首都タターウィン 其の一

(岩の国バクーの首都タターウィン。白い温泉が出ることで有名な観光都市。昔ながらの街並みや岩の国にしては珍しく緑豊かな自然が魅力。

 百年を超える歴史を持つ白松亭では静観な自然に囲まれ静かで落ち着いた雰囲気の中、日常とは違ったゆったりとした時の流れを楽しむことが出来ます。

 古くから愛される白い温泉は源泉かけ流しで美人の湯として心と体を癒すことが出来、全三十室あるお部屋からは自然が織りなすタターウィンの美しい景観を眺めることが出来ます。内風呂がある部屋は新婚さんにぴったりです。

 ロマンティックな雰囲気の中、好きなだけ温泉を楽しむことが出来ます)


総合評価

★★★★★



「どうですか!?」

「なにが!?」


 フィオナの興奮が止まらない…… 

 さっきから温泉のレビューを聞かされっぱなしだ。チシャもうんざり……していない。キラキラした表情でフィオナの説明に耳を傾けている。


「おんせん、おんせーん」


 チシャも楽しそうだからいいかな。でも、まずはここに来た目的を完遂しないと。

 来たるスタンピードに向け、自分のために装備を作らないといけないのだ。


 幸いにしてデュパというバクーで最高の職人と知り合うことが出来た。

 ヤルタでデュパが作ったとされる剣を見せてもらうことが出来たが、あの斬れ味は異常だ。防具についても同等の物を作ってくれるに違いない。


「温泉を楽しむのもいいけど、宿を取ったらデュパさんに会いに行かないと」

「いいですよ。温泉は夜でも楽しめますから」


 ま、装備は一日で出来るわけもないからな。しばらくはここに滞在することになるだろう。

 一つ心配がある。この国は物価が異常に高い。装備のために金を払ったらスッカラカンになるかもしれん。


 最悪キャビンの中で眠ることになるかも…… まぁ、二人が一緒ならいいかな。


「それ! ムニン! フギン! 急ぐぞ!」


 街道を進むと次第と緑が目に付くようになってきた。タターウィンはすぐそこだ。



◇◆◇



 タターウィンに到着。城壁は無い。なんというか…… 台地をくりぬいて、その中に町があるような感じだ。

 天然の城壁。なんとドワーフっぽい町だろうか。ガイドブックの通り緑が多いな。嬉しくなってしまう。


 岩の国はその名の通り、ごつごつした岩だらけで寂しい景観だったからな。


「まずは宿を取りにいきませんか? ほら、ムニンとフギンも休ませなくちゃいけませんし」


 フィオナから提案があった。ムニンとフギンは『いやまだ走れますぜ』みたいな感じで嘶いている。


「宿を取るのはいいけど、すぐにデュパさんとこに行くよ。ほら、素材も届けないといけないし」


 フィオナとチシャは同時に残念そうな顔をした。あ、そうか。こいつら早く温泉に入りたいだけだな。

 まぁ、先に風呂に入るってのもいいかな。ちょっと乗ってやるか。


「あー、疲れた。デュパさんのとこに行くのは明日でもいいかなー」

「そうだよライ! 無理しちゃだめだよ!」

「今日はゆっくりするべきです! 今日は私がご飯作りますから!」


 ははは、こいつら。じゃあ、今日は旅の疲れを癒すとしますか。



 ◇◆◇



 町の中央は歓楽街となっており宿屋が多い。だが俺達が目指す白松亭はこの町で一番の老舗らしく、静かな一等地に居を構えている。


 お高いんでしょうな…… いかにもお金持ちが住んでいそうな区画に白松亭はあった。


 馬車を降りて受付を済ますためカウンターに行くと……


「ライト様でしょうか? お待ちしておりました」


 髭の支配人が俺達を出迎えてくれた。


「え? どうして俺の名を?」

「そちらはフィオナ様とチシャ様ですね」


 身構えてしまう…… どこから俺達の情報が漏れた? フィオナに目で合図する。事と次第によってはこいつらを……


「デュパ様からの言付けがあります。なるべく早く来るようにと仰っておられましたよ。あぁ、それと今回のお代はデュパ様から既に頂いております。特別に厨房がある部屋を用意させていただきました」


 あのおっさんの仕業か。ちょっと安心した。


「ではお部屋に案内させていただきます。こちらへ」


 これは…… 廊下だけで今まで使っていた宿とは一線を画す高級感だ。床は大理石か? あちこちに高級そうな鉱石が飾られている。


「すごい…… こんな大きなアメジストの鉱石、初めて見ました」


 フィオナは自分の背丈ぐらいある鉱石を眺めてため息をついている。たしかにすごいな。これもお高いんでしょうなぁ……


「ここです。どうぞ中へ」


 中に入ってさらにびっくりする。高級そうなリビングダイニング。寝室は二部屋。そして風呂…… 

 すごい。今までの宿も庭に露店風呂があったがここのはその倍はある大きさだ。お湯はタターウィン特有の乳白色のお湯をしている。


「ご存知かもしれませんがタターウィンの温泉は肌にいいと有名です。よろしければお湯を触ってみてください」


 支配人に言われるままお湯を触る。なんか……


「お湯が柔らかい……」

「はは、そうでしょう。是非楽しんでいってください」


 そう言って支配人は去っていった。デュパが金を払ってくれたって言ってたけど、この宿相当高いよな。デュパってお金持ちなのかな?


 皮鎧を外し楽な恰好をする。ふー。疲れたな。でも風呂に入るにはまだ日が高い……のだが、既にフィオナとチシャは下着姿になっていた。


「もう入るの?」

「うん! ほら、ライも早く準備して!」


 チシャにせっつかれてしまった。しょうがない。俺も入るとするかね。

 いつも通りしっかり体を洗ってから湯に浸かる……


「肌が…… つるつるします!」


 フィオナが自分の腕を撫でて驚いている。どれどれ…… これは!? 俺も自分の肌を触って驚いた。数歳は若返ったような感覚だ。すごいな、温泉の効能って。


「きもちいいねー」


 チシャはなんか、バシャバシャと泳いでいた。


「いやー、これは気持ちいい。俺、温泉のこと今までなめてたかも」

「そうですね。この温泉は特別です。温度もちょうどいいし。いつまでも入ってられそうです……」


 フィオナがトロンとした目付きで俺に寄り添ってくる。


「あー、フィオナがライと仲良ししてるー。いいなー」

「はは、いいぞ。チシャもおいで」


「うん!」


 泳いでくるチシャを抱き寄せる。こういうのを両手に花っていうのかな。

 もし父さんと母さんが生きていて、村にもし温泉があったなら、みんなでこうして風呂に入ることもあったのかな。


「ライトさん? どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ。幸せだなって思っただけ」


「ふふ。私もです……」


 目を閉じて軽くキスをしてきた。おいおい、チシャが見てるぞ。


「ライとフィオナは今日もお風呂で遊ぶの?」

「なっ!?」


 まさか……! ヤルタの温泉でハッスルしてたのがバレていたのか!? 

 これはまずい! なんとか切り抜けねば!


「ななな、なんのことだい!? ゆゆゆ、夢でも見てたんじゃないか!?」

「えー? そうかな? でもこないだお風呂からフィオナの楽しそうな声が聞こえてきたけど」


 バレてる! 初めてのシチュエーションでかなり盛り上がっちゃったんだよな。あの時は羽目を外しすぎた。どうしよう…… 

 フィオナに助けを求めるように視線を送る。


「あ、そろそろ出ますね。ごはんの支度してこないと。ライトさん、チシャ。あまり長風呂はしちゃ駄目ですよ」

「はーい」


 マ、マイペースですね…… フィオナは何事も無かったように、先に風呂から出ていく。

 フィオナ、お前はこの窮地を俺一人で何とかしろと!? 誤魔化す方法はないものか? 

 俺は顔を真っ赤にしながら言い訳を始める……


「チシャ、あれはね……」

「なんで恥ずかしがってるの? 仲良しだからお風呂で遊んでたんでしょ?」


「う、うん。まぁ、そうだね……」

「でもフィオナがアンアン言ってたのはなんで?」


 はぅ!? 声も聞こえてたの!? 俺はしどろもどろになりながら適当な言い訳を続けた。

 この子が真実を知るにはまだ早すぎる……


「そうかー。じゃあ、私も今度、お風呂でその遊びしよーっと」

「そ、そうだね。でもそれが出来るのは十年後とかかな……」


「ん? そうなの?」


 懐疑的な眼差しで俺を見てくるチシャ。もう勘弁してください…… 


 その後お風呂を出て、ご飯を食べて、そのまま寝ることにした。なんかどっと疲れたよ……


 チシャがいる時はちょっとは抑えないとな。

 さてと、明日はデュパさんを訪ねるとするか。


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