首都タターウィン 其の三

「んぐー!」

「チシャ! 頑張れ!」


 奴隷の入れ墨を消す治療はいつ見ても慣れることはないな…… 

 俺に抱きついて痛みを我慢するチシャ。この痛み、俺が代わってあげられたら……


「お終いです! よく頑張りました!」


 フィオナが回復魔法をかける。焼けた皮膚は再生し、焦げた部分から綺麗な肌が見えた。


「うえーん。ライー。痛かったよー。よしよししてー」

「ははは、偉いぞ」


 治療後のウソ泣きも定番になってきたな。抱っこしてて背中を撫でる。


 この子は頑張っている。治療は一日一回だったのだが、今は朝、昼、晩の三回行っている。

 デュパのところから帰ってきたその晩にチシャが言ってきたのだ。治療の回数を増やして欲しいと。


 最初は反対したのだが、チシャを説得することも出来ず、彼女の意思を尊重することにした。本当に強い子だ。決して泣くこともなく治療を受け入れている。


 抱っこしながらチシャの背を見ると、これで15センチ四方の入れ墨を消すことが出来たようだ。しかし、消した入れ墨はほんの一部に過ぎない。


「あんまり無理するなよ。きつかったら回数を減らしてもいいんだからな」

「ううん。早く背中の絵を消したいの。わたしがんばれるよ。がんばってふつうの子になるの!」


 普通の子…… チシャは自分が奴隷だということを理解して言っているんだろうな。この子の熱意を無駄にしてはいけない。溢れそうになる涙を抑えながらチシャを抱きしめる。


「ぶぉ~ん、おんおん…… ぶぉ~ん、おんおん……」

「あはは。フィオナの泣き声って面白いね」


 チシャはフィオナを見て笑う。ははは、確かにフィオナの泣き声は独特過ぎるので、俺もいつも笑っちゃうんだよな。


 フィオナが泣き止むまで、少し時間がかかった。


 三十分後。ようやくフィオナが泣き止んだところで、俺達はデュパのところに顔を出すことにした。

 装備の制作をお願いしてから今日で三日が経つ。完成とはいかないだろうが雛型は出来たんじゃないかな?


 今日も職人街は金属を打つ音が響き渡る。いい街だな。活気に溢れている。ドワーフは全体的に荒くれ者が多いが、仕事に対しては勤勉な者が多い。種族的に職人気質に溢れているんだろうな。


 デュパの工房に着くとお弟子さんが出迎えてくれた。


「あ、ライトさんでしたね! 今師匠を呼んできますので少々お待ちください!」


 そう言って作業場にお弟子さんは引っ込んでいった。古ぼけたソファーに座ってデュパを待つ。


 ん? あそこにあるのは糸車か? 金属を扱う工房に似つかわしくないものだな。フィオナが近づいて糸車を見ている。


「この糸…… 金属で出来てます。痛っ!」

「フィオナ! 大丈夫か!」


 フィオナの指先から血が滴り落ちる。何だこの糸は?


mastdalma超回復。大丈夫です。チシャ、危ないから近付いちゃだめですよ」


 すぐに血は止まり皮膚が再生した。びっくりしたよ…… それにしても金属の糸か。何に使うんだろ?


 再びソファーに腰かけて待っているとデュパは短剣と杖を抱えてやってきた。


「来たか! まだ形造りまでしか終わっておらんが確認して欲しい! 使い辛かったら遠慮なく言え! まずはライトからじゃ!」


 デュパは二対のダガーをテーブルに置いた。これは…… 片方にしか刃が付いていないし、少し刀身が反っているな。今まで使ったことのないタイプのダガーだ。


「殺傷力を高めるこの形にした。刀身の中には芯としてダマスカス鋼を入れてある。これで靭性を強化出来る。硬いだけじゃ刃は折れやすくなるからな! それを溶かしたヒヒイロカネで被せる予定じゃ。どちらかというと刺突用じゃな。

 これで使い勝手を試してみるといい。昔作ったものじゃ。あいにく材質はアダマンタイトじゃがな。そこにある廃棄用のプレートメイルで試し斬りをしてみい」


 青い刀身のナイフを渡される。形は先ほどの作りかけのダガーと同じだ。刺突用って言ってたな。では遠慮無く…… 



 ―――スッ



 ほとんど力を入れて無かったのに…… 刃が鎧に吸い込まれていく!


「うわっ! 何ですかこの斬れ味は!?」

「使い心地はどうじゃ?」


「いや…… 驚きました……」

「悪くないと受け取っておこう。だが所詮アダマンタイト製での使い心地じゃ。ヒヒイロカネのダガーはこれの比じゃないことを覚えておけ。ではこの形状で作成を進めていく。問題な無いな?」


 これ以上かよ…… 威力がありすぎてちょっと怖いな。


「次はフィオナの杖じゃ。これはほぼ完成しとる。ほれ、持ってみい」


 フィオナが杖を持つと、一瞬で真剣な表情へと変わる。


「すごい……」


 どうすごいのだろうか? ヒヒイロカネ製の杖か。どんな効果があるんだろうな。


「どんな感じなの?」

「杖というのはオドを外に出す為の通り道みたいなものです。でもどんないい杖を使っても多少の抵抗を感じます。でもこれは一切の抵抗を感じません。それどころか、まるでオドの量が増えてるみたいに……」


 俺とチシャはきょとんとした顔をする。

 実はよく分からなかった。

 フィオナが優しく説明してくれた。


「そうですね。分かりやすく言うと100のオドを150にして魔法に変換出来るということです」

「つまりは威力が高くなるってことでいいのかな?」


「はい。でも今まで通りの使い方は出来ないですね。オドの量を減らす練習をしないと……」


 フィオナの魔法の威力が更に上がるのか…… 使い方を誤ると大変なことになりそうだな。

 誤爆とかされた日にゃ死ねる自信がある。


「ライトの弓はまだ出来上がっておらん。じゃがお主、マナの矢を使うらしいな? フィオナの杖と同じ工程で作成する予定じゃ。楽しみにしておけ!」


 つまりは俺のマナの矢も威力が上がるって思えばいいか。俺もマナを抑える練習しておかないとな。


「最後にチシャ。お前さんには練習用のナイフとスタッフを作る。ライトとフィオナに使い方を教えてもらうとええ。ライト達の許しが出たら刃入れしたものをやるから、今はこれで我慢するんじゃな」


 これは素晴らしい配慮だ。いきなり最高峰の武器を手にしても使いこなせなければ意味が無い。まずは自分が怪我しないように練習させないとな。


「えー、私もすごいの欲しいなー」

「文句言うんじゃない! 昔から生兵法は怪我のもとと言ってな! お前が一人前になったら最高の物を作ってやるわい!」


「わかった…… がんばって練習する……」


 渋々ながらもチシャは納得した模様。よしよし、今日から練習しような。

 武器については全く問題無い。それにしてもこの人と知り合えて本当に良かった。


「ありがとうございます! こんなすごい武器を作ってもらえるなんて! この国に来た甲斐がありましたよ!」

「がはは! 褒めるのはまだ早いぞ! まだ防具の説明をしとらんじゃないか! ほれ! こっち来い!」


 デュパは先ほどの糸車に向かう。この糸、フィオナが金属製って言ってたな。


「賢者の石を使いヒヒイロカネを糸にした。これでお前達の防具を作る。お前らはゴテゴテした鎧は好まんのじゃろ? ならこの糸で服を織ってやる。お前にはヒヒイロカネで織った肌着を。フィオナにはローブ。チシャはどんな洋服が好みなんじゃ?」


 俺は肌着なんだ…… それにしても何気にデュパもチシャに甘いと見た。リクエストを聞いちゃうぐらいだしな。


「かわいいワンピースがいい!」

「そうかそうか。じゃあせいぜい可愛く仕上げるとするかの。ライトよ、せっかくじゃ。これも試してみるといい」


 デュパはハンカチぐらいの布を取り出した。ヒヒイロカネ製の布だな。それを先程のプレートメイルに貼り付ける。


「この布を突いてみい。びっくりするぞい」


 そうだな。ヒヒイロカネ製とはいえ、肌着ではちょっと防御力の心配がある。

 俺はアダマンタイト製の短剣を構え刺突を放つ! 



 ―――キンッ グググ……



 なに!? 刃が通らない!?


「がはは! そう、その顔が見たかった! 予想通りの反応で嬉しいわい!」

「すごいですね…… 正直舐めてました。これならどんな攻撃も通じないのでは?」


「さすがにそこまで万能ではないわ。刺突耐性、斬撃耐性については最高の物になるじゃろう。じゃが打撃耐性についてはそこらの衣服と変わらん。あまり過信してはいかんぞ」


「なるほど…… 気を付けます。ですが、俺がダメージを負いにくくなったってのは事実です。本当にあなたと知り合うことが出来てよかったです!」


 興奮が抑えられなくなり思わずデュパに抱きついてしまう! いやー、バクーに来てよかった! これでアモンと対峙しても負ける気がしない!


「こりゃ! 男に抱きつかれても嬉しくないわ! 離さんか!」

「ははは! すいません! 俺の知り合いにもすぐに抱きついてくる奴がいるんですけど、そいつの気持ちが分かりましたよ!」


「お前の知り合いは変わったやつばかりじゃな! では作成を進めさせてもらうぞ! 仕上がりは一週間後じゃな!」

「はい! 楽しみに待ってます!」


 待ち遠しい! あと一週間か! それで最高の装備が手に入るんだ! 

 でもお金足りるかな……?


「お代のことなんですが……」

「いらん。その代わり余ったヒヒイロカネは貰うぞ。それでチャラじゃ」


「いいんですか!?」

「むしろわしが金を払わんといかんくらいじゃ。では作業に戻るとするか。次は一週間後じゃ! また来いよ!」


「言われなくても来ますよ! ではよろしくお願いいたします!」


 さて装備が出来上がるまで何するかな。ゆっくり温泉を楽しむもよし。あ、そうだ。チシャに稽古でもつけてあげるかな。


「あ、そうだ! ちょっと待ってて!」


 チシャが再びデュパのところに戻る。


「ねぇ、お願いしてたアレ出来た?」

「おう、そうじゃったわい。これを持っていくといい」


 デュパはチシャに袋を手渡す。彼女の顔がパァーっと輝いた。


「ふふ。お待たせ」

「何を貰ったの?」


「宿についたら教えてあげる!」


 なんだろうか、気になるな。チシャがすごくいい笑顔で袋を抱きしめている。


 それにしてもこれでバクーに来た目的を果たせた訳だ。後はゆっくりと待つことにしますか!

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