リフォーム 其の三

 銀の乙女亭はランチタイムということもあり、多くの客で賑わっている。その中で女将のオリヴィアは忙しそうに走り回っていた。


「お帰り! ずいぶん早かったじゃないか! 掃除はもう済んだのかい!?」

「はい、ある程度は。午後からまた始めますよ」


「そうかい! ならしっかり綺麗にするんだよ! 食べてくんだろ!?」

「はい! それじゃ今日は…… 日替わりを三つお願いします!」


 今日は水魚日だ。日替わりはフリットだったはず。この日を狙って来店する一般客も多い。人気過ぎてたまに売り切れたりするのだ。


「はいよ! 日替わり三つ! ちょっと待ってなよ!」


 よかった、無事に人気の日替わりを食べられそうだ。さて午後からまたお掃除だ。しっかり食べて頑張ろう。


「ねぇライトさん。一つお願いされてもいいですか?」


 ん? お願い? かわいい妻の頼みだ。何でも聞いてしまおう。


「掃除はレムに任せても大丈夫でしょ。ライトさんには家具を買ってきて欲しいんです」

「家具か…… そういえば俺達、何も持ってないもんな」


 今まで気楽な宿屋暮らしだった。どこで買えばいいのだろうか? なるべくなら銀の乙女亭で使ってるのと同じ物を買いたい。ベッドにしろ、タンスにしろ、とても使い勝手がいいのだ。


 お、ちょうどよく料理が運ばれてきた。ちょっと聞いてみるかな……


「はいよ! 日替わりお待ち!」


 美味しそう…… フリットに齧りつきたい欲求を抑えつつオリヴィアに質問する。


「忙しいところすいません。俺達家具を買おうと思うんですが、ここで使ってるものと同じ物が欲しいんです。どこで用意したんですか?」

「家具かい? あれは元パーティメンバーのハンナのとこで買ったんだよ。手先が器用な奴でね。よかったら紹介しようか? 私の知り合いって言ったら安くしてくれるよ!」


 オリヴィアは伝票を胸元から取り出し、サラサラとメッセージを書いてくれる。


「ほら、これを持っておいき」


 やった! これで使い慣れた家具と同じものを購入できるな。あとはどんな家具を揃えるかだな。こういう時は女の意見に従った方がいい。


「フィオナはどんな家具を買おうと思ってるの?」

「ベッドを三つ。タンスを三つ。リビングに置くテーブル。椅子は六脚あればいいですね。くつろぐためのソファーも欲しいですし、小さくてもいいから本棚も必要です。あ、あとチシャの寝室に置く机と椅子もお願いします」


 リクエスト多いな!? 忘れないうちにメモしなくちゃ……


「多少高くてもいいです。だって長く使う物ですから。そこは節約しちゃダメですよ」


 そうだな。ベッドなんて人生の三分の一を過ごす場所だ。良い物を買わないとな。


「じゃあ午後に向けてしっかり食べましょ」


 よし、では頂くとしますかね! 今日のフリットは鶏肉か。すごく美味しかった。


 ごはんを食べ終わるとチシャが船を漕ぎだした。疲れたんだな。かわいかったのでつい抱っこしてしまう。


「部屋に戻って寝ててもいいよ。ここならオリヴィアさんもいるしね」

「やだ…… 一緒にお掃除す……る……」


 はは、言い終わったとたんに寝ちゃったよ。


「チシャを寝かせてあげよう。オリヴィアさん、チシャが起きたら夕方には帰ると伝えておいてくれませんか?」

「はいよ! 任せておきな!」


 この子を一人にするのはちょっと心配だが銀の乙女亭なら安心だ。元Aランク冒険者が営む宿屋だ。ここで馬鹿な真似をする輩なんていないはず。


 寝息を立てるチシャをベッドに寝かせ、俺は家具を買いに、フィオナはリフォームの続きに向かう。

 その前にフィオナがキスをしてきた。


「んふふ…… もうすぐあの家に住めるんです。楽しみです」


 いかん! キスされた挙句そんなかわいいことを言われたら! フィオナを押し倒したい衝動に駆られる。

 ぐぬぅ。でも我慢だ。かわいい我が子が隣で寝ているうえに、まだ真昼間。それに今日はやることが盛りだくさんだ。ぐっと堪える。


「お、俺も楽しみだよ。じゃあ、家具を買いに行ってくるよ。フィオナも頑張ってね」

「はい、買い物はよろしくお願いします」


 ふー、何とか自制出来たな。それにしてもフィオナは人間の精神を取り戻してからは可愛さが増して困る。うーむ、収まりがつかん。今夜はお願いしようかな…… 


 エロい妄想をしつつ家具屋に向かうことにした。



◇◆◇



「ここだな……」


 オリヴィアに教えてもらった家具屋は商業区の外れにあった。店の看板にはハンナ工房と書いてある。それにしてもオリヴィアの元パーティメンバーか。オリヴィアみたいな脳筋だったら嫌だな……


「いらっしゃいませ~」


 店の中から声が聞こえる。鈴のような軽やかな声だ。店に入ると……


 エルフがいた。特有の長い耳、綺麗なブロンドの髪、脳筋の仲間とは思えないほど細い体。超美人だった…… 


「お客様ですか~? 何をお求めでしょうか~?」


 あっけに取られている俺を尻目にエルフはニコニコ接客スマイルで俺に迫る。駄目です、俺には妻も娘もおりまして……


 いやいや、そんなことをしに来たのではない。家具を買いに来たのだ。この人がハンナで合ってるよな?


「あ、あの俺はライトといいます。オリヴィアさんの紹介で来ました。あなたがハンナさんですか?」


 ポケットからオリヴィアのメッセージが書いた紙を手渡す。ハンナはニッコリ微笑む。


「そうよ~、私がハンナ~。オリヴィアちゃんの知り合いなのね~。ならサービスするわよ~」


 オリヴィアちゃん…… あのアマゾネスをちゃん付けで呼ぶとは。


「で~、ライトちゃんは何が欲しいの~?」


 俺もちゃん付けかい…… まあいいか。


「は、はい。まずはベッドを見せて欲しいのですが……」


 ハンナはニッコリ微笑んだ。うわ、かわいい。この人美人と可愛いの両方を兼ね備えてるな。こんな美人が王都にいたのか。なんで今まで知らなかったのだろうか?


「ベッドね~。なら最新作があるよ~。こっち来て~」


 ハンナは工房の奥に案内してくれる。中は削りたての木の匂いで満たされている。中央にはベッドの骨組みが鎮座してあった。珍しい形だな。ベッドの床板部分が平面ではなくアーチ状になっている。


「ふふふ~。この床板を軽く押してみて~」


 言われるがままに床板を押してみると…… ぺこんって板がへこむ。腕を戻すと床板も元のアーチ状に戻った。ハンナはドヤ顔で説明を始める。


「これはね~、ウッドスプリングっていうの~。この研究に百年かかったのよ~。これがあれば理想の寝姿勢を保つことが出来るの~。ちょっと寝てみる~?」


 百年…… さすがはエルフだ。でもこの人って銀の乙女のパーティメンバーだろ? その頃からこの研究をしてたのか? ハンナはベッドにマットを敷いてくれた。寝てみろってことだよな。


 お言葉に甘えて…… 

 

 …………


 ……………………


 はっ!? 一瞬で寝てしまった!? なんだこのベッドは……


「あらら~、満足してくれたみたいね~。作り手としても嬉しいわ~」

「すごいです…… こんなベッドがあったなんて……」


「それだけじゃないわよ~。これには消音の魔法陣も組み込んであってアレの時の特有の音も消してくれるようにしてるの~」

「買います!」


 いや、決してエロ目的ではない。夫婦の大切なコミュニケーションの手助けをしてくれるのだ。買わない手は無いだろう。むふふ。


「まいどあり~。三十万オレンになります~」

「すいません。これと同じベッドを全部で三つ欲しいんですが……」


「あらあら~、上客ね~。ならまとめ買いで少しおまけしてあげるからね~。他にも欲しいものがあるの~?」


 お? まけてくれるのか。嬉しいな。


「はい、最低六人は座れるテーブル、椅子が六脚、タンスが三つ、本棚は…… 三つ。寝室に置く机と椅子を三つお願いします」

「あらら~、お金ちゃんがいっぱい貰えちゃうじゃないの~。嬉しいわ~」


 いえいえ、嬉しいのはこっちですよ。あのベッドだけでもここに来た甲斐はある。あのクオリティだ。タンスもテーブルも素晴らしいものに違いない。


 お会計は全部で二百五千万オレンとなった。高い買い物になったが後悔はしていない。

 だってねぇ…… 安眠枕とこのベッドのコンボがあれば夜の生活はもう何の心配もいらないだろう。


 家具は組み立て式らしく、明日家に届けてから組み立ててくれるそうだ。

 いい買い物をしたな。ウキウキ気分で新居に戻ることにした。

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