E=MC^2

 俺達は今ルイス湖のほとりにいる。ここは王都から東に百キロってとこかな。

 かなり距離があるのだが俺の瞬間移動ならあっという間だ。


 一緒に来たトート教授は慣れたものだ。

 お仕置きと称して、時々俺を馬車代わりに使っている。


 最初に瞬間移動をした時は驚いてたな。

 出現した場所がドラゴンの巣で、突然現れた俺達を食い殺そうとドラゴンが襲いかかってきたんだ。

 全部返り討ちにしてやったけどな。


 それ以来トート教授は時々大学から王都南の自宅まで俺を送迎役に使っているのだ。

 まぁ大した手間じゃないから別にいいんだけどね。


 さて、これからここで実験か。


「教授。俺達は今から何をすればいいんですか?」

「そうだな…… 先ほども言ったがお前達にはこれからこの一オレン硬貨を細かく分解してもらう。目に見えないほどにな」


 細かくか…… 

 魔法を使えばそれも可能だろうが、目に見えないほどってのは難しいんじゃないかな?


 一応サクラにも聞いてみるか。


「なぁ、サクラ。お前ならこの硬貨をどう細かく分解する?」


 サクラはちょっと難しい顔をして……


「そうね。風魔法なんてどうかな? かまいたちなら細かく出来るんじゃない?」


 教授はちょっとあきれ顔になった。

 何か間違ってたかな?


「お前ら…… 目にも見えないほどにしろって言ったろ? いいか、これを見ろ」


 教授はポケットから何かの模型を取り出した。

 球体に細い棒が付いていて、その棒の先にまた球体が付いている。


「これはな、恐らくだが物質の最小単位だ。中心に核があり、それを覆うように様々な物質が付着している。それを取り外すんだ。そうすれば物質は軽くなり、減った分の質量がエネルギーに変わる。分かったか?」


 俺とサクラはきょとんとした顔をする。

 うーむ、さっぱり分からん。

 一つ分かるのは風魔法とかでは無理ということだな。


 これ以上はサクラに聞いても無駄だろう。

 しょうがないので俺は高速回転と並列思考を発動する。

 イメージの中で八人の俺が出現する。


 心の中では各々用意された椅子に座り、八人の俺が議論を始める。


(物質を細かくするって言ってたけど、どうする?)

(そうだな…… 一つアイディアがあるぞ)


 一人の俺がドヤ顔で発言する。さて何を言うんだろうか?


(どんな?)

(空間魔法を使うんだよ。あの魔法なんだけど、主に移動手段として使ってただろ? でもそれを攻撃に使えないかなって思ってたんだ)


 空間魔法を攻撃に…… どうやって?


(ずいぶん突飛な話だな。たしかにすごい魔法だと思うけど対象にダメージを与えられる要素なんて無いんじゃないか?)


 一人の俺はふふんと笑う。


(イメージしてみろ。空間の断裂を。それをな、相手にぶつけるんだよ)


 空間の断裂…… なんのこっちゃ。


(ははは、その面は分からないってことだな。つまりな、物質ってのはその特性によって硬度があるだろ? でも空間の断裂はそれに左右されない。無敵の剣になれる可能性もあるってことだ)

(やっぱりよく分からん)


 俺はあきれ顔だ。そしてため息を一つ。


(はぁー…… お前も俺だから仕方無いけど、ここまで理解が無いとはな。じゃあ実践してみる)


 俺はイメージの中でヒヒイロカネの鉱石を生み出す。


(これは世界最硬の金属、ヒヒイロカネだ。これは並大抵の硬さじゃない。見てみろ)


 俺は更にダマスカス製のダガーを出現させる。そしてそれをヒヒイロカネの鉱石に突き立てた。



 ―――パキィン



 乾いた音を立てて、ダガーの刃先が欠ける。まぁ予想通りだな。


(じゃあ次いくぞ。イメージしやすいように空間の断裂を剣にする)


 俺は刃先の欠けたダガーにマナを流す。すると……



 ブゥゥン



 手にしたダガーが薄っすらと光を纏う。まるでマナの剣だな。


(これでよし…… 見てろ)


 俺は空間の断裂を纏った剣を、床に置いたヒヒイロカネの鉱石に振り下ろす。

 すると……



 ―――スッ



 何の抵抗も無くヒヒイロカネの鉱石が真っ二つになった。


(な? すごいだろ? だけどこれはあくまでみんなに分かりやすくするために行ったことだ。物質を細かくするのに剣は使えないからな。今のを魔法に変換してトート教授がいう物質の最小単位にぶつけるんだよ)


 なるほど…… これはいいヒントをもらった。やってみる価値はありそうだ。


(じゃあ、俺は戻るぞ)

(俺も)

(じゃあ俺も。またな)


 並列思考で現れた八人の俺は暗闇に消える。そして高速回転を解除……




「パパ? 大丈夫?」


 サクラが不思議そうに俺の顔を覗いている。

 悪いな、頭の中で議論するといつも周りが見えなくなってしまう。

 傍目から見ると虚ろな目をしてブツブツ独り言を言うので大変不気味だそうだ。


「ああ、大丈夫だ。答えが分かったよ。空間魔法を使う」

「空間魔法?」


「ああ。空間の断裂を作って硬貨にぶつけるんだ。今からやってみる」


 俺は硬貨を地面に置いて空間の断裂を発動しようとマナを取り込む。

 すると……


「ちょっと待て!? ストップ!」


 トート教授が俺に抱きついてくる!? 

 どうしたんですか!? 俺はそんな趣味は無いですよ!


「お前死ぬ気か!? こんな超至近距離で原子分解を行えば…… あの公式通りならルイス湖が沸騰するくらいだぞ!?」


 あぁ、そんなことも言ってたな。

 半信半疑なのですっかり忘れてたよ。


「いいか、まずは硬貨を小舟を乗せて湖の中央まで流す。お前千里眼が使えるんだよな? 小舟が中央まで達したらその空間の断裂で硬貨を分解してくれ。サクラ、お前は万が一に備えて小舟に結界魔法をかけてくれ」

「あはは、恐がり過ぎですよー。それにその公式だってまだ仮説の段階なんでしょ? 何も起こらないかもしれないじゃないですか」


 サクラは馬鹿にしたように教授を笑う。

 怒るかな? いや、教授は怒るどころか冷静に俺達に話を続ける。


「何と思うとも構わん。だが万全を期したい。ライト、サクラ、これはそれだけ危険な実験なんだ。頼む……」


 教授は真剣に俺達にお願いしてくる。

 少し背筋がぞわっとした。

 もしトート教授の言うとおり、この重さすら感じさせない硬貨がルイス湖を沸騰させるだけのエネルギーを持っているとするのならば……


「分かりました。サクラ、準備を……」

「うん……」


 俺も真剣にならなくちゃな。

 サクラも俺に感化されたのか真剣な表情に変わる。

 俺は銭貨を小舟に乗せて湖に流す……




 三時間後……



 硬貨を乗せた小舟は湖の中央についた頃だろうか? 

 千里眼を発動し、小舟の様子を見てみる。


 小舟の周りには水面が映るのみ。

 そのまま千里眼の範囲を広げると、小舟はルイス湖のほぼ中央にあるみたいだ。


 教授は地面に胡坐をかいてこっくりこっくりと船を漕いでいる。

 サクラに至ってはいびきをかいて爆睡しているのだが……


 教授の肩に手をおいて彼を起こす。


「教授、起きてください。時間です。サクラ! 出番だぞ!」

「んあ? あぁ、すまん…… 眠っていたか」

「わ!? ごめん! すごい寝てた!」


 すごい寝てたって何だよ? まぁいい。


「では始めます。サクラ、結界魔法の準備を」

「うん!」


 サクラはマナを取り込み始める。

 これでいつでも結界を張れるな。頼んだぞ。


 じゃあ俺の番だな。


 イメージする。


 空間の刃を……


 それが物質の最小単位、原子を結ぶ結合部を切り裂く。


 俺はそのイメージをマナの変換し空間魔法を発動……


 そして……


 硬貨に向かって魔法を放つ!



 ―――スッ



 僅かな風切り音を立て、空間の断裂が飛んでいく。狙いは硬貨。千里眼で小舟を確認。


 小舟の周りの空間が歪んで見える。今度はサクラの番だ。


「サクラ! 結界を!」

「うん! maltaeffamΔeek多重結界!」


 サクラの結界が小舟を何重にも覆う。後は時を待つのみ。


 今のところ何の変化も無いな。どれどれ? 千里眼を使って硬貨の見つめていると……



 フッ



 硬貨が消える? 次の瞬間……



 ボゥッ



 火の玉が現れる。これは…… 火の玉は小舟を燃やし、結界にヒビが入る。


 火の玉はどんどん大きくなってる…… 

 あれ? これってヤバくないか?



 ―――パキィンッ



 結界が破れた。火の玉の周りにある水は沸騰することなく一気に水蒸気に変わる。


 視界が水蒸気に覆われる……


 あかん……


 絶対ヤバいやつだ!


 千里眼を解除!

 前を見ると白い壁がこちらに向かってくる!


「サクラ、転移門を!」

「え!? なに!? て、転移門!」


「教授! 逃げます!」

「なっ!?」


 俺は教授の返事を聞く前に転移門に飛び込む! 



 ジュオッ!


 

 熱い!? 転移門をくぐったにも関わらず恐ろしい熱が背中を焼くのを感じる!


 なんとか直撃を避け、俺達は逃げることが出来た。

 転移門をくぐった先は…… 王都だ。よかった、死ぬかと思った……


 隣ではサクラが茫然とした表情で天を仰いでいる。何だろうか?


「パパ…… あれを見て……」


 サクラが指差す方角には…… 


 雲だ。雲が見える。


 その形はまるでキノコのようだ。


 それが天高く…… 天高く昇っていく……


 教授もそれを見て言葉を失っている。


 我に返った教授は一人呟く。


「成功だ…… だが…… これは世に出してはいけない……」


 教授は一人、項垂れたようにして研究室に戻っていった。


 キノコ雲はさらに大きくなっていく。

 構内にいる学生はこの世の終わりのようにその光景に見入っていた。


 たしかにあの公式は世に出してはいけないな。

 悪用されればどんな被害が出るか分からん。

 つまりあの公式は悪魔の公式ってことだ。

 ん…… そういえば……


 ふとあの公式のことが頭を過る。



 E=MC^2



 何か忘れているような…… 



 そうだ。俺は一つ重要なことを思い出した。



 二回目のイレギュラーの世界。



 空間魔法の師匠、クロウリーが言ったことを……



「サクラ、ちょっと来てくれ!」

「なに? って、わわ!?」


 俺はサクラの手を取って自室へと戻って行った。


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