喜怒哀楽
私達は白松亭に戻ってきました。
先程までデュパの工房で装備の説明を受けていたのですが、すごく驚きました。
ヒヒイロカネという鉱石を使いライトさんは斬れ味の鋭いダガーを、私は魔法の威力を上げる杖を作ってもらいました。
魔法の杖というのは謂わばオドの通り道。精度が高い杖を使えばオドを魔法に変換しやすくなります。
私が今持っている杖もそれなりに作りがいい物ですが、新しい杖に比べたら炉端に落ちている枝に過ぎません。
アモン。愛しいライトさんの仇であり、一度は私を殺した憎き魔物。それを屠るのにあの杖は役に立ちます。
これで私も強くなれます。ライトさんの役に立てると思うと笑顔になってしまいますね。んふふ。
「フィオナどうしたの? なんか楽しそうだね」
「はい。新しい杖のことを考えると嬉しくて」
「そうだね。でもわたしは練習用の剣と杖だって。つまんなーい」
ふふ、そんなこと言わないでください。チシャには才能があります。こんな幼い時分で魔法を使いこなすのですから。流石は妖精の血を継ぐ者ですね。
「大丈夫ですよ。もっと練習していっぱい魔法を使えるようにしましょう。そうすればデュパもチシャにすごい杖を作ってくれます」
「そうだね! じゃあ帰ったら新しい魔法教えて!」
もちろんです。チシャの頭を撫でると、笑顔を返されます。ふふ、かわいいですね。チシャの頭を撫でると喜びが胸が溢れます。
この喜びはライトさんとの間に感じるものとは性質が違うようです。落ち着くのです。
例えるならライトさんの喜びは炎。私に熱を与え、時に私の心を焦がしてくれます。
チシャの喜びは春風ですね。優しく、いつまでも感じていたい。
チシャから春風を感じつつ、私達は白松亭へと帰っていきました。
◇◆◇
宿に帰るとライトさんがごはんを作ってくれました。今日もパスタですね。
タターウィンは岩の国の中でも珍しく緑が多い。いい野菜も採れるようで、ライトさんは葉野菜をたっぷり使ったパスタを作ってくれました。
味付けは……チリを使っていますね。チシャは食べられるでしょうか?
気になりつつフォークで巻いて一口。
美味しい……
もう料理ではライトさんに勝てませんね。でもライトさんは私が作った料理が一番美味しいと言ってくれる。ふふ、おかしいですね。私はライトさんが作ったものが一番好きです。
「からい! でもすっごく美味しいよ!」
チシャの言葉にライトさんの顔がほころびます。
この世界に来てから三十年近くが経ちます。だけどこんなに楽しい想いは初めてです。
いえ、これは感情に目覚めたからそう思えるのでしょう。
ですが私とライトさんは違う時間の中で生きています。ライトさんは寿命を迎え、その内私は一人になるのでしょう。
でもそれはしょうがないことです。
その時が来るまでライトさんと一緒にいましょう。
―――ピシッ
あ、亀裂が大きくなりました。
◇◆◇
食事が終わりチシャの入れ墨を消す時間が始まります。仕方の無いこととはいえ、愛しいチシャを傷付けなければならないなんて。
チシャは最初は痛みで失神してしまいました。それが今では一日三回も治療を受け入れている。本当に強い子ですね。
「フィオナ! わたしは大丈夫だからね! 泣いちゃだめだよ!」
ふふ、その約束は出来ません。私はきっと泣いてしまいます。
「チシャ、頑張ってください!」
私は小さな火の玉を放ちます。放たれた火の玉はゆっくりチシャの入れ墨を焼いていく……
「んんー!」
「頑張れチシャ!」
ライトさんにしっかりと抱きついていました。大の大人でも耐えきれないほどの痛みをこの子は耐えています。
この子が感じる痛みを私が代わってあげることが出来たなら……
涙を抑えることが出来ません……
「お終いです!」
「はぁはぁ…… あ、フィオナ! また泣いてる! もう! わたしは大丈夫だって言ったでしょ!」
「だって……」
涙を止められない私をチシャが抱きしめてくれました。そんな私達をライトさんがまとめて抱きしめてくれます。
嬉しいのに涙を止められません。いえ、嬉しいから涙を止められないのでしょう。
「フィオナはいつ人間になったんだ?」
最近のライトさんの口癖です。そうですね。私、どんどん人間に近づいている気がします。
治療が終わり、三人で温泉に入ることに。一日で一番好きな時間です。
本当の一番は…… ふふ、今はチシャもいますから。少し我慢ですね。
体を洗ってから湯船に浸かります。
―――チャプッ……
気持ちいい…… タターウィンの温泉は白く濁っています。肌がすべすべしてくるのを感じます。温度もちょうどよく、まるでライトさんの腕に抱かれているような感覚。
ついライトさんに寄り添ってしまいました。そして顔を見上げると……
かわいい…… 美醜に興味が無い私がそう思ってしまうほどライトさんの笑顔は私を癒してくれます。
自分でも気付かないうちに顔を近付けてしまいました。目を閉じて唇を合わせる……
いつもの温かさが胸に灯る……
「もう。チシャが見てるぞ」
「んふふ…… ごめんなさい」
「あー、いいなー。また二人が仲良ししてるー。私もするー!」
そう言ってチシャがライトさんの頬にキスをしました。
ふふ、頬ならいいですよ。でも唇は私のですからね。
ライトさんもチシャの頬にキスを返しました。あ、いいな。私にもして欲しいです。
お風呂から上がり、冷たいお茶を飲んで火照りを冷まします。今日やることはもうありません。出来ればライトさんと……
でもそれはまた今度ですね。
ふあぁ…… 少し眠気が来ました。もう寝る時間ですね。
「ねぇ、ライ、フィオナ。ちょっといい?」
チシャが顔を赤らめてモジモジしています。
「どうしたのですか? トイレ?」
「違うよ! 二人に渡したいものがあるの……」
チシャがデュパのところから貰ってきた袋から何かを取り出します。
これは…… ネックレス?
「デュパさんにお願いして作ってもらったの。これはフィオナの」
ネックレスを受け取りました。トップの部分は長方形の白金ですね。その中に小さな宝石が埋め込んであります。
赤、青、緑の宝石がたくさん。これって……
「トゥーラ鉱山で見つけた石なの。私、二人にプレゼントがしたくって。これはライのね。これは私の!」
三人で同じネックレスをつけました。お揃いのネックレス。
喜びが込み上げてきます。それと同時に涙が…… あ、ライトさんはもう泣いています。
「もう! 泣かないでよ! お願いし辛くなるじゃない!」
「ぐすっ…… お願いって何?」
ライトさんが鼻を啜りながら訊ねます。チシャは耳まで真っ赤にしていました。手をモジモジと弄って。
「言ってごらんなさい。恥ずかしがってないで」
私は笑顔でチシャに声をかけます。ほら、がんばって。
チシャは意を決したように話し始めました。
「あのね…… 二人に私のパパとママになって欲しいの……」
その言葉を聞いて一つのビジョンが頭の中に描かれます。
ライトさん、私、少し大きくなったチシャ。
そして私の腕の中には赤ん坊がいます。
腕の中の赤ん坊をライトさんが撫でます。
すると大きな声で泣き出しました。
それを見てチシャが怒ります。
ライトさんが困った顔をしました。
その二人を見て私は微笑んでいます。
私は子守歌を歌い始めます。
次第と赤ん坊の泣き声は小さくなり眠りに落ちていく……
ふふ。私は何を考えているんでしょう。
でもすごく胸が温かい。
―――これが家族
―――パキィン
この音を聞くのは四回目。
楽の感情。定義は難しいけど、私の中では未来を想像する感情だと認識しています。
とうとう最後の感情に目覚めたようです。
これで喜怒哀楽、全部揃いました……
でも……
―――ゾクッ……
なんでこんなに苦しいの!? 体が震えています!
心が黒いものに覆われていく!
いやだ! 助けて!
いやだ! いやだ! いやだ! あっちへ行って! 来ないで!
追い払おうとしても黒い何かは私の心を追いかけてきます!
これは……
恐怖!?
―――来人君…… 助けて……
―――やっと会えたのに……
声がします。以前聞こえてきた心の声。自分ではない誰かの声。
分かってしまいました。この声は…… やっぱり自分の声。二人の女の声は自分の声だったのです。
でも、何故私は怖がっているのですか?
「大丈夫か! どうしたんだ!」
ライトさんが私を抱きしめます。
答えることは出来ずライトさんの腕の中で震えることしか出来ませんでした。
怖い…… 怖いよ…… 私は一体どうしたというのですか……?
ライトさんの腕の中で震え続けていると且つて言われた言葉が頭を過ぎる。私に祝福を与えてくれた女神の言葉。
―――呪いに抗いなさい
―――運命の鎖を断ち切りなさい
私にかけられた呪い。与えられた運命。ようやく理解することが出来ました。そう、今私にかけられてた呪いが解けたのです。
記憶が戻ってきます。遠い遠い昔の記憶。
私は
そう、それだけは。
私はかつて人間でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます