ピースが揃う

 俺はサクラを連れて学生寮の自室に戻る。

 本当は異性を連れ込むのはご法度なのだが寮には誰もいない。

 皆、外の恐ろしい光景に見入っているのだ。


 サクラは力無く俺のベッドに座る。ちょっと落ち着かせてあげないとな。

 俺はお茶を淹れてサクラに渡す。


「飲みな。熱いぞ」

「あ…… ありがと、パパ……」


 息を吹きかけて温度を冷ます。一口お茶を含み、それを飲み込む。

 先程まで震えていた手の動きが止まった。少しは落ち着いたか?


「もう大丈夫みたいだね」

「うん。でも驚いたよ。あれは神級魔法並の威力だった。あそこにいたら私達死んでたね……」


 サクラは窓の外を見つめる。

 彼女の視線の先には成長を続けるキノコ雲が……


 確信した。この世界はやはりイレギュラーな世界だった。あのキノコ雲が答えって訳だ。


 この世界は今まで経験した世界とあまり変わらなかった。

 少し学問に特化しただけの世界で特に学ぶことが無いと思っていた。

 あのキノコ雲を見るまでは……


「やっとピースが揃った!」

「え?」


 思わず叫んでしまう。

 サクラは何だかよく分からない顔をしているな。


「ピース? 何かパズルでもやってたの?」

「違うよ! 俺が求めていた全てが揃ったってことだ! 少し長めに説明するぞ。でもその前に……」


 俺は収納魔法を使い、亜空間からおにぎりを取り出し、それをサクラに渡す。


「食べな。話は長くなるから今のうちにお腹に入れておくんだ」


 サクラはおにぎりを受け取り、それを一口。


「ん…… 美味しいね。相変わらずパパのおにぎりは美味しい…… 中には鶏肉のフリットだね。ふふ、懐かしい。パパもママもよく作ってくれたんだよ」


 そうか…… 俺もこのおにぎりは大好きだ。将来、これが俺の家庭の味になるんだろうな。


 お互いおにぎりを数個食べ終え、お腹が満足したところで話に入る。


「パパ、ピースが揃ったって言ってたけど、なんのピースなの?」


 俺の胸は今、喜びで打ち震えている。

 これを手に入れるまで何十万年待ったことか……


「フィオナを救うためのピースだよ。いいか? 最初から話すぞ。俺は転生を繰り返している。これはサクラも知っているな? そして俺は転生の度に同じ因果律に囚われ、毎回契約者として生きることになっている」

「うん…… それは知ってる。それだけは未来のパパも話してくれたもの」


「そうか。じゃあ次だ。俺は転生を繰り返す中で特殊な世界に辿り着く。イレギュラーな世界だ。そこでまず、俺は時空魔法を学ぶことが出来た。この魔法を使ってフィオナの体内時間を人間のそれと同じ時間に戻すために」


 トラベラーは不老不死。その特性故か子供が出来ない。生殖機能が止まっているようだ。

 フィオナはかつてその原因を涙ながらに俺に語ってくれたんだ。


 時空魔法の師匠モルガンの下で修業を積み、俺は時空魔法を習得。

 この魔法があればフィオナの願いを叶えることが出来る。


 恐らくマナを大量に使った時空魔法であればトラベラーの体内時間を元通りにすることが出来るはずだ。

 それはここにいるサクラ、俺の未来の娘の存在が物語っている。


「次だ。二回目のイレギュラーな世界。俺はそこで空間魔法を習得した。収納魔法や瞬間移動だな。ところでサクラ、お前は約束の地に転移することは出来るか?」

「約束の地……? たしか管理者がいるところよね。多分無理。あそこは空間転移とは少し違う次元にあるみたい。私の転移門でもそこには辿り着くことが出来ないと思う」


「そうか…… 空間魔法の師匠のクロウリーはワームホールっていうやつを大きくすれば約束の地と現世を繋ぐことが出来るって言ってた。

 だけどワームホールを大きくするにはとんでもない量のエネルギーが必要なんだってさ。その時はまだワームホールを作ることは出来ないって思った」

「とてつもないエネルギー? それってどれくらい?」


「師匠は世界のマナを全部使ってもまだ足りないって言ってたな」

「そう…… でもそれじゃまだママを救うピースは揃ってないんじゃない?」


 それについては最後に話そう。


「俺は諦めてなかったよ。そして次の世界。錬金術が発達した世界に辿り着いた。そこで俺は多くの錬金術を学んだ。でもそこで一番の収穫はホムンクルスの作り方を覚えたことだ」

「ホムンクルス!? それって錬金術の最終目的じゃない!? パパってそんなことも出来るの!?」


「ま、まあね。でもそんなびっくりすること?」


 サクラの息が荒い。驚きの表情を隠すこと無く俺を見つめてくる。


「パパってほんとすごいね…… でもホムンクルスを使って何をするの?」

「俺はホムンクルスに約束の地で管理者の役目をやってもらおうと思ってるんだ。俺は毎回管理者を倒している。

 だが管理者を失った世界がどうなるかは知らないんだ。だからホムンクルスに管理者として働いてもらえば世界は今まで通り平和なままでいられるんじゃないかなって思ったのさ」


「なるほどね…… でも今までの話ではママを救えてもパパが約束の地から帰っては来れないよね……」


 そう、それなんだ。

 でも欠けていたピースがこの世界で揃った。それが……



 E=MC^2



「さっきみんなで行った実験だよ。トート教授が言ってたエネルギーと質量の関係式だ。それを使う」


 サクラはキョトンとして表情だ。

 そうか、まだ分からないみたいだな。


「さっき行った実験で硬貨を分解したらエネルギーに変わっただろ? それを魔力に変換して空間魔法を発動する。いや…… ワームホールを大きくするのさ」

「そうか! そうすれば約束の地から現世に戻ってくることが出来る!」


 ふふふ。やっと分かったか。

 しかしサクラの顔はすぐに悲壮な表情に戻る。


「でも…… あの公式を使ったとしても無理なんじゃない? 硬貨を分解したエネルギーは確かに神級魔法並の威力だった。でも世界のマナの全てに匹敵するほどじゃないはずだよ」


 ふふふ。俺にはこれがあるんだな。


 俺は右手にマナを流し込む。


 イメージする。


 この世の物質とは全く違う性質を持つ。


 負の質量を持った物質。




 エキゾチック物質を……



 ―――ドスンッ



 拳大のエキゾチック物質は具現化した途端、に落ちていった。

 

 サクラは口をあんぐりとあけてエキゾチック物質を見つめている。


「パ、パパ。あれって何?」

「あれは負の質量を持った物質だよ。あれをエネルギーに変える。師匠は言ってたんだ。もし負の質量を持った物質、エキゾチック物質をエネルギーに変えれば異界への門、ワームホールは開かれるだろうってね」


 サクラはやっと気付いたようだ。


 そう、これで全てのピースが揃った。フィオナを救い、俺が必ず彼女の下に戻ってくるためのピースが。


 サクラは俺に抱きついてくる。


「パパ! すごいよ! これでママを助けて、二人が一緒になれるんだね! もう! なんでこんなすごい話をしてくれなかったの!?」


 いやいや、それは未来の俺に聞いてくれよ。

 まぁここまでかなり辛い旅路だったからな。確かに子供にしてやれる話ではないかもしれない。


 この世界でやることは終わったな。後は管理者を倒すだけだ。


 そういえば、管理者を倒し再び転生するということは……

 サクラとお別れということか。


 抱きつくサクラを離し、真剣に顔を突き合わせる。


「サクラ…… 一年もすればスタンピードが起こる。俺は管理者を倒す旅に出なくちゃいけない。つまり……」

「うん…… 分かってる…… 少し寂しいけど……」


 少し寂しいか。ははは、少しじゃないだろ? 

 サクラの目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。


「泣くなよ。サクラは未来の俺がいる世界に転移出来るんだろ? 寂しくなったら帰ればいいじゃないか」

「うん…… でも今のパパには多分もう会えない…… だってパパに会えたのは偶然なだけなんだから…… う…… うわーん!」


 サクラは堰を切ったように俺の胸で泣き出した。

 はは、なんだかんだ言って俺の娘だ。泣き虫なところもそっくりだな。

 俺はサクラをあやすように頭を撫でる。


「サクラ…… 俺はお前に会えてよかったよ。将来お前のような素敵な娘を授かることが出来るんだね。嬉しいよ。サクラに会えるのが楽しみだ」

「ぐすん…… パパァ…… 私もパパの娘で幸せだよ…… これからきっとママに会える…… ママを幸せにしてあげてね……」


 そう言ってサクラは再び声を出して泣き始める。

 サクラが泣き止むまでしばらく時間がかかり、外はすっかり夜になっていた。



 その一年後……



 サクラとの別れの時が来た。


 そのまま二人で管理者を倒すことも考えたが、これは俺の仕事だ。子供に手伝ってもらうことでもない。

 サクラにはサクラの人生がある。俺の業に付き合ってもらう必要は無い。

 サクラは手伝うと意気込んでたが、それは丁重にお断りした。


 大学を卒業し、王都から故郷の村に帰る途中でサクラと別れることにした。


 やっぱり少し寂しいな。

 サクラは名残惜しそうに転移門を開く。

 転移門をくぐる前に俺に向かって……


「パパ…… 私、パパの娘で本当によかった」

「はは、神様の娘だからか?」


「もう! 違うよ! パパが神様やってなくてもパパは世界一のパパだよ!」


 おぉ! なんだかすごく嬉しいこと言われたぞ! 


「それって未来の俺にも言ったことある?」

「ない…… でもほんとに思ってたことなんだよ」


 サクラは照れを隠すようにぷいって顔を後ろに向ける。


「じゃあ行くね。これからもがんばって…… ママを見つけてあげてね……」


 別れの時か。サクラ、またな。

 サクラは転移門をくぐる前に俺に抱きついてきた。俺も彼女をしっかりと受け止める。


「どうした?」

「前に行った約束覚えてる?」


「あぁ。覚えてるよ。俺とフィオナの話だろ? 必ずサクラに話してあげるからな」

「お願いね……」


 サクラは俺の頬にキスをした。そして再び転移門の前に向かう。

 最後に振り向いて……


「ふふ。でもそれはママには秘密ね。ママったらすぐにやきもち焼くんだから。じゃあね! パパ! 行ってきます!」

「おう! たまには家に帰るんだぞ! いってらっしゃい!」



 ―――ブゥゥン



 サクラは笑顔を俺に向けて転移門に消えていった。


 サクラ…… また会おうな……


 そして俺は故郷に戻り……


 いつものようにスタンピードが発生する。


 いつものようにみんな死んで。


 いつものように俺は管理者を倒す旅に出る。


 そしていつものように管理者と共に果てる……
















『ライト、お疲れ様』


 おう、レイか。具合はどうだ?


『大分良くなったよ。今回の世界はどうだったの?』


 ふふふ。なんとフィオナを救うための全てがこの世界で揃ったよ。


『ほんと!? じゃあエキゾチック物質をエネルギーに変える方法が見つかったんだね!』


 あぁ。これで後はフィオナに会うだけだ。


『そう…… じゃあもうすぐ僕らの旅は終わるんだね。ふふ、ライトとお別れするのは少し寂しいな』


 そういえばレイはフィオナが見つかったらどうするんだ?


『辛い記憶を封印してから君と一つになるよ。僕の意識は消えることになるだろうね』


 そうなのか? お前はそれでいいのか? 


『うん。君を助けるのが僕の存在意義だもの。僕の助けが必要じゃなくなった時に僕のいる意味は無くなるから』


 そんな寂しいこと言うなよ。今まで一緒に頑張ってきたじゃないか。

 行かないでくれよ……


『ははは! そんなこと言わないでよ! 君と一つに戻るだけで僕が死ぬわけじゃないんだから! ほら、次の転生が始まるよ! 僕に体を渡して!』


 俺を照らす光がレイに移る……


 いつものように俺は眠りにつく……


『もうすぐだよ。きっとフィオナにもうすぐ会えるから。がんばろうね』


 そうだな…… じゃあ、もうしばらくレイにお世話にならないとな……


 俺の意識は再びレイに移る……


 フィオナ…… もうすぐ会えるからな……



 待っていてくれ……よ……


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