29935回目の転移 其の二

「美味しかったです…… ごちそう様でした……」

「ふふ、おそまつさま。それにしてもいい食べっぷりね。見てて感心しちゃったわ」


 ちょっと恥ずかしいです。

 おにぎりを六個。そしてデザートでポテトのタルトを四つも食べてしまいました。


 その後、キョウコさんとお喋りをして過ごします。

 

「もうすぐ息子が帰って来るのよ。あの子ね、今度大学に入ることになってね。春から一人暮らしするのよ。今日は家を探しにいってるの」


 大学ですか…… そういえば、かつて転移した世界にも学問が発達した世界がありましたね。

 その世界では私にとって有効な魔法は無かったので、二十五年間修行だけをして時を過ごしました。

 王都に拠点を構えたのですが、その際ハンバーガーやカレー等の料理が私を通じて広まっていきました。

 ふふ、楽しい思い出です。


『ニャーン』


 ん? また猫のタマちゃんが膝に乗ってきました。

 私の胸にクリクリと頭を擦り付けてきます。ふふ、本当にかわいい子。


「珍しいわね…… その子、家族にしか懐かなくてね。お客さんが来ると必ず押し入れに隠れちゃうのよ」

「そうなんですか。じゃあこの子は私を家族と思ってくれてるのかもしれませんね」


「ふふ、そうかもね。ねぇ、フィーネさん。私、ちょっと買い物に行ってくるわ。お留守番しててくれる?」


 どうしよう。一緒に行くべきでしょうか? 

 このまま何もしないというのは、ちょっと気が引けます……


「大丈夫よ。すぐに帰って来るから。それにもうすぐ息子が帰って来るから。話し相手になってあげて。それじゃ行ってくるわね」


 そう言ってキョウコさんは買い物に行ってしまいました。

 今この家にいるのは私とタマちゃんだけ。


 私はタマちゃんを抱いて縁側に腰を掛けます。

 庭から見えるのはのどかな風景…… 


(ふふ、懐かしい。それにお義母さん、相変わらずだったな…… タマも元気そう。よかった……)


 心の中に声が響きます。この声は…… 凪の声です。

 どういうことですか? 凪は言いました。懐かしいと。

 それにお義母さんと…… キョウコさんは凪の義理の母親? 


 私の前世である凪が懐かしさを感じています。

 つまりキョウコさんは凪と関わりがあったということなのですか?


 疑問に思っていると玄関のドアが開く音がします。

 誰でしょうか? そういえばキョウコさんは息子が帰って来ると言ってましたね。


「ただいまー。母さん、いないのー?」


 声の主はこっちに向かってきます。

 出迎えたほうがいいでしょうか? 

 私が立ち上がったところで息子さんは居間に入ってきました。

 その姿は……


「あれ? お客さん? しかも外人さんか…… 英語はあんまり得意じゃないんだよな。ハワーユー? マイネームイズ来人」

「…………!?」


 ライトさん!? この人ライトさんそっくりです…… 

 私は動揺を隠せませんでした。夢にまで見た愛しい人の姿を見て涙が溢れ出します……


「うぅ…… グスンッ……」

「ちょっ!? け、決して怪しい者ではありませんから! 泣かないで! ごめんなさい! って、なんで俺が自分の家で謝ってんだよ! とにかく俺はこの家の住人だから!」


 ふふ、ごめんなさい。恐がってるのではありません。嬉しいんです。

 この人はライトさんではないことは理解しています。


 でも私の中にいる凪とフィーネも嬉し泣きをしているのを感じます。

 そして声が聞こえてきました。


(ふふ…… 来人君、こんなにかわいかったんだね)

(ライトさんかわいい…… 耳を噛みたい……)


 ライト……? ライトですって!? 

 たしか記憶の中ではライトとは凪とフィーネの旦那さんだったはず。

 そして私の愛する人もライトさん……

 それってつまり!?


 私は目にオドを送ってライトと呼ばれた青年の鑑定を行います!


 見えました! その魂の色は……

 白です。縁には金色がかかっています。この色は…… 

 間違いありません。ライトさんと同じ色でした。


 つまりこの人は……

 ライトさんと同じ魂を持っています。

 この青年はライトさんの前世…… 

 同じ人なのです。


 これで全ての謎が解けました。

 私の中にいる凪とフィーネはここにいるライトと将来結婚することになり、そしてライト……いえ、来人ライト君は私の世界のライトさんとして生を受けることになります。


 そして私はライトさんと出会い、人生を共にすることになる……


 私は思わず来人君の胸に顔を埋めてしまいました。


「ちょっ…… どうしよ……」


 ふふ、ごめんなさい。貴方はライトさんじゃないのは知ってます。

 でもね、少しだけこのままでいさせてください。

 来人君からはいい匂いがしました。私が大好きな匂い。ライトさんの匂いと同じでした。


 私はしばらく来人君の胸で泣き続けました。




 私が泣き止んだのを見計らったのか、来人君が話しかけてきます。


「大丈夫? 君は一体……」

「ぐすん…… ごめんなさい。私はフィオ……フィーネ。キョウコさんに助けられてここにいるんです」


「フィーネさんか。母さんは?」

「買い物です…… すぐ帰って来るって言ってましたよ」


「日本語上手いな…… そうか、買い物か。どうしようかな。俺腹減ってんだよね。ラーメンでもあったかな?」


 ラーメン!? この世界にはラーメンがあるのですか!? 

 思わず来人君の顔を見つめてしまいます。


「どうしたの? そんな顔して。フィーネさんも食べたいの?」

「…………」


 来人君は聞いてくるけど…… 

 どうしましょう。先程キョウコさんからおにぎりとお菓子をご馳走になったし…… 

 そこまでお腹は空いてませんが、ラーメンは食べたい…… 


「お願いしてもいいですか……?」

「ははは、いいよ。じゃあ作ってくるから。ちょっと待ってて」


 彼はそう言い残して台所に行ってしまいました。

 私も居間を出て台所に向かいます。

 来人君が料理をする姿を見たくなりました。


 私はこっそり台所を覗きます。来人君は手慣れた様子で包丁でネギを切って、ラーメンを茹で始めます。

 その姿を見てライトさんを思い出しました。


 ライトさんもよく料理を作ってくれたました。ふふ、私ね、ライトさんが料理する姿が大好きなんですよ。

 私とチシャはライトさんの姿を見ながら何を作ってくれるのか、ウキウキしながら待っていたのを思い出します。


 ラーメンはすぐに出来上がりました。

 来人君は二人前のラーメンを持って居間に向かいます。


「あれ? フィーネさん、どうしたの?」

「んふふ、お手伝いです」


 ラーメンとお箸を持って居間に行き、私は来人君の隣に座ります。


「近くない……?」

「んふふ。いいんです」


「外人さんってのは積極的だな…… まぁいいや! 食べようか!」

「はい!」


 二人でラーメンを啜り始めます。

 この味…… 懐かしい味。家族の味です。

 美味しい……

 ラーメンはあっという間に無くなってしまいました。


「ふー、まぁまぁだったな。これでお腹も落ち着いたし、夕飯まで待つとするか」


 来人君はお茶を淹れてくれました。それを飲みながらお互いの話をします。

 ある程度話の辻褄を合わせるため、少し嘘も言いましたけど。

 ふふ、楽しいです。ライトさんとお話してるみたい。

 

 それにしても来人君の顔…… 本当にかわいいです。

 ライトさんが子供の時は来人君みたいな子だったのでしょうか?


 お話をしていると、キョウコさんが帰ってきました。


「あら、お帰り。東京はどうだった? 家は決まったの?」

「ただいま、母さん。割りと安い部屋が見つかったよ。それよりも今日のごはんは?」


「カレーよ。今作って来るから」

「「カレー!?」」


 来人君と私は声を揃えてしまいます。

 ふふ、来人君もカレーが大好きなんですね。私もです。


「キョウコさん、私も手伝っていいですか?」

「あら? フィーネさん、カレーを作れるの?」


「はい! 是非手伝わせて下さい!」

「ふふ、それじゃいらっしゃい」


 キョウコさんと二人でカレーを作り始めます。

 ふと凪の声が聞こえてきました。


(ふふ、お義母さんと料理なんて久しぶり。楽しいね)


 凪も楽しんでます。ふふ、私もですよ。


 夕飯はお腹いっぱいになるまでカレーを食べました。



 美味しかった……

 私は幸せな気持ちで眠ることが出来ました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る