決戦 其の三

 残りの矢は千本を切った。これが無くなったら俺はもう城壁の上からの援護が出来ない。

 それにしても魔物は何体いるんだろうか。


 恐らくだが、付与魔法を込めたマナの矢一本で少なくとも二十体以上の魔物を退治しているはずだ。

 俺は一万本以上の矢を撃っているらしい。単純計算でも二十万の魔物を退治している計算になる。


 なのにだ。魔物の猛攻は止まることを知らず、それどころか、さらに数を増やしているように見える。絶望が心を支配する。


「残り五百本です」


 トラベラーが冷静に伝えてくる。感情が無いからか、言葉に焦りを感じない。

 それがかえってイライラを募らせる。怒ってもしょうがないのにな。


「もっと矢を作れないのか!?」

「マジックポーションがあるので付与魔法をかけるのは問題ありませんが、用意された矢には限界があります故。今から用意するのは不可能でしょう」


 答えは分かってたよ。でもな、人間ってのは絶望の淵に立たされると奇跡ってものを信じたくなるもんなの。

 はは、そうそう奇跡なんてものは起こるものじゃないのにな。


「残り二百本です」


 トラベラーが次の百本を渡してくる。リミットが近付いてきたな。弓を構えた瞬間……


「ライトさん!」


 フィオナの声だ。西門からこちらに駆け向かってくるのが見えた。

 額には汗をかき、息を切らしている。俺は彼女を抱きしめて迎える。


「城壁はもう大丈夫なのか!?」

「はぁはぁ…… はい。土魔法を全力でかけておきました。しばらくはもつはずです」


「しばらく…… どれくらいだか分かる?」

「多分今日いっぱい……」


 マジかよ…… くそ、俺の家が、家族が、友人が…… 


 やるしかないか。


「フィオナ…… この矢を撃ち尽くしたら俺は下で戦うから」

「何言ってるんですか! そんなの駄目です!」


 はは、我がまま言ってる。ごめんな、もう決めたんだ。


「絶対に許しません! この状況を分かってるでしょ! このまま戦っても死ぬだけです!」

「分かってる」


「じゃあ、なんでですか!」


 そんなの決まってるだろ。みんなの為だ。愛する人達を守れるのならこの命差し出しても悔いはない。

 死ぬのは怖いけど、一度腹をくくると冷静になれるもんだな。言葉を発さずにフィオナのおでこにキスをした。


「きっと何か方法があるはずです…… 一緒に考えましょ……」

「考えてる時間は無いんじゃないの?」


 魔物の猛攻は止まらない。アルメリア軍が総崩れになるのも時間の問題だろう。


「でも……」

「フィオナ」


 今度は可愛い唇にキスをする。少し長めにね。これが最後になるかもしれないんだから。

 口を離すと美しい緑がかった瞳から涙がこぼれる。


「私も行きます……」

「駄目だ。ここで自分の仕事をしなさい。魔法で援護が出来るのは君しかいないんだから。ここがフィオナの最前線だ。頼む。ここでみんなを守ってくれ」


「ライトさん……」

「ははは! そんな顔するなよ! 死ぬ気は無いからさ! 絶対フィオナのところに帰ってくる!」


「嘘つき……」


 はは、バレたか。ほんとごめんな。


「ほら、泣くな! まだ矢は残ってるしさ! これで出来る限りやってやる!」


 残り二百本…… 付与魔法付きの矢とはいえ、数十万を超える魔物が相手だ。すぐに撃ちきってしまうだろう。やるしかないけどな。


 弓を引き絞り……


「行くぞ!」

vaggauratal!】


 二百本の矢はあっという間に減っていく。残り五十…… フィオナはマジックポーションを一息に飲み込んで魔法詠唱を始める。


「そろそろ行かなくちゃ」

「お願いです…… 絶対に帰ってきてください……」


「…………」

「そこは嘘ついてでも帰ってくるって言ってください!」


「ははは! ごめん! 絶対帰ってくるから!」


 俺は最後の矢を放つ。

 一筋の光が天から降りてくる。

 二十体ほどの魔物の体を砂に変えたあと、光は消える。


 さて時間だな。マナの剣は創造済みだ。

 弓をたたみ、剣を手に取った瞬間……




 ―――ゴォン




 東方向から轟音が聞こえる。弩砲による爆発音とは違う。新手の攻撃か? 

 次の瞬間、アルメリア兵の悲鳴が…… いや、歓声が聞こえた。なんだ?


 確かめたい気持ちはあるが、持ち場を離れるべきじゃない。俺は自分の仕事をしよう。

 さて急いで下に降りなくちゃ。ショートカットだな。身体強化術を発動すれば、飛び降りても大丈夫だろ。多分ね……

 

「ライトさん! あれを見てください!」


 フィオナが南の空を指差した。空を飛ぶ魔物がいる。数えきれないほどだ。空を埋め尽くすほどの数…… 

 くそ、新手か。俺はもう遠距離攻撃が出来ない。ここはフィオナに任せて……


「何か変です……」


 フィオナが杖を降ろす。俺も空を飛ぶ魔物を見つめていると…… 魔物の上に何か、いや、誰かが乗っている。

 そしてその誰かは弓矢、もしくは魔法で地上の魔物を攻撃し始めた。仲間割れか……?


 茫然と南の空を眺めていると東からは更なる歓声が聞こえる。

 何かが雪埃を上げて、南門に向かってくる……


 分かった。


 奇跡だ。


 奇跡が起きた。


 奇跡とは何か。常識ではあり得ないことだ。


 だって…… 早すぎだろ!


 こっちに空飛ぶ魔物…… いや、グリフィンが近付いてくる! その上に乗ってるのは!


 エルフだ! 


「ライト! 待たせたわね!」


 エリナだ! 羽を羽ばたかせゆっくりと城壁に降りてくる。

 颯爽とグリフィンから降りてから、エリナは俺を抱きしめた。


「いやいや! 救援依頼を出したの五日前だよ! クルルに無理させたんじゃないの!」

『キュアアッ!』


 グリフィンのクルルに会うのは数年ぶりだ。元気にしてたか!?   

 俺のことを覚えてるようでごつい頭をクリクリと擦り付けてくる。はは、お前も変わらんね。


「かなり無理したわよ! リリ様の命令でね、森のグリフィンを全部集めてきてこっちに向かってきたのよ! も~、大変だった! ほとんど寝ずに来たんだからね! 後で何か奢りなさいよ!」

「おう! 料理に酒、マッサージ付きでどうだ!」


「いいわね! じゃあ、あなたのベッドでお願いしてもいいかしら!?」

「はは! 相変わらずだね! でもごめん! 俺、結婚したんだわ!」


「ちょっ!? 一体誰とよ!?」

「その話は後で! 今は戦いに集中しなくちゃ!」


「分かったわ! 私はエルフ達を指揮してくる! あんたも気を付けてよ!」


 エリナはクルルに飛び乗って空へと戻っていく! 

 ここに来て援軍かよ! 地獄に仏ってのはこのことだな! これで戦況を覆せるぞ! 

 なんたってエルフの攻撃力はこの大陸で一番だからな!


「フィオナ! 行ってくる!」

「いってらっしゃい!」


 彼女は笑顔で俺を送り出してくれた。その顔は希望で溢れている。

 じゃあその笑顔を守るためにも、旦那さん頑張っちゃおうかな!


 城壁を飛び降りる! きっともう一つの奇跡が起こるはずだ!


「クロイツ将軍! もう少し頑張ってください! 援軍が来ました!」

「ラ、ライト殿か!?」


 クロイツ将軍は傷だらけだった。兜はひしゃげ、アームガードは無くなっている。顔には大きな引っ搔き傷。右目は見えてないだろうな。後でフィオナに回復してもらわなくちゃ。


「援軍だと! まさか、上空の魔物は!?」

「エルフです! エルフの女王のリリ様が俺のお願いを聞いてくれたんですよ!」


「なんと…… 国交が無いはずの我らに救援を送ってくれるとは……」

「感動するのは後で! さぁ、行きますよ!」


「お、おう! 皆! 踏ん張りどころだ! 気合を入れろ! 前線を押し返せ!」

「「「おおおおおーーーーー!」」」



 よし! 士気が上がった! じゃあ、もっと士気をあげようかな!


「将軍! もう一つ朗報が!」

「なんだ!?」


「サヴァントからの援軍が来たはずです!」

「それはあり得ないだろ!? ラーデからここまで、馬を使っても二週間はかかるはずだぞ!」


「どうせ、クソ犬……カイル宰相閣下の差し金でしょ! あいつ、俺の知らない隠し玉を持ってるはずですから!」

「は…… ははは! よし! この戦、勝つぞ! 全軍、突撃!!」


 クロイツ将軍の号令のもと、アルメリア兵は魔物に突撃した。無駄死にさせるわけにはいかんからな。

 俺は最前線に赴いてマナの剣を振るう!


「かかって来い!」


 もう勝つ気しかしない。俺の剣は最前線の魔物をいともたやすく切り裂いていく。



 ガシャン



 大きな金属音。ヘビーアーマーを着た騎士風の魔物だ。首が無い。

 デュラハンか。伝説級のバケモンだな。


 デュラハンは俺めがけ大剣を振り下ろす。剣の輝き、装飾からみて、相当な業物みたいだけど俺の前では無意味だ。

 なんたって俺の剣はマナの剣。しかも触媒に刀匠デュパ ベルンドの短剣を使っている。負ける要素なんて一つも無い。



 シュパパパパッ



 避けること無く剣を斬り裂く。そのまま腕を斬り、胴を斬り、全身を微塵斬りにしてやった。


 アルメリア兵から歓声が上がる。はは、ちょっと照れ臭いな。


「皆! 勢いはこちらにある! ライト殿に続け!」


 クロイツ将軍の怒号が響く。俺は再び剣を構え……




 ―――カシャンカシャンカシャン……




 不思議な音を立てて何かがこちらに向かってくる。あれ? てっきりサヴァントからの援軍だと思ったのに。 

 生き物の足音ではない。まさか敵の援軍だったのか?


 いや…… 取り越し苦労だったな。だって人ならざるソレは魔物を蹂躙しながらこちらに向かってくるのだから。


 ソレとは…… ゴーレムだ。不思議な形をしている。

 上半身はうちのレムと大差ない。が、下半身は…… 逆関節だ。


 アルメリア兵は茫然とした表情でゴーレムの活躍を凝視している。こらこら、さぼるんじゃないよ。まぁ、俺もびっくりはしたがな。


 ふと一体のゴーレムがこちらにやってくる。そいつは自分の胸の小窓から一通の手紙を取り出した。読めってのか。どれどれ……



(ライトよ。救援の依頼、確かに受け取ったぞ。でもな、軍を動かすには時間がかかり過ぎる。だから密かに量産しておいたゴーレム部隊を送るよ。

 こいつらは軍事用でな。関節が逆になってるだろ? そのおかげでゴーレムとは思えないほどの機動性を誇る。動力については聞くな…… まぁ、ヒントは地下迷宮にあるってことだけは言っておこう。こいつらにはアルメリアに協力すること、魔物を殲滅すること、それと自己防衛をすること。この三つの指令を与えてある。

 もしアルメリアがこのゴーレムの秘密を探ろうとしたら暴れるようになってるから馬鹿な真似はするなよ)



 ははは…… おじさん、やってくれるぜ。サヴァントからの援軍は来るとは思ってたけど、まさかゴーレムが救援に来るとはね。

 色々興味深いことはあるけど、それは軍の機密になるんだろうな。


 あれ? もう一通手紙があった。



(さっさと戦いを終わらせてラーデに遊びに来い。俺の息子を抱かせてやる。世界で一番かわいい子だ。ルージュも待ってる。どうだ? そのままラーデに住んじまえよ。待ってるぞ)



 はは、何言ってんだよ、クソ犬め。分かったよ。こんな戦い、さっさと終わらせてやる。


「みんな! 行くぞ!」



 さぁ、もうひと踏ん張りだ! この戦い、勝つぞ!


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