光のドームが獣人達を包み込む。

 さすがだな。これでしばらくは大丈夫だろう。

 だが助けられなかった者もいる。

 兵士だろうか。二人が腹を裂かれて死んでいるのが見えた。

 他にも多くの者が傷付いているようだ。


「ライトさん、上です!」


 フィオナ? 上って?

 どういうこと……



 バサッ バサッ バサッ



 上空にいた飛竜が降下してくる。

 一匹ではない。

 全ての飛竜が俺目掛け襲いかかってくる!?   

 

 しまった…… 

 すっかり忘れていた……


 俺には呪いがかけられているんだ。

 それは魔物の注意を一気に集めてしまうというもの。

 飛竜は怒り狂ったかのように俺に襲いかかる。


 一体、二体なら何とかなると思う。

 それなりに強くなったからな。

 でも二十匹近くが一斉に……


 視界が飛竜の群れで覆いつくされた。

 突然のことに俺は身動きすることが出来なかった。

 走馬灯だろうか。

 飛竜がゆっくり俺に近付いてくる……



 俺、死ぬかも……



vaggauratal!】



 バリバリバリバリッ!



 突如フィオナの魔法が飛竜の上皮を焼く! 

 俺に襲い掛かった飛竜は地面に落下する。

 直撃を食らった数体は煙を上げて絶命していた。

 残りは感電してピクピクしてるが、まだ生きているようだ……



「ライトさん、まだ終わっていません!」

「え……? あ、あぁ…… わ、分かった!」


 フィオナの言葉で我に返ることが出来た。

 飛竜は息を吹き返しつつある。



 ダッ



 飛竜と距離を取り、ダガーを構える!

 やばかった! マジ死んだかと思った! 

 弓を使うに近すぎる。ならこれならどうだ!



 メキィッ



 身体強化術を発動! 全身の筋肉が肥大化する!

 とにかく数を減らさなきゃ! リミット一歩前まで発動だ! 

 前に発動した時は記憶が無くなったが、なりふり構っていられるか!

 もっとだ!

 めいいっぱい身体強化術を発動する! 



 ドクンッ



 ん? この感覚…… まるで脳が痺れているようだ。

 常に微振動しているような感覚を覚える。  

 視界から色が完全に無くなる。

 見えるのはモノクロームの世界だ。

 この中で息を吹き返した飛竜がこちらに向かってくる。

 すごくゆっくりと……


 ダメージの少なかった個体が空からブレスを吐いてくる。

 だがブレスはスローをかけられた如くゆっくり進んでくる。

 これって…… 俺の動きが速くなってるのか? 

 訳も分からず、回避に専念する。

 歩くより遅いブレスだ。当たる方が難しい。


 飛竜は次々に攻撃してくる。

 噛みつき、尾による薙ぎ払い、ブレス。

 全て避けきることが出来た。

 勝ちを確信した俺はマナの剣を発動する。



 ブゥンッ



 あれ? いつもは白く輝く刃なのだが、これは随分と赤黒い…… 

 なんか禍々しいな。


 飛竜が俺を食い殺そうと大きな口を開けて突進してくる。ゆっくりとだけどな。

 噛みつく瞬間、俺は回避と同時に刃を大上段に構え振り下ろす。抵抗を一切感じることはなく、飛竜の首を斬り落とした。一匹目。ただ空を切るかのようだった。それにしても今の俺は随分冷静だな。なんとなくだが、二匹目。邪神との闘いの時を思い出した。あの時も恐怖など一切感じることなく、三匹目。思考の波に身を、四匹目。任せていた。だが、今はこの力を、五匹目。制御出来ている。六匹目。


 次々と飛竜の数を減らしていく。

 作業を行うが如く淡々と。

 地上にいる個体の首は全て斬り落とす。

 残りは上空に三匹か。


 ダガーを鞘に納め、弓を構える。

 属性を込めてみるか。

 あいつらの弱点ってなんだ? 

 ドラゴンと言ってもトカゲに羽が生えたみたいなもんだろ? 

 なら氷だな。



 シュンッ



 マナの矢を三本同時に創造し、弓を引き絞る。

 矢は放つと同時に命中した。



 ピキィッ



『ギッ……』


 飛竜は上空で凍り付き落下してくる。地面に叩きつけられた飛竜は……



 ドスッ パキィンッ



 落下の衝撃で粉々になった。

 しっぽの先が俺に向かって飛んできたのでキャッチしてみると、中までしっかり凍っている。

 無事に勝てたようだな。


 身体強化術を解除する。

 すると……



 ゾクッ 

 ガタガタガタガタッ



 一気に感情が戻ってきた。

 足が震えてまともに立っていられない……

 ははは、本当に死ぬかと思った……


 それにしてもヤバかった。

 呪いの存在なんかすっかり忘れていた。

 フィオナの援護が無かったら死んでいただろう。

 視界を埋め尽くすワイバーンの群れ……

 恐怖でしかない。夢に出てきそうだ。

 思い出すだけでも吐き気がしてくる……


「ライトさん、大丈夫ですか?」


 フィオナは冷静かつ、無表情で尋ねてくる。

 ありがとう…… フィオナがいなかったら今頃は飛竜の胃の中だよ……


 俺が落ち着くまで、少し時間がかかってしまった。

 そしてようやく震えが止まる。

 フィオナにお礼を言わないと。

 それに聞いておきたいことがあるんだ。

 

「すまない、助かったよ…… そういえば俺、身体強化術をリミットギリギリまで発動したんだけど、邪神との戦いもこんな感じだったのか? 今回は全部覚えてる。すごく速く動けるような感覚があったんだけど、俺どうだった?」

「速く動けるのとは違いますね。もちろん身体強化術で能力は上がっているでしょう。でもそれだけじゃありません。ライトさんは高速回転クロックアップしていたんです」


「クロックアップ?」


 初めて聞く単語だ。

 詳しく聞いてみよう。


「高速回転とは身体的なブーストではなく、思考の強化です。発動すると常人の百倍近い思考速度を得ることが出来るんです」

「思考が速くなると強くなれる訳?」


「例えるなら一秒を百秒に感じられるということでしょう。分からないことも多いと思うけどアレが答えです」


 フィオナはそう言って体と首が泣き別れした飛竜の群れを指差した。

 難しいことは分からんが、これなら分かる。この力やべぇな…… 

 使い方を選ばないと俺が化け物扱いされてしまいそうだ。  

 紐の挙句、化け物ではギルドでの居場所が完全に無くなってしまう。

 

 退治した飛竜を眺めつつ、自分の力の使い方を考える……

 ん、そういえば飛竜って……

 そうだ! 素材だ!

 こいつらはAランク討伐対象!

 間違いなく高く引き取ってくれる!

 なんなら、あっさりとランクアップ出来たりして!

 

 ギルドのランクも大事だが、俺達にはまず金が必要だ。


「なぁ、素材は取っておかないか?」

「素材ですか?」


「あぁ、これがあればしばらく生活に困らない。毎日お風呂に通えるかもな」

「お風呂…… んふふ、分かりました」


 急に笑顔になる。

 ふふ、かわいいな。

 俺達はいそいそと飛竜の鱗、牙など回収する。


「ライトさん、この牙はきっと高く引き取ってくれるはずですよ」

「牙か。あっちにもあるな」

「おい」


「なぁ、これって鱗かな?」

「そうですね。これも回収しておきましょう」

「おいったら……」


「ふぅ、ずいぶん集めたな」

「充分ですね」

「おい! 話を聞けって!」


 ん? 素材集めに夢中になっていたので気付かなかった。

 俺達を見下ろすように、壮年の犬獣人が話しかけてくる。


 いかん、すっかり忘れていた。

 俺達は彼らを助けに来たんだった。


 俺達に話しかけてきたのは獣タイプの犬獣人り二足歩行の犬そのものだな。

 恐らく身分の高い人なのだろう。

 他の者に比べて、煌びやかな衣服を着ているし。


「全く…… これだから人族は困るのだ。まぁいい。貴殿らの助力、深く感謝する! 我はサヴァント宰相、カイル デレハ バルデシオン! 誇り高き犬氏族の代表としてエスキシェヒル王に謁見に参った! 

 貴殿らの働き、誠に見事であった! だがまだ魔物は近くにいるかもしれん。世話をかけて申し訳ないのだが、王都まで案内と護衛をお願い出来ないだろうか?」


 氏族か。前に聞いた通りだな。獣人の国サヴァントは氏族制で成り立っている。  

 簡単に言えば血縁集団だ。三つの氏族で国が出来ているらしいが、氏族同士で仲がいいわけではなく一枚岩ではないらしい。

 十年以上前に俺の家に居候していたバカ犬が言っていたのだ。


 ん? そういえば宰相の名前って……

 あれ? やっぱりこいつ見たことがあるような……

 

「宰相閣下。少し失礼いたします……」

「どうした?」



 ペコッ ペコッ



 俺は閣下のピンと立った耳を裏返してみた。バカ犬によくやったいたずらの一つだ。


「な!? 貴様何をする! いや、この匂い…… お前まさか!?」

「バカ犬…… カイルさんか?」


 間違いない。目の前にいる犬獣人は以前居候していたバカ犬だ。

 あんた、何やってんだよ?


「お前、ライトだな!? 大きくなったな!」

「カイルさんこそ白髪が増えちゃって…… 苦労してんだね。加齢臭? いや、濡れた犬の匂いか」


「いや、そりゃ犬獣人だから仕方ないだろ!」

「それにしても宰相って何さ!? あんた、そんなに偉い人だったのか!?」


 御付きの兵は不思議そうな顔で俺たちのやり取りを見ている。 

 そう、宰相閣下ことバカ犬は十年以上前、村外れで行き倒れているところを俺に助けられたのだ。

 俺は哀れな迷い犬を救うつもりで家に連れて帰ったのだ。

 しばらくこのバカ犬を家で保護することになり、お礼にと彼は俺に身体強化術を教えてくれた。


 他にも他国の話や旅の話も聞かせてくれて、当時の俺はバカ犬の冒険譚に胸を躍らせて聞いていた。


 でもなんで今はお大臣なんてやってるわけ?


「いやな、隠すつもりはなかったんだが、犬氏族の中でも名家の出でな。王宮勤めが決まったから、その前に諸国漫遊をして見分を広げてたのさ。途中で金が尽きてお前に拾われちまったがな。

 それにしてもお前でかくなったな! 顔は昔と変わらん、悪ガキのまま大きくなりやがって! コディとナコちゃんに苦労かけてないだろうな!?」


 そうか…… カイルさんは何も知らないんだよな。

 父さん達が死んでもう一年以上経つ。

 俺は受け入れることが出来たが、みんなのことを思い出すと時々大声で泣きたくなるほど悲しくなる。

 カイルさんにも伝えなくちゃな……


「父さんも母さんも、もういないんだ。スタンピードだよ。みんな殺された。俺は仇を討つために王都に来て冒険者になったんだ」

「そ、そんな…… すまん。悪いことを聞いた……」


 カイルさんの表情は暗い。

 そうだよな、父さん母さんとは年も近くて仲良かったもんな。

 辛いのは俺だけじゃないんだ。


「気にしないでよ。そうだ! 仕事で王都に来たんだろ? 送ってくよ!」

「分かった…… お前、強くなったな」


「だろ? 俺にかかれば飛竜なんて……」

「違う。心が強くなったってことさ」


 はは、誉められたよ。

 俺達は昔話をしながら王都に向けて出発した。



◇◆◇



「助けてくれてありがとう! 明日は冒険者ギルドを訪問する予定だ。お前も絶対に来い! じゃあな!」

「分かった! 顔を出すよ!」


 正門を入ったところで王宮からお迎えが来たので、俺達はここで別れた。

 それにしてもあのバカ犬が宰相閣下とは…… 俺はそんな人をペットにしてたのか。


 そうだ、明日はカイルさんを風呂にでも連れていこうかな。

 でも犬って濡れると臭くなるよな。

 止めておくか。それにずいぶん歳取ったな。すっかりおじさんだ。

 これからはカイルおじさんと呼ぼう。


 超絶に失礼なことを考えつつギルドに赴く。

 宰相閣下救出の報告と素材換金のためだ。

 それにしてもワイバーンの素材は幾らぐらいになるのだろうか? 

 しばらくは宿賃に困らない程度には頂きたいものだ。


 ギルドの中に入るが…… 

 冒険者は一人もおらず、静かだった。

 そうか、彼らはバカ犬が助けられたこと知らずに南東を探しているんだな。

 俺が戻ってきたことに気付いたギルド長が怒った顔で詰め寄ってきた。


「お前こんなとこで何やってんだ! まだスタンピード鎮圧も宰相閣下救出も終わってない! Eランクだって出来る仕事があるだろ! 自分に出来る事をしてこい!」

「えー…… 非常に言い辛いのですが、両方解決してきました。一応これが証拠でして。ワイバーンの牙と鱗、皮膜も少々。持てるだけ持ってきました。王都北十キロ先に死骸があるので、今日中でしたら肉の確保も出来るかと思います」


「な、なんだと……!?」


 俺はワイバーン二十匹分の素材を報酬受付カウンターに並べる。

 もう少し倒したと思うが粉々になったやつもいるので回収は出来なかった物もある。

 ギルド長と受付嬢が目を丸くしてそれらを見つめていた……


「これは……! 本物か!? お前、これどうしたんだ! どうやって手に入れた!?」

「退治して手に入れました」


「誰が!」

「俺が」


「嘘をつくな!」

「…………」


 すっごい怒鳴られた。理不尽だ…… 

 でも俺はEランクだし信じてもらうほうが難しいか。

 明日おじさんがギルドに来るって言ってたから、その時に証言してもらおう。


「嘘ではないのですが、今は証明することは出来ません。明日宰相閣下がギルドに来訪する予定ですよね。その時に救出の状況を話してくれると思います。とりあえず素材の換金をお願い出来ますか?」


 ギルド長は納得が出来ないような表情で俺を見つめる。


「素材は本物だ。換金はしよう。だがお前が退治した証拠がない限り金を渡すことは出来ない。盗んだ可能性もあるからな。これも規則だ。恨むなよ。証明出来たら明日金を渡すことを約束する」


 むー、しょうがない。

 Eランクの場合、中級以上の魔物の素材は換金する前に入手の詳細を調べることになっているのだ。

 素材を盗んで換金し、ランクを上げようとした馬鹿がいたんだろうな。

 全ては明日、明らかになるんだ。果報は寝て待て。

 それにもしかしたら、みんな俺のこと見直してくれるかもしれん。



 なんてことを思っていたが、余計に酷い状況に俺は陥ってしまうのだった……



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