謎の公式

 この世界に転生し、そして大学に入学してから四年が経つ。最高学年なので今年で卒業だな。

 俺は今、大学の大講堂で授業を受けている。


 隣には俺の未来の娘であるサクラがノートをとる……ふりをしてグースカ寝ているのだが。

 俺はサクラの脇腹をちょんちょんして寝坊助さんを起こす。


「サクラ、起きな。今日の授業は面白いぞ」

「ふがっ!? あ…… おはよ、パパ」


 サクラは涎を袖で拭いて本日二回目の朝の挨拶をする。

 うーむ、だらしない。嫁の貰い手があるのだろうか? パパ心配。


「こら、だらしないぞ。授業は真面目に受けないと。寝不足なのか?」

「うん。昨日は合コンがあってね。ちょっと飲み過ぎちゃったみたい」


 サクラは気怠そうに自身に状態異常回復魔法をかける。

 合コンだって!? 我が娘がそんな不純なことをしているとは…… 

 後でおしりペンペンだな。


 俺とサクラが話しているのに気付いたのか、前に座っている犬獣人のイケメンがサクラに向かって手を振ってくる。


 お前か。昨日の合コンの相手は…… 

 かわいい娘にツバをつけよって。許さんぞ!


 サクラもそれに応えるように笑顔で手を振る。なんかジェラシー!


「ふふ、カナンったら」

「カナン? あいつの名前か?」


「そうよ、かわいい子でしょ。昨日はいっぱい耳を触らせてもらっちゃった。あの子尻尾もフワフワで素敵なのよ」


 ん? モフモフが好きなだけなのか? 

 一応パパとしてあのカナンという奴とどういう関係なのか聞いておかないとな。


「彼氏か?」

「友達なだけ。あーぁ、結局この世界でも彼氏が出来なかったなー。ちょっとは期待してたんだけど……」


 むぅ。安心とがっかりが同時に胸に去来する。

 五千年も生きているというのに、未だに彼氏の一人も出来ないとは。


 大講堂の正面から俺とサクラを呼ぶ声がした。


「こらー! ライトとサクラ! お前ら、またくっちゃべって! そんなに俺の授業が面白くないか!? 後で職員室に来なさい!」


 講堂にトート教授の怒号が響く! しまった! また怒られちゃった! 

 俺はいつもサクラと二人でこの人に怒られている。

 こってりとお灸を据えられた後に、罰として毎回教授の研究の手伝いをしているのだ。


「あちゃー。また教授の使いっぱしりか。もう、パパのせいだからね!」

「おま……」


 いや完璧にサクラのせいだろ。  

 俺は納得出来ない気持ちを抑えつつ、今日の授業を終えた。



◇◆◇



「全くお前達ときたら…… 授業中の私語は厳禁だと何度言ったら分かるんだ!」


 俺とサクラはトート教授の前で絶賛正座中だ。

 教授は人使いが荒い。こうして態度の悪い学生をとっ捕まえては自分の研究の使いっぱしりにしているのだ。

 まぁ、いつも俺達がそれをやってるんだけどね。


「教授~。もう勘弁してくださいよ。もう足が痺れてきちゃって……」


 俺達はすでに一時間正座をし続けている。

 ぐぬう。強くなったとはいえ、こういうところは普通の人間と変わらないんだな。

 サクラもかなり辛そうだ。


「うぅ、痛いよぅ。痺れたよぅ……」


 ちょっといたずら心が湧いてきてしまい、サクラの足を指でツンツンする。


「ああん!? ちょっとパパ! それダメ! あはははは!」


 しまった! やり過ぎた!   

 サクラは正座を崩し、仰向けに倒れバタバタ暴れ始める!

 それを見たトート教授の額に青筋が浮かび上がる……


「お前ら…… いいだろう! お前らには罰としてこれから一ヵ月俺の研究の手伝ってもらうからな!」


 一ヵ月!? うえー、マジかよ。前回助手としてお手伝いをした時は酷い目にあった。

 俺が一芸入試の合格者と知って、レジェンド級のドラゴンの素材採取とか、超希少種の植物の採取とか。

 今度は何をさせられることやら……


「今日はもう帰ってよし! 明日は朝一で俺の研究室にくるように!」


 ふー…… とりあえず今日のお説教は終わりか。

 俺とサクラは痺れる足を撫でながらフラフラとその場を後にした。


 職員室を出て、俺とサクラは壁を伝って学生寮に戻る。

 足が痺れているので、そうしないと歩けないのだ。


「パパー…… 足がジンジンするよぅ……」

「泣き言いうな。俺だって辛いんだ。それにこれはサクラのせいだからな…… あと、俺のことをパパっていうのは止めろって言っただろ。教授が変な目で俺達を見てたぞ」


 この子は俺と出会ってから四年間、ずっと俺のことをパパと呼び続けている。

 学校の中では止めろって言ったのだが、サクラは頑なにパパと呼んでいるのだ。


「だって、パパはパパじゃん。ライトなんて呼び捨ては出来ないよ」


 まぁ嬉しいことに違いはないが、周りの学生には奇異の目で見られてるんだよな。


 学生寮まで何とか辿り着く。男子寮、女子寮と別れているのでサクラとはお別れだ。


「じゃあ、また明日な。サクラ! 遅刻するんじゃないぞ!」

「起きる自信無い…… パパ、起こしに来てよ」


 こいつ…… 毎度俺を目覚まし代わりに使いよって。

 俺はほぼ毎日サクラを起こしに行っている。

 女子寮には入れないので、しょうがなく瞬間移動を使ってサクラの部屋に侵入するのだ。


「分かったよ。いつも通りな。それじゃ」

「うん。それと……」


 なんだろうか。ちょっと元気無いな。


「パパ…… いつもありがとね」


 あ、ちょっとキュンとした。

 俺は嬉しくなりながら自室へと戻っていった



◇◆◇



 そして翌日。俺はいつも通りサクラを起こし、二人でトート教授の研究室を訪ねる。


 軽くノックして研究室に入る…… 

 うわっ、いつも通り書類が散乱してるな。まずは部屋の片付けから始め……


 ん? 教授は俺達が入ってきたことに気付かずに黒板によく分からない数式を記入しては消すを繰り返している。


「教授。おはようございます。今何やってるんですか?」

「おぉ! ライトとサクラか。これを見て欲しい」


 教授が指し示す先には一つの公式が。どれどれ?



 E=MC^2



 よく分からん。一体何のことだろうか?


「これはな…… 俺が考えたエネルギーと質量の関係式だ」


 はぁ、なるほど。ますます分からん。


「教授…… 簡潔にお願いします」

「お前、ほんと俺の授業聞いてないな。これはな、僅かな質量の物質の中にも膨大なエネルギーが秘められてるかもしれないって式なんだよ。例えば……」


 教授はポケットから一オレン硬貨を一枚取り出す。


「これを見ろ。ほとんど重さを感じない硬貨だが、これが純粋なエネルギーに変わるとする。

 そのエネルギーをこの公式に当てはめるとな、ルイス湖の水が全部沸騰するだけのエネルギーが得られるかもしれないんだ」


 またまた御冗談を。ルイス湖はこの辺りで一番大きな湖だ。

 例え火の超級魔法を使っても水の温度を変えることなど出来ないだろう。

 それをこの硬貨一枚で出来るとでも?


 サクラは興味無さそうにあくびを一つ。

 そして教授に質問する。


「ふぁぁ。それで私達は何をすればいいんですか?」

「おま…… まぁいい。二人は魔法においてはこの学校でずば抜けているはずだ。お前らの魔力を使ってこの実験を手伝って欲しい」


「つまり?」

「この硬貨をとにかく分解するんだよ。エネルギーに変わるまでな」


 そんな簡単なことでいいの? 

 ははは、今回のお仕置きは楽勝だな。

 この時はそんなことを思ってたんだよね。


 これが俺とフィオナを救う最も重要な手段になるとは……


 この時は気付かなかったんだよな……


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