怒り 其の一

 飛竜の群れを退治し、宰相閣下ことカイルおじさんを救出した翌日、俺達は冒険者ギルドに足を運んだ。


 Eランクの俺がAランク討伐対象の魔物の素材を持ってきたことであらぬ疑いをかけられている。

 このままでは報酬を受け取れないので、おじさんに証言してもらわねばならない。

 ギルドに到着し、中に入ると……


「…………」

「…………」


 冒険者達が無言で俺を見つめる。

 視線が痛かった。刺すような視線ってこういうことを言うんだな。

 ひそひそと話す声も聞こえてくる。


「あいつが飛竜の群れを一人で? あり得ねぇ……」

「盗んできたに決まってるって。地雷の紐野郎に出来るわけねぇよ……」

「フィオナたん、かわいいよ…… はぁはぁ…… フィオナたんは俺のもんだ……」


 最後の奴、出てこい!   

 まぁ分かってはいたことだが俺がワイバーンを退治したことを信じていないようだ。

 それはよいとしてもフィオナはやらんぞ。


「おい! こっちだ!」


 この声は……

 待合スペースのソファーに座っていたギルド長が俺に声をかけてきた。


「来たか。まぁ座れ。報酬についてだが計算が終わったので伝える。牙が四十本で八百万オレン、鱗は重さで計算した。三十キロ分で二百万オレン、本当はもっと高いんだが、状態が悪くてな。焼け焦げた分は換金出来なかった。皮膜は二十枚で七十万オレンだな。金貨百七枚に相当する。金貨百枚分は白金貨で出すことも出来るぞ」


 百七枚!? 一千万オレン以上だ! しばらく遊んで暮らせるんじゃないか!? 

 すげぇ…… ワイバーンってAランクの討伐対象だろ? Aランクはそんなに高収入なのか。そりゃみんな上を目指すわけだ…… 

 周りの冒険者もざわついている。


「喜んでるみたいだが、昨日も言った通り下位ランカーが上級の魔物の素材を持ってきた場合は退治した証拠、証言が必要だ。今のままでは渡せんぞ」


 ギルド長が少し悲しそうに俺に告げる。

 悪い人ではないんだよな、この人。職務に忠実なだけだ。

 冒険者になる時だって俺のこと心配してくれていたし。

 顔は恐いが俺はこの人を嫌いではない。


 ここは大人の対応といこう。


「問題ありません。昨日もお伝えしましたが本日来訪予定の宰相閣下が証言してくれると思いますので。閣下が来るまでここで待たせてもらいます」

「そうか。俺は仕事に戻る。入れ違いで閣下が来たら教えてくれ。話を聞かなくちゃならんからな」


 ギルド長はそう言って席を外した。

 宰相を迎えに行くのだそうだ。

 俺はおじさんが来るまで無料配布されているお茶を飲んで待つことにした。

 一口お茶を啜ると……


 うわっ、不味いなこれ。安い茶葉使ってんな。

 いや、違うか。みんなの疑いという名のスパイスが効きすぎて不味く感じるんだ。

 一口で飲むのを止めた。


「ちょっといいかな?」


 お茶をテーブルに置いたところで、一人の男が話しかけてくる。中々男前だ。

 腰には細見の片手剣を差している。

 オーソドックスな剣士だな。


「やぁ、初めまして。僕はオシアン。Bランクパーティ、蛇食いのリーダーをやっている」


 蛇食い…… 強そうなんだか弱そうなんだかよく分からんな。

 この状況だ。良くないことを言ってくるに決まっている。


「そう警戒しなくてもいいよ。お互いにとっていい話だ。こないだリザードマン駆除の依頼を受けてね。そちらにいるフィオナさんとご一緒させてもらったんだ」


 あぁ。俺が子猫探ししてる時にフィオナが行ったやつか。

 クエストに連れていってもらったんだ。

 お礼を言わないとな。


「その節はフィオナがお世話になりました。ありがとうございます」

「いや、世話になったのはこっちだよ。正直驚いた。百匹近いリザードマンを魔法一発で退治しちゃったんだから。あんな魔法初めて見たよ。恐らくフィオナさんが使ったのは超級と呼ばれるものだろう。彼女は何者なんだい?」


 そんな魔法を使ったのか。そりゃギルドで噂になるわな。


「しょうがないですよ。あの時は魔物に囲まれそうだったので。こちらに被害が出る前に先制したです。それに大して強い魔法ではありません。風の魔法、maltavuallth黒嵐。効果範囲が広いだけです」


 と無表情にフィオナは答える。それでも一発で全滅だろ? あんまり悪目立ちするのもどうかなぁ…… 


「ともかくだ。僕はフィオナさんを評価している。彼女はEランクでくすぶっている人ではない。君と一緒にいてはランクを上げるのもままならないだろう。彼女を開放してあげなさい。君が彼女に経済的に依存しているのはギルドの全員が知っている。男として情けないと思わないか?

 金が必要なら僕が援助してやろう。二百万オレン入っている。受け取れ」



 ガシャッ



 オシアンが金貨の入った袋を投げ渡す。

 むむ、失礼な奴だな。


 ここは怒るところなのだろうが意外と怒りが湧いてこない。実力は俺の方が上だろうしな。

 だって蛇食いスネークイーターだろ? こっちは竜殺しドラゴンスレイヤーだ。


 それにしばらく待ってりゃ、おじさんが来て証言をしてくれるだろう。

 なので俺自身はそんなに気にしていないのだ。


「…………」


 ん? フィオナが震えている。無表情だけど。

 どうしたんだろうか? トイレなら遠慮無く行ってきていいんだぞ。

 それはともかく、こんな失礼な男の申し出を受ける訳にはいかん。

 怒ってもいいが、ここは大人の対応だな。


「いえ、これは受け取れません。フィオナを手放す気もありません。時間は掛かっても地道にランクを上げていきます。どうぞお引きとりを」



 ガシャッ



 丁寧に金を返す。

 そうなんだ。遠回りにはなるだろうが、強い魔物を倒すのにギルドに拘る必要は無い。

 そりゃ早くランクが上がれば効率的にオドを得ることも出来るだろうけど。

 Eランクの仕事でも善行を積むことは出来るしな。


 金についても飛竜の素材の金が手に入るだろう。

 状況はこちらに有利なのだ。こんなことで動じる必要は無い。

 しかしEランクの俺に予想外の返しを食らったオシアンが声を荒げる。


「貴様! フィオナさんの顔を立てて優しく言ってやったのに! いいか、お前にはこのギルドでの未来なんて無いんだぞ! みすみす彼女を不幸に出来るか! お前は彼女の前から消えるべきなんだよ! この地雷野郎が!」


 うわ…… 子供か? 

 ここで切れるのは三下のやることだぞ。

 オシアンの怒号につられたのか、周りの冒険者連中も声を出してくる。


「そうだ! ここから出てけ! 紐野郎!」

「あんた、この子の将来を潰す気かい!? 男の風上にも置けないね、情けない!」

「そうだ! 出てけ! でもフィオナちゃんは置いていけ! フィオナちゃんは俺のお嫁さんになるんだ! はぁはぁ……」


 だから最後に言った奴、前に出ろ! それだけは許さんぞ! 

 とはいえ俺にこいつらの声は響かない。

 俺が飛竜を退治し、おじさんを助けた事実は変わらないからだ。

 そう思っていたのだが……



 バンッ!



 テーブルを叩く音が響く! 

 え!? な、何が起きた!?


「ライトさんに酷いこと言わないで!」


 びっくりした! フィオナが大声を出して冒険者を睨みつける! 

 あ、あれ? その表情は……



 あれ? フィオナ? もしかして……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る