怒り 其の三

「―――ということなんです……」

「…………」

「…………」


 俺は絶賛土下座中だ。目の前にいるのはギルド長のアレキサンダーと獣人の国サヴァントの宰相閣下のカイルおじさん。

 屋根が無くなったギルドの中で二人は無事だったソファーに座って俺を見降ろしている。


 俺のつたない説明を聞いて、ギルド長が話しかけてくる。

 

「まぁ…… 話は分かった。閣下からの証言は取れたし、飛竜もお前が倒したのは間違いないだろう。それにこの光景を見ればお前らが化け物並みに強いのが分かる」


 周りには未だ目覚めぬ冒険者が死屍累々と積み上がっている。

 屋根は吹っ飛び、ギルドは廃屋のようになっている。

 次に口を開いたのは宰相閣下ことカイルさんだ。


「ライト、こうなったら全部話した方がいいぞ。詳しくは知らんが大きな力を手にしたってとこだろ? こういうのは隠しておくと悪い方に話がいくもんだ。話すことで協力してくれる人もいるだろ。

 ギルド長……いや、アレクサンダー殿は悪い人ではない。話せ。俺も力になってやる」


 おじさん…… 説得力あるな。さすがはお大臣様だ。

 元は俺のペットだったくせに…… 後で耳を裏返してやる。


 俺もソファーに座り話し始める。

 契約者の事、ギフトの事、フィオナの事。それにギルドに来た理由、全部話した。

 二人とも黙って聞いてたけど、雰囲気から驚いてるのが伝わってくる。

 信じてくれるかな?


「大体話は分かった……ってのは嘘だ。まだ整理出来ん。契約者ってのも聞いたことが無い。祝福持ちってのも初めて見たわ。それに嬢ちゃんがトラベラーとはな…… 感情が無いんだろ? よく笑ってたじゃねぇか」


「そうですね…… フィオナのことはともかく、俺はまだまだ強くなる必要があるって思っていただければ結構です。そのために王都に来たんですから。でもこんなことになってしまい大変申し訳ございません。冒険者は辞めて何か違う方法で力をつけることにします……」


「アレキサンダー殿、何とか彼を助けてはいただけないか? 私は彼とは浅からぬ縁がある。力になってあげたいのだが、私はこの国では何の力も無い。どうかお願いする。どんな小さなことでもいい……」


 おじさんがギルド長に頭を下げる。ありがとう…… 

 後で尻尾をブラッシングしてやろう。

 たがギルド長は難しそうな顔をして俺に告げる。


「ライト、お前冒険者を辞めろ」

「…………」


 そうだよな。上に立つ者としてこの事態を収めるには俺の首を切るのが一番妥当だろう。

 しょうがない。お礼を言って帰るとするか。

 お辞儀をするため立ち上がると……


「座れ。まだ話は終わっていない。冒険者は辞めろ。だがギルド職員として働け」


 ん? 話が見えんぞ? 

 俺に受付でもやれと?

 とにかく話には続きがあるはずだ。

 俺はソファーに座りギルド長の話を聞く。


「Aランクパーティ対象にギルド職員を派遣する制度がある。戦力を増強し、冒険者の安全を確保する為のな。ギルド職員の大半は引退した冒険者だからな。大抵強い奴らばかりだ。Aランクでも討伐が難しい魔物が出た時に強い職員を派遣するんだ。

 ただし報酬は無し、あくまでギルド職員の固定給として払われる。この制度人気が無くてな。この十年、誰も派遣登録していない」


 そりゃそうだろ。命の危険があるのに安い給料でAランクの仕事だろ? 

 誰だよ、十年前にそれをやってた物好きって……


「ギルド長になる前に俺が登録してただけだな。派遣を受ける側としては人気があるんだぞ。ただで戦力が手に入るからな! 流石に四十を超えたら体がついて来なくて辞めたけどな。がははは!」

「はぁ……」


 あんただったんかい。

 悪い話ではないな。収入は少なくなっても固定給は出るんだろ。

 でもAランクの討伐なんてそうそうあるもんじゃないよな。

 そうだ、一つ聞いてみるか。


「派遣以外の仕事は何をすればいいんですか? 出来れば善行を積みたいんで人助け的なこともやってみたいのですが……」

「本来なら職員は依頼を受けてはいかん。しかしだな。Eランクの依頼で放置されがちなものも多い。お前がいう人助けってのに近いやつだ。冒険者なんて血の気が多い奴らの集まりさ。Eランクの依頼でも討伐が人気でお前がやってた猫探しなんて基本無視だからな。特別に宛がってやる」


 マジすか!? 素晴らしい! 

 ハゲ親父のギルド長が男前に見える!

 これを断る理由は無いだろ!


「ありがとうございます! 全身全霊で働かせていただきます!」

「礼はいらん。力がある者が派遣されれば無駄に冒険者を死なせずに済むしな。結果的にこちらにも利はある。だから気にするな。

 あー、でもギルド建て直さなくちゃな。お前、これ弁償な。白金貨一枚で何とかなるかな……」


 弁償!? 嘘だろ……? 

 まぁ仕方ないか。白金貨一枚取られてもまだ金貨は七枚残っている。

 これは大事に取っておこう。


「あ、そういえば今月から税率上がるんだったわ。7%アップだったな。これも貰っとくぞ」

「嘘でしょ……!?」


 全部持っていかれた! あの苦労は一体…… 

 すやすやと安らかに眠るフィオナを見ると思わず怒りが…… 

 だが、かわいい寝顔なので許してやろう。


 ふふふ、俺にはまだ隠し玉がある。

 カイルおじさんだ。なんてったって宰相閣下だぜ! 国のナンバー2だぜ! お金なんていっぱい持ってるに決まってるでしょ!? 

 カイルおじさんを期待の眼差しで見つめる。


「なんだ? 金は出せんぞ。俺は基本的に国費を使って動いてるからな。私的なことには一オレンも出せん。ちなみに俺には貯金は無い。お前俺が行き倒れた理由知ってるだろ?」

「あんた……」


 そうだった! このクソ犬、無計画に金を使って空腹で行き倒れたんだった! 

 なんでちょっとドヤ顔なんだよ! そこは大人として恥ずかしがるとこだろ!?


 しょうがない。フィオナが少し貯金してるからな。しばらくはそれに頼るか……



 紐じゃん……



 とは言え俺は何とか安定した収入を得ることが出来るようになった。

 魔物も倒して強くなること、依頼を受け善行を積むことも出来る。

 ギルド職員になったのは意外だったけど。


 俺は二人にお礼を言って帰ることに。

 フィオナを背負って宿に戻る。


 やっぱり新しい感情が芽生えたんだよな。

 怒りか…… すごく怖かったな。

 これからは怒らせないよう注意せねば。


「ん……」


 俺の背で眠っているフィオナが動き出す。起きたのか?


「ライトさん? 私……」

「分かってるよ。何も言うなって。今日は帰ってゆっくりしような」


 フィオナの鼓動を背中で感じる。そのうち哀と楽の感情にも目覚めるのだろうか? 

 どうなっても俺の気持ちは変わらないよ。

 

 そうだ。久しぶりに俺の気持ちを伝えておこう。


「フィオナ、大好きだよ」

「え? んふふ……」


 笑うだけで何も言わない。

 ははは、いつか答えを聞かせろよ?

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