何もない休日

 オリヴィアとの稽古が終わり、俺は少しダラダラする。

 王都に来て半年以上が経つ。その間ずっと稽古の日々だったからな。


 今日はフィオナとゆっくり過ごす予定だ。

 昼前に起きる。フィオナはまだ寝てるな。


「ほら、起きな。一日が終わっちゃうぞ」

「ん…… んふふ。おはようございます」


 ははは、んふふだって。

 相変わらず不思議な笑い方をするな。

 それにしてもフィオナは喜びの感情に目覚めてから、すっかり人間らしくなった。

 ついこないだまで、人形みたいに無表情だったのに。


「お腹空きましたね。ラーメンでも食べますか?」


 おぉ! それはありがたい! 

 ラーメンというのは異界の料理で小麦の粉を細長く加工したものだ。

 フィオナは日持ちするようにと、麺を氷魔法で凍らせた後、風魔法を使い麺を乾燥させる。


 こうすることで軽くて何時でも食べられるラーメンが出来るそうだ。

 フィオナは銀の乙女亭のキッチンを借りてラーメンを作って部屋に戻ってくる。


「さぁ食べましょう」

「あぁ。では早速……」


 二人でズルズルとラーメンを啜る。

 美味い…… ラーメンはあっという間に無くなってしまった。


 食事の後片付けをしてお茶を飲む。

 俺は窓を開けて鞄からタバコの葉と巻き紙を取り出す。

 タバコを紙で巻いてっと。それを咥えて火を着ける。


 深く吸い込む…… 

 煙が肺を満たし、紫煙を吐き出す。

 美味いな。


「こら、タバコなんて吸って。駄目ですよ」

「はは、ごめんな。でもさ、吸うのなんて久しぶりじゃないか。たまにはいいだろ?」


「もう…… maltajoaΣlta解毒!」


 フィオナが回復魔法をかけてくれた。

 心配し過ぎだって。


「タバコの毒素を抜いておきました。吸い過ぎは駄目ですよ」

「はいよ」


 タバコの火を消してから俺達は外に出る。

 今日はダンス教室と風呂に行くんだ。

 町を歩いていると、どちらからともなく手を繋ぐ。

 傍目から見ると恋人同士にしか見えないんだろうな。


 道中露店で焼き菓子を買って、頬張りながらダンス教室に向かう。


「あら、いらっしゃい。二人とも久しぶりね」

 

 アマンダ先生だ。

 笑顔で俺達を出迎えてくれた。


「今日は何を踊るの? 二人にはもう何も教えることは無いけどね」

「そんな…… まだまだ初心者ですよ」


 とは言っても、この教室で教えてくれるダンスは全て拾得してしまった。

 ワルツ、タンゴ、パソドブレ。なんでも踊れる。

 だがやっぱり一番好きなのはワルツだな。

 あのゆったりとしたリズムが好きなんだ。


 三階にある上級者向けのクラスでワルツを楽しむ。

 一時間以上踊り続ける。


「はい! 今日はお終い! 二人共、相変わらず素晴らしいワルツだったわ!」


 もうお終い? 

 早いな。もう一踊りしたいところだが…… 

 次は風呂に行きたいしな。


 アマンダ先生にお礼を行って風呂に向かうことにした。


「先生、今日もありがとうございました」

「ふふ、いいのよ。また来てちょうだい。実はあなた達のおかげで生徒さんが増えてるの。二人みたいに踊ってみたいって言う人が増えてね。ダンス教室の宣伝にもなるから好きな時に来てちょうだいね」


 俺達のダンスが? そんなに見事なもんかね? 

 オリヴィアに勝つために続けてきたダンスが先生の役に立てるなら、また来ないとな。

 はは、単純に俺が楽しみたいってのが本音だがね。


 さて、次は風呂だ。ダンスでかいた汗を流そう。

 公衆浴場に着くと、フィオナと一旦お別れだ。


「五時の鐘が鳴ったらここで待ち合わせな?」

「六時にして下さい」


 わがまま言ってる。はは、分かったよ。

 でも二時間は俺には長いな。

 体を洗って、しっかり温まって。

 それでも一時間余ってしまう。


 しょうがないので、脱衣所で時間を潰す。

 周りを見渡すと…… 何か工事をしてるな。

 常連っぽいおじさんに聞いてみた。


「あれって何ですかね?」

「あれか? あれはサウナらしいぞ」


 サウナ? 初めて聞く名前だな。


「はは、知らないって顔だな。あれは岩の国バクーで最近作られた施設らしい。真っ赤に焼けた石に水をかけてな、舞い上がる蒸気を浴びて汗をかくんだとよ。汗ってのは体の悪い物を外に出す効果があるらしいからな」


 なるほど。出来上がるのが楽しみだな。

 その後もおじさんと世間話をして時間を潰す。すると六時の鐘が鳴る。


 時間か。俺はおじさんに別れを告げ外に出る。

 するとフィオナはどこかのお姉さんと楽しそうに話をしている。


「これね、髪にとってもいい石鹸なのよ。使ってみてね」

「ありがとうございます。大事に使います」


「フィオナちゃんの髪、すごく綺麗ね。羨ましい。あれ? あの人が彼氏? ライト君でしょ? ふふ、それじゃまたね」

「はい。ミルキさん、石鹸ありがとうございます」


 二人は手を振って別れる。

 フィオナは笑顔で俺に話しかけてきた。


「知り合い?」

「はい。お風呂に入ってたら話しかけられまして。とても親切にしてくれました」


 ははは、それは良かった。

 また一緒に風呂に行こうな。


 帰り道。手を繋いで銀の乙女亭に帰る。

 宿に入ると夕食時なので、厨房は混雑していた。

 俺達に気付いたオリヴィアが笑いながら寄ってくる。


「お帰り! あんたらも食ってくかい? 全く、あんたらに教えてもらったラーメンのおかげて忙しいったらありゃしないよ!」


 文句を言いつつもオリヴィアは嬉しそうだ。

 銀の乙女亭は元々は料理が美味いと評判の宿だ。


 だが宿泊特典としてオリヴィアの稽古が漏れなく付いてくるので、泊まり客は激減。

 かなりの赤字経営だったらしい。

 最近はそのいらない特典を止め、さらに目玉商品としてラーメンを販売した結果、客の入りが激増。

 オリヴィア夫妻は嬉しい悲鳴を上げている。


 俺達も食堂で食べることにした。

 ラーメンとエールを頼む。

 二人で乾杯し、ラーメンを啜る。

 ははは。ロマンの欠片も無いな。

 だが俺達にはこれがちょうどいい。


 食事を終え、部屋に戻る。

 ベッドに座り、今日の話をしていると…… 

 フィオナが肩を擦っていた。


「どうした?」

「何でもないですよ。ただの肩こりです。時々回復魔法で痛みを取るんですけど、すぐに痛くなって」


 肩こりか。胸が大きい女性がなりやすいと聞くな。

 フィオナの胸も中々のものだ。以前フィオナの裸を見たことがあるが、それはもう見事なものだった。


 そうだ。たまにはフィオナを労ってやろう。

 俺はフィオナの背後に回り……


「え? ライトさん、何を…… ひゃあん!?」


 フィオナの肩を揉み始める。

 ふふ、気持ちいいだろ。

 よく母さんの肩を揉んであげたんだ。

 指圧には少し自信があるぞ。

 フィオナの肩は…… すごいな、かなり凝っている。

 痛くなりすぎないように、力を調整して揉み続ける。

 すると……


「あん…… そこ…… いいです……」


 色っぽい声を出し、思わず手が止まってしまう。


「あん…… だめ…… もっとしてください……」

「…………」


 マジかよ…… 

 そんな声を出されたら変な気持ちになってしまう。

 だがフィオナのリクエストもあるし…… 

 我慢だ。冷静になれ。これはただの指圧だ。

 再びフィオナの肩を揉み始める。


「あぁぁぁ…… いいの…… ライトさん…… 腰もお願いします……」


 腰も? 

 むぅ…… しょうがあるまい。

 うつ伏せになるフィオナの上に乗り、腰を押し始める。



 グッ グッ グッ



「あん…… あん…… ぐぅ……」


 矯声から寝息に変わる。

 はは、寝てしまったか。

 俺はフィオナに毛布を掛ける。


 気持ちを落ち着かせるために窓を開け、タバコを吹かす。


 ふー。それにしてもあんな声を出すなんて…… 

 でもたまにはこういうのもいいな。

 タバコを吸い終わり、俺も横になる。

 寝る前にフィオナのおでこにキスをしておいた。


「んふふ……」


 フィオナが笑う。ははは、お休みな。

 さて寝るか。

 そろそろギルド登録に…… 行かないと……な……



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