怒り 其の二
「ライトさんに酷いこと言わないで!」
「えっ!?」
フィオナが大声を出した!?
周りの冒険者はあっけにとられたように彼女を見つめている。
もちろん俺も驚いた。
フィオナは普段静かに話す。
大声を出す時もあるが、それは戦闘時、俺に注意を促す時ぐらいだな。
そのフィオナが、こんなところで大声を出すなんて。
何が起こったのか理解出来ぬまま、フィオナを見つめると……
「ぐっ!? くぅぅ…… うわー!」
ドスゥッ
「ぐへぇっ!?」
彼女は近くにいた大柄な冒険者の鳩尾に掌打を放つ!
大量の吐しゃ物をまき散らしながら多数の冒険者を巻き込み壁に叩きつけられた。
フィオナはフーフーと獣のように興奮しながら……
また暴れだす!?
「なっ!? 止め……!? ギャアー!」
体重百キロはありそうな男に向かって突進していく。
男は身を守るために正拳を繰り出すが、彼女はその拳を避けて自分の背を相手の腹に叩きつける。
フィオナの倍はあろうかという男がこれまたギルドの壁目掛け吹っ飛んでいった。
その後もフィオナは冒険者の顎を打ち抜き……
上段蹴りで昏倒させ……
関節を極め……
見たこともない投げ技をかまし……
ギルド内の冒険者全てがフィオナにやられることになった。
いや、一人残っている。
「や、止め……」
オシアンが震えてフィオナを見つめていた。
俺も唖然としてフィオナの立ち回りを見ていたが、ようやく我に返る。
と、止めなきゃ。俺はフィオナを後ろから羽交い絞めにする!
「止めろ! 一体どうした!? これ以上やると誰か死ぬぞ!」
「放しなさい!」
グシャッ
「いだー!? うおっ!?」
羽交い絞めにされている状態から俺の足の甲を踏み抜いた!
痛い! 絶対折れた!
そのまま俺は腕を取られ投げつけられる!
ドスンッ
「げはぁっ!」
背中から落ちた俺の肺から空気が全部抜けるのを感じ変な声が出た。
強い…… どこの格闘家だよ……
飛びそうな意識の中で目に映るのは、杖を構え詠唱を始めるフィオナの姿だった……
【
フィオナの長い髪がゆっくり逆立ち辺りの空気が変わる。
ギルドの天井が音を立てて崩れる始める。
空を見ると雲が不自然に消えていき、光が空に集束していく……?
やばい! 聞いたことが無い詠唱だが多分、ヤバい魔法をぶっ放すつもりだ!
ギルドを壊滅させる気か!? 止めないと!
力が入らない体に鞭を打ちフィオナを前から抱きしめる!
「落ち着け! 俺の顔を見ろ!」
【
やばい! 発動する!
言わせちゃ駄目だ!
ガッ! チュッ!
「ん!? んー!!」
口を塞ぐため思いっきりキスをした!
エロいことは考えていない。
両手はフィオナを抱きしめているから口を塞ぐ方法はこれしかなかった。
フィオナは驚いたように両目を見開いている。
俺から逃れようと腕の中で暴れていたが、次第と動きを止める。
ようやく落ち着いたみたいだな。
大丈夫だと判断し、ゆっくりと口を離す。
すると……
「ん…… ライトさん? あれ? わ、私、何を……」
そう言ってからフィオナは意識を失った。
俺は彼女をゆっくりと床に寝かせる。
間違いないな。喜びの感情に続き、怒りの感情が発露したか。
話を聞きたいところだが、今はそれどころではない。
目に映るのは壊滅したギルド。床に転がる冒険者達。
この惨状、どう説明しよう……?
◇◆◇
私は今、蛇食いというBランクのパーティに同行しています。
ライトさんとは別行動をして、効率よくお金を稼いでいるのです。
彼も強くなったので、低ランクの仕事ならば命の危険はないと判断したからです。
王都冒険者ギルドでは魔術師の数が足りないらしく、掲示板を見ていたら声をかけられました。
リザードマンの駆除で報酬は一人当たり三十万オレン。これを達成すれば生活の足しになるでしょう。
指示された現場に赴くと川べりに魔物が日光浴をしているのが見えます。
リザードマンは冷血なので定期的に体を温める必要があるのでしょう。
「よし、行くぞ……」
リーダーであるオシアンは作戦もなく襲撃するつもりですね。
なんて安直な。あの魔物は群れを作って行動します。
知能はそれなりに高い。そういった魔物は他の個体を周辺警戒に当たらせるのが常です。
ガサガサッ
「なっ! おい、オシアン! 後ろだ!」
「なんだと!?」
案の定、私達の背後から多くのリザードマンが現れます。
このままでは囲まれて全滅でしょう。
仕方ありませんね。私は杖を構えて……
【
ゴゥンッ ギュォォォォ!
数を減らすため範囲魔法を発動します。
この世界で使うのは初めてですね。
竜巻がリザードマンを襲います。
『キュアァァァ!』
『グルルルッ!』
魔物は竜巻の飲まれました。
竜巻の中で彼等の体は千切れ、消えていきます。
素材の回収は出来ないでしょうが仕方ありません。
残念です。これではクエスト達成が認められないかもしれません。
ですが、皆無事だったのは幸いです。
唖然としていた蛇食いのメンバーが話しかけてきました。
「すごい…… フィオナさんって本当にEランクなの?」
「なぁ、あんなヘタレと一緒にいるなんてもったいないよ! 俺達のパーティに来なよ!」
「そうだよ。あんたの連れ、弓使いだろ? 一緒にいるとまともな仕事にありつけないよ。悪いことは言わない。離れたほうがいいよ」
チクッ
ん…… またです。
胸に違和感を覚えます。
なんと言ったらいいのでしょうか。
棘のついた玉が胸で暴れているような、私にとって好ましくない何かが胸にいるのです。
これは冒険者ギルドに登録した時から始まりました。
ライトさんと二人でいる時は感じることのない感覚です。
ライトさんのことを貶されると、棘が胸を刺すのです。
これは一体なんなのでしょうか?
胸に産まれた違和感に疑問を持ちつつ、私はギルドに帰ってきました。
幸いクエスト達成を認められ、報酬を受け取ることが出来ました。
私は多くを退治したとして金貨五枚、五十万オレンを受け取ります。
ライトさんは喜んでくれるでしょうか?
その後もこの感覚は止むことはありませんでした。
ギルドでライトさんが叱責を受ける度に棘の玉は私の中で暴れます。
獣人の国の宰相を救出した翌日、報酬を受け取るためギルドに向かいます。
中に入ると冒険者達が囁いているのが聞こえました。
チクッ
う…… 暴れないで。
貴方を感じたくないの。
私の中から消えてください。
宰相を待つ間、前回行動を共にしたオシアンが話しかけてきました。
彼はライトさんに傍若無人な振る舞いをします。
お金を渡してきて私を手放せと。
チクッ チクッ
プルプルッ……
何故でしょう? 体が震えています。
胸の中で棘が刺さります。
痛い。体が痛いのではありません。
ですが痛いのです。
ライトさんはオシアンの申し出を丁寧に断りました。
良かったです。私は契約者であるライトさんのそばにいられるのですね。
少し棘が刺さる痛みが和らぎました。
ですが、オシアンは大声でライトさんに向かって……
「貴様! フィオナさんの顔を立てて優しく言ってやったのに! いいか、お前にはこのギルドでの未来なんて無いんだぞ! みすみす彼女を不幸に出来るか! お前は彼女の前から消えるべきなんだよ! この地雷野郎が!」
―――ピシッ
音が聞こえました。何かがひび割れる音を。
その瞬間、私の周りに光が溢れます。
そして歌が聞こえてきます。
これは精霊の歌。
何故ここで精霊の歌が聞こえてくるのでしょう?
私は理解出来ないまま、何が割れるような音を聞きました。
―――パキィン
以前にも聞いたガラスが割れるような音。
チクッ チクッ グサッ
胸の中の棘が私の体を貫いて外に飛び出してくるようです。
これは……
何ですか!?
喜びとは違う熱が体を駆け巡ります!
違います! 貴方は感じたくないの!
出てって! 私の中から出ていって!
「ライトさんに酷いこと言わないで!!」
私は自分を抑えることが出来ず、叫びます!
理解出来ません。ですが一つだけ分かります。
ワタシハコイツラノシヲモトメテイル
目の前にいる男に全力で掌打を放ちます。
殺意を込めた一撃は容易く男を吹き飛ばしました。
次は貴方です。大柄な男の襲いかかりました。反撃しようとしたのでしょうが遅すぎます。
拳を避け、自身の背中を男の体に当てます。
男は吹き飛ばされ、動かなくなりました。
まだです。まだ終わりません。
ユルシマセン
ライトサンヲブジョクシタコトヲアナタタチノイノチヲモッテツグナウノデス
「止めろ! 一体どうした!? これ以上やると誰か死ぬぞ!」
誰かが後ろから私を羽交い絞めにしました。
まだいたのですね。ですが足元ががら空きです。
渾身の力を込めて相手の足を踏み抜きました。
離した隙を見逃しません。
腕を取って投げ飛ばしました。
これで全部……
「や、やめ……」
いえ、一人いましたね。オシアンです。
許しません。塵一つ残さず消し去ってあげましょう。
ついでです。ここにいる全ての者も消してしまいましょうか。
杖を構えて詠唱します。
これは私が持つ中で最も強い魔法。
天から降り注ぐ聖なる光は、全てを包み込み、砂に変えてしまいます。
【
詠唱を終え魔法が発動する瞬間、男が抱きついてきました。
もう遅いですよ。あと一言発すれば、浄化の光がこの場を覆いつくすでしょう。
ここにいる全ての者は……
―――ミナゴロシデス
【
ガッ チュッ!
突然口を塞がれました。
口付けをして私の口を塞いでいます。
私が喋ることが出来ないよう、男は自身の舌で私の舌の動きを封じています。
何をするのですか。仕方ありません。男の舌を噛みきって……?
ん? この感覚……
何故か胸に温かさが宿ります。
もっと味わっていたい。
私は男の口を吸い続けます。
いつの間にか私の胸から棘は消え去り、いつもの喜びが胸から溢れ出します。
その瞬間……
私は意識を手放したのです……
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