グリフの依頼

 俺がギルド職員として働き始めてから三ヶ月が経つ。

 なんと特別ギルド職員としてAランクの依頼のお手伝いをすることになったのだ。無償でだけど……


 それと一日一件だがギルド長が人助けの依頼を宛がってくれる。

 とりあえず王都に来た当初の目標は達成出来たということだ。


 それ以外の時間はギルド職員としての職務をこなす。

 朝の掃除から始まり、トイレ掃除、ギルド前の掃き掃除、食堂の清掃、草むしり。


 なんだこれ……? 用務員のおじさんじゃねぇか。


 フィオナはその美貌から受付嬢の仕事を宛がわれた。

 冒険者全員をボッコボコにしたのだが脳筋な連中は大して気にしていないようで、いつもフィオナのカウンターに並んでは鼻の下を伸ばしている。

 すごい華やかだ。なんだこの格差は……


 今フィオナはこの冒険者ギルドでは、【氷の薔薇ランカ】と呼ばれている。

 美しいが俺の前でしか笑わないから、そんな二つ名をつけられたのだ。

 

 因みに俺も二つ名を手に入れた。

 以前は地雷だの紐だのと酷い名を付けられたのだが、今俺はスイーパーと呼ばれている。

 殺し屋とか始末屋として使われることもあるが俺の場合本当に掃除のおじさんとしてだ。


 社長出勤をしてきたギルド長が俺に声をかける。


「がはは! しっかり働けよ! それにしてもお前を雇ってよかったよ! 今月の冒険者の死亡数は二件だけ。Eランクの放置されていた依頼も全部消化出来て、利用者からはお礼の手紙が届いてるぞ! それにギルドが綺麗になった! これが一番嬉しいな。次は俺の部屋頼むわ!」


 ギルド長はガハガハ笑いながら去っていった。

 そりゃ綺麗になるわ。ここにいる間掃除しかしてないんだからな!


 ぐぬぅ…… もっと華やかな仕事がしてみたい。

 あ、あんなところに埃が…… やばい! 掃除が体に染みついてしまった! なんかもう汚いのが許せない!


 こうして俺は午前の仕事……いや、掃除を終わらせる。

 

 お昼になるとギルド内は少し静かになる。

 多くの冒険者はクエストの為外に出ているからだ。

 この間はメインフロアの掃除のチャンス! 自分で思ってて悲しくなるな……


 パタパタと掲示板にハタキをかける。

 おー、今日も色んな依頼が出てるねー。

 ん? 依頼書の中に見慣れた名前が……

 依頼主はグリフレッド。内容は…… 人物調査か。

 こっそり依頼書を抜き取りギルド長の部屋に行ってみる。


「ライトでーす。掃除に参りましたー。それとちょっと聞きたいことがありまーす」

『いいぞー。入れ。聞きたいことってなんだ?』


 中に入るとギルド長は書類に目を通しながら難しい顔をしている。

 こわい顔だ。いつも怒ってるように見えるがこれがデフォルトだ。

 さて、依頼について聞いてみよう。


「この依頼のことなんですが……」

「あぁ、それか。一週間以上放置されてるやつだな。お前に宛がおうと思ってたんだ。興味あるのか?」


 俺はこの依頼を受けることにした。

 どうせ脳筋の冒険者達は討伐で忙しいのだ。

 雑務に近い依頼にかまけている時間は無い。


「はい! 是非やらせてください!」

「よし分かった! この一件は全てお前に任せる!」


 ギルド長も了承してくれた。

 その後、掃除を適当に済ませ…… 適当に出来ない!? 

 一時間以上かけてピカピカにしてしまった。 



◇◆◇



 掃除を終え、俺はグリフがいるであろう王都正門へ行く。

 彼は衛兵をしており、不審者が王都に入らないよう監査をしている。  

 俺達はここで出会い友情を育むことになったのだ。


 正門に着くと案の定グリフがいつも通り監査の仕事をしている。

 俺はいつもの調子で……


「ようグリフ! ちょっと時間あるか?」

「おうライトか! すまんな。あと十分で休憩だ。じゃあ、いつもの噴水広場で待っててくれ」


 俺達の待ち合わせはいつもここだ。

 出会った頃はここで待ち合わせして銀の乙女亭に連れてってもらったんだったな。懐かしい。


 フィオナと一緒に飲み物を買って待ってることにした。

 程無くしてグリフがやって来る。


「悪いな、遅くなった。で、どうした? 何か用だったか?」

「あぁ、これのことなんだけど」


 俺はグリフが出したであろう依頼書を見せる。

 グリフはバツの悪そうな顔をして話し始めた。


「そうか、お前が受けたのか…… 出来れば知られたくなかったんだが……」

「しょうがないさ。こういう依頼は人気が無いからな。で、なんだよこれ? お前の頼みなら依頼抜きでもやってやるぞ。でも人物調査か。お前、何か悪いこと考えてないよな?」


「なっ!? そんなわけないだろ! いや、それに近いかもな。人を使って調査を頼むんだ。男らしいとは言えん……」

「言えよ。誰を調べればいい?」


 グリフは中々口を開かない。

 こいつは男気がある熱血漢。言いたいことははっきり言う奴だ。

 そんな奴が言い出せないことってなんだろう? 

 グリフは重々しく口を開く。


「調べて欲しいのは…… 女だ……」


 顔が真っ赤になった。

 こ、こいつ…… 

 ふふ…… あはは…… もう駄目だ!


「あはははは! お前が女って! あはははは!」

「ちょっ!? お前ダンスの時と同じ反応すんじゃねぇよ!」


 そういやダンスが趣味って聞いた時も大爆笑だったな。悪いことをした。


「いや悪かった! ぷぷっ! あー、おかしい! よし、話せ! ここまで笑われたんなら、もうかく恥なんて無いだろ!? 言え! 全部吐いて楽になっちまえ!」


 俺は他人事だと思って根掘り葉掘り聞くつもりだ。

 面白半分だが友人のためだ。全力でこの仕事に取りかかるとしよう。ぷぷっ。


「全くお前って奴は…… 調べて欲しいのは理髪店の店主をしているグウィネという女だ。一年前から通ってるんだがな。お前行ったことないのか? よかったら髪切ってこいよ。風呂とは違った気持ち良さがあるぞ。ついでに彼女について色々調べてきて欲しいんだ……」


 理髪店か。そういや行ったことないな。俺は髪が伸びたら適当に自分で切っていた。

 フィオナは風魔法かなんかでダイナミック散髪してたしな。


 よし、何事も経験だ。行ってみるか。



◇◆◇



 理髪店は噴水広場から歩いて五分ぐらいのところにある。中々おしゃれな作りだ。

 裏通りにあるので客は少ないのかな。店にはグウィネらしき女性が一人見えるだけだ。     


 店の名前は…… 


【グウィネの床屋さん】


 かわいい名前だ。ちょっと緊張するが意を決して中に入ると……


「うふふ。いらっしゃいませー。散髪ですか?」


 おぉ! 美人だ! 

 金髪で褐色の肌。王都では見かけない色だな。エキゾチック美人だ。

 ふわふわのボリュームのある髪が彼女の優しそうな雰囲気を醸し出している。

 胸は…… でかい! フィオナ以上だ! 


 グリフにはもったいないな。

 いかんいかん。俺はやつの依頼を受けてここに来たんだった。任務を遂行せねば。

 お客に徹して情報を聞き出すのだ……


「散髪以外にも何かあるんですか?」

「はい、カットの他に、カラー、毛染めのことですね。それにうちはトリートメントが人気ですね。どうです? かわいい彼女さんにお勧めしてみては? うふふ」


 グウィネはいたずらっぽく笑いながら説明してくれた。

 そうだな。俺もフィオナも今は散髪の必要も無いし。


「フィオナ、そのトリートメントってのやってみようか?」

「私がですか? 別に構いませんが」


 まずは俺からやってもらうことにした。

 グウィネに促されるまま椅子に座り、背もたれを倒される。

 何をされるのだろうか?


「はい、ではまず髪の汚れを取りますね。お湯で頭を洗いますが、熱かったら言ってください。石鹸も使いますが、これは髪を傷めないように調合されたものなので安心してくださいね」



 シャーッ

 ゴシゴシッ



 んん? グウィネは俺の頭にお湯をかけ、石鹸で洗い始める。柔らかなタッチが気持ちいい…… 

 この時点で既に夢心地だった。人に頭を洗ってもらうだけの行為なのだが、こんな気持ちになるものなのか。

 いや違うな。彼女もまたその道の達人なのだろう。


 そして他にも素敵な感覚が。

 たまに頬に当たるんだよね。男の夢が詰まったアレが。

 フワフワでいい匂いがした。

 そりゃグリフもやられるわけだ。



 ―――ゾクッ



 はっ!? 殺気を感じる!? 横を見るとフィオナが……


「…………」


 すごい顔をして俺を見ていた。怒ってるな……  

 

 初めて怒った時は手が付けられなかったけど、今は怒りをコントロール出来るようだ。

 でも怖い…… 

 嫉妬してくれているみたいで少し嬉しさもあるのだが。


 洗髪を終え、未だ夢心地の俺にグウィネが追い打ちをかける。


「トリートメントはここからです。今からこの特殊な薬液を使いますが、これはほとんど油みたいなものです。洗髪で洗い流してしまった髪の油を戻してあげると思ってください。では始めます」


 彼女は薬液を手に取ると俺の髪につけ始める。

 最初は毛先。やさしく揉まれてから頭頂部を優しく撫でられる。 



 モミモミ

 ペタペタ



 気持ちいい…… これをペタペタを五分ほど繰り返しお湯で流す。


「はーい、終わりです。鏡を見て下さいね」

「鏡? こ、これは!?」


 するとどうだろう! 何だか髪が生き返った感じがする。艶々だ。

 触ってみると指通りが違う。俺の髪じゃないみたいだ。


 今度はフィオナの番だ。洗髪からトリートメントまで終始笑顔でいた。喜んでるみたいだな。

 フィオナの髪も綺麗になっていた。少し触らせてもらったが、いつまでも触れていたくなるような感触だ。

 彼女も笑顔でそれを受け入れる。


「うふふ。お疲れ様でした。仲が良いのですね。羨ましいです」

「いや…… それにしてもこんなに気持ちが良いものとは思いませんでした。友人に紹介されて来たんですが、正解でした。また来ますね!」


「ご友人? 男性のお客様ですか? ひょっとしてグリフさんのお友達ですか?」


 おっとー!? 名前覚えられんじゃないか! 

 これは大きな一歩だな! 認識があると無いのでは大違いだからな。

 よし、少し話を進めてやろう!


「グリフのこと知ってるんですね。あいつ仏頂面してるくせに中々面倒見のいいやつでしてね。お堅い衛兵のくせに情に厚くって。あいつここで迷惑とかかけてませんか? 困ってたら言ってくださいね。懲らしめてあげますから!」

「うふふ。面白い方ですね。グリフさんとってもいい方ですよ。私王都に来た時あの人に監査を受けたんです。途中で野党に襲われてお金もなくて入都税を払えなくって……

 困ってたらこっそり王都に入れてくれたんです。責任は俺が取るって。でも私のこと覚えてないみたいです……」


 ははは、あいつ昔っから変わってないのな。俺と同じことやってたんだ。

 これはうまく行きそうな予感がしてきたぞ! 

 そうだ! このまま、こいつらをくっつけちゃおう! 


 グリフに報告するためウキウキ気分で店を出た。



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