首都タターウィン 其の二

 大きなベッドで三人同時に目が覚める。今日はフィオナではなくチシャと目が合った。


「えへへ。おはよ、ライ」

「おはよう、チシャ」


 フィオナがチシャを後ろから抱きしめる。


「私には無いのですか?」

「おはよフィオナ」


「ふふ。おはようございます」


 幸せがここにあった。しかし、いつまでも幸せに浸っているわけにはいかん。

 今日はデュパを訪ねなければいかんのだ。なんたってこの旅の目的だもんな。


 簡単に朝食を済ませ宿を出ると支配人が見送ってくれた。


「いってらっしゃいませ。デュパ様の工房は歓楽街を北に進んだ職人街の中央にあります。一番大きな建物なので迷うことはないと思います」

「ありがとうございます。では行ってきます!」


 金は払っていないのだが、この至れり尽くせりのサービスだ。本当は幾らくらいするんだろうか?


 ゆっくり馬車を走らせること三十分。歓楽街を抜け、職人街へとやってきた。


 道を歩くドワーフがハンマーを片手に歩いている。お弟子さんかな? 出来立ての剣を抱えて後ろを歩いている。

 街のあちこちからカーンカーンと剣を打つ音が聞こえる。まさに職人街だな。


 さて、デュパの工房は……


「支配人は一番大きな建物って言ったけど……」

「あれじゃないですか?」


 フィオナが指差す方に…… あった! 周りの建物に比べ二回りは大きな工房。建物の前には見本のフルプレートと剣が飾ってある。

 馬車を止め工房に入ると……


「違うだろ! このボンクラが! お前はまだ鉄の一つも打てんのか!」

「ひい!? すいません親方!」


 この怒鳴り声の主はデュパだ。チシャが俺の後ろにサッて隠れる。

 デュパはお弟子さんを指導するのに夢中で俺に気付かないな。


「こんにちは! ライトです!」

「うるさい! 後に……? 来たか! 遅いぞ!」


「そんな怒鳴んでも……」

「いつも通りじゃわい! 入れ!」


 工房の中に通され、お弟子さんがお茶を運んできてくれた。

 辺りには金属の焼ける匂いが漂っている。嫌いな匂いじゃない。デュパが不機嫌そうな顔をしてやってくる。この顔もデフォルトなのかな?


「全くイライラするわい!」


 普通に機嫌が悪いだけだったか。


「どうしたの?」

「おう! フィオナにチシャか! 挨拶が遅れたの! よく来たな!」


「機嫌が悪いようですが、何があったんですか?」

「鉱石が足らんのじゃ! お主に貰ったダマスカス鋼だけでも相当な品が出来るがな! じゃが、わしは一流の戦士には一流の品を贈りたい! そうやって今までやってきたんじゃ!」


 ちょっと嬉しいことを言ってくれる。ダマスカス鋼では俺の実力に満たないってことだろ? 


「お気持ちは嬉しいのですが素材が足りないのではしょうがないですよ。俺はダマスカス鋼で作った武器で充分です。ヤルタで確認させていただきましたが、あなたは超一流の職人だ。信用してますよ」

「おだてたって何も出んぞ! で、お前はどんな武器、防具を作って欲しいんじゃ?」


「俺にはダガーと動きを制限しないような軽鎧を。出来ればフィオナには杖を作ってもらいたい。護身用の短剣もお願いします」

「え? 私もですか?」


「当たり前だろ。俺は最初からそのつもりだったぞ」

「ありがと……ございます。んふふ」


 あれ? フィオナはそのつもりはなかったのかな? 嬉しそうに笑ってる。


「もし、お金が余るようでしたらチシャにあった装備を一式お願いします」

「わたしも!?」


 フィオナと同じ反応だ。そんな驚くなよ。


「チシャはもう俺達の仲間だ。仲間の装備を整えるのは当たり前のことだろ?」

「ライ!」


 チシャが抱きついてスリスリと顔を擦り付ける。はは、そんなに嬉しかったか。


「うーむ、三人分か。あのダマスカス鋼だけで足りるか……?」


 出来れば三人分のいい装備が欲しい。俺だけいい素材を使って二人はグレードの落ちる物ってのも嫌だな。  

 あ、そうだ。ウファの鉱山で素材を採ってきたんだった。あれを渡してみるかな。


「デュパさん。実は道中で素材を見つけて来まして。それを使ってみてはどうでしょうか?」

「どんな鉱石なんじゃ?」


「すいません。俺達、鉱石には詳しくなくて。とりあえず持ってきますね」


 馬車に戻って赤い色の鉱石を持っていく…… 重い! それにこの鉱石ってなんだか温かいんだよな。熱を持った鉱石か。何なんだろ? 工房の作業台の上に鉱石を置く。


「ふむ。初めて見るな。どれどれ……?」


 デュパが鉱石を調べる。あれ? なんか顔つきが変わってきた。怒ってる? ワナワナと震え出した。


「お前…… これをどこで見つけてきた?」

「え? いや、ウファの近くのトゥーラ鉱山で。採掘体験ツアーってやつがあったので、それで見つけてきただけですが……」


「これは…… ヒヒイロカネじゃぞ……」

「何ですか、その面白い名前は?」


「ひひいろかねー。あはは」


 チシャが面白そうに繰り返す。見つけたのはお前だぞ? 更にデュパの顔付きが険しくなる。


「これは…… オリハルコンを凌ぐ伝説の金属…… ヒヒイロカネじゃ!」


 オリハルコンを凌ぐだって!? 予想を上回る結果を聞いてなんだか興奮してきた! 

 ダマスカス鋼の剣ですら信じられないほどの斬れ味だった。このよく分からない名前の金属はそれ以上ってことだよな!?


「チシャ…… やっぱりあなたの力は本物だったのですね……」

「え? な、なに?」


 きょとんとするチシャ。自分のした偉業をよく分かっていない様子だ。


「くそーーー!」



 ―――バンッ!



 びっくりした! デュパが作業台を殴りながら怒り始めた!


「ど、どうしたんですか!?」

「最高の素材が手に入ったのに! これだけじゃ足りんのじゃ! ヒヒイロカネは硬すぎるんじゃ! 通常のやり方では加工することが出来ん! 熱にも強くて普通の炉の熱では溶かすことも出来んのじゃ! 加工するにはもう一つ素材が必要なんじゃ!」


 うそーん。さっきの興奮はぬか喜びで終わるのか…… 

 いや、まだ諦めてはいかん! 素材が無いなら採ってくればいいのだ!


「デュパさん、必要な素材を教えてください! 乗りかかった船です! ここまで来たらそのヒヒイロカネを使って剣を作ってください!」

「そうは言ってもな…… 必要な素材ってのは超希少金属じゃ。バクーの鉱山を隅から隅まで掘りつくしても出てくるかどうか……」


 デュパが弱気だ…… 超希少金属か。でも確率が低くてもここで動かなくちゃ可能性はゼロのままだ!


「教えてください! 探してきます!」

「私も行きます」

「ライ! フィオナ! わたしもがんばるよ!」


「お主ら…… 分かった、教えよう。その金属の名は賢者の石。石のくせに柔らかくってな。ヒヒイロカネを加工する触媒に使うものなんじゃ。それがあればヒヒイロカネをどんなものにでも加工することが出来る。

 一度だけ師匠に見せてもらったことがある。あれはもう二百年前のことか……」


 ん? 石のくせに柔らかい? それって……


「ライ、これじゃないの?」



 ―――コトリッ



 チシャが気持ち悪い石を作業台に載せる……


「これだー!」

「わわ!? さっきからなんなの!?」


 今度は俺の声にチシャがびっくりする!

 デュパは開いた口が塞がらないみたいだ。そして目が逝ってる。


「デュパさん! 帰ってきてください!」


 軽く頬をパシパシ叩くと、ようやく目に光りが戻ってきた。

 だが俺も興奮を抑えられない!


「え? お? おぉ…… 素材が揃った…… お前ら一体何者なんじゃ?」

「はは! 前も言ったでしょ! 一介のギルド職員ですよ!」


「ただのギルド職員がこんなこと出来るもんかい…… ライト! これで最高の物をお前らに作ってやる! このヒヒイロカネは目方二十キロってとこじゃろ!? これなら何でも作れるわい! 他に欲しい装備はないか!?」


 他の装備か…… あ、そうだ!


「もし可能なら俺には弓を追加しておいて下さい。フィオナには新しいローブを。チシャには子供でも扱えるナイフと杖をお願いします!」

「お安い御用じゃ! 任せておけ! がははは! 楽しみが増えたわい! とりあえず三日後に顔を出せ! 大まかに作ってからお前らに合うように調整する!」


「はい! よろしくお願いします!」


 いやー、まさかここまで事が上手く運ぶとは…… チシャに頭が上がらないな。今日はいっぱい誉めてあげないとな。


「では今日は宿に帰ります。三日後にまた来ます!」

「おう! 待っとるぞ!」


 俺達は工房を出て宿に帰る…… ん? なんだ? チシャが工房に戻っていく。なんかひそひそとデュパに話しているな。


 デュパは話を聞き終わった後、一笑いしてチシャの頭を撫でた。


 チシャが笑顔で戻ってくる。


「何を話してきたの?」

「ふふ。ヒミツ」


 気になるな。ま、そのうち教えてくれるだろ。今日はお祝いだな。三日後が楽しみだ。どんな装備が出来上がるかな?



 ワクワクした気分を抑えながら白松亭へと馬車を走らせた。

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