―――チュンチュンッ



 鳥の声で目が覚めます。

 ん…… よく寝ました。

 あれ? この部屋は…… そうでした、私は今キョウコさんの家に泊まってるんですね。


 私はニホンという世界に転移してきました。

 この世界は私の前世である凪が住んでいた世界。

 そして今お世話になっている家にはキョウコさんと来人ライト君という人が住んでいます。


 私の中にいる凪は言いました。キョウコさんのことをお義母さんと。

 そして凪とフィーネは来人君を見て嬉しがっています。


 理解しました。つまり来人君は私が求めて止まなかった愛しい人、ライトさんの前世の姿であることを。


 鑑定してみて確信しました。

 彼はライトさんの魂の色と全く同じ色をしていたのです。


 幸せでした…… 

 来人君はライトさんとは違う人です。でも胸に喜びが溢れてしょうがないのです。

 昨日は早めに床に就いたけど、興奮してすぐに眠れませんでした。


 私はキョウコさんが用意してくれた服に着替え、フトンと呼ばれる寝具をしまい、居間に向かいます。

 そこではキョウコさんが一人でお茶を飲んでいました。


「あら、フィーネさん。おはよ」

「おはようごさいます。来人君は?」


「あの子? 春休みだからって寝すぎよね。まぁ春からこの家を出ていくんだから、今は好きにさせておきましょ。フィーネさん、ごはん食べる?」

「んふふ。いただきます」


 キョウコさんはごはんとミソシルというスープ、目玉焼きを作ってくれました。

 美味しい…… 優しくて懐かしい味。


 キョウコさんと二人で食事の後片付けをしていると……


「ごめんなさいね。今日はちょっと出掛けなくちゃいけないの。悪いんだけど、来人と留守番しててくれる?」

「はい! よかったら私が晩御飯を作りますよ。今日は楽しんできてください!」


「ふふ、それじゃお願いしようかな。でも不思議ね。何だかフィーネさんって他人って気がしないのよね…… まぁいいわ。そうだ! せっかくだから来人と桜と見にいってきたら? もう満開のはずよ。フィーネさんは桜って見たことある?」


 サクラ? 何のことでしょう? 満開って言ってたからきっと花のことですね。


「サクラですか…… まだ見たことがないんです」

「そう! なら行ってらっしゃい! きっと気に入るわよ!」


 キョウコさんは息を荒げながら勧めてきます。

 きっと綺麗なのでしょう。ちょっと見てみたいかも……


 お皿を洗いながらお喋りをしていると来人君が起きてきました。


「ふぁー…… おはよ……」

「おバカ。もう十時よ。ほら、さっさとごはん食べなさい。食べ終わったらフィーネさんを遊びに連れてってあげてね」


 来人君はごはんをかき込みながら話します。

 ふふ、お行儀悪いですよ。


「遊びに? どこにさ?」

「山の上の公園よ。バイクがあればすぐでしょ?」


「あぁ、桜ね。そういえば俺もまだ見てなかったな。分かったよ。それじゃ準備してくる」


 来人君はドタドタと自室に向かいます。キョウコさんも出掛ける支度を始めました。


 三十分後、みんなで家を出ることに。


「それじゃ来人。頼んだわよ。夕方には戻るから」

「あぁ。楽しんできて。俺達も行くわ」


「安全運転するのよ!」

「分かってるって! 大丈夫だよ!」


 そう言ってキョウコさんは出掛けてしまいました。

 来人君は私を連れて庭に向かいます。

 そこには光沢のある布に包まれた何かが……


 彼はそれを取り払います。  

 そこには車輪が二つ付いた見たことのない何かがありました。これに乗るのですか?


「二人乗りは久しぶりだな。フィーネさん、これを被って」


 来人君は私に軽い兜を渡してきます。


「付け方分かる? ここに紐を通して……」


 彼の顔が近い…… ドキドキしてしまいます。

 これがライトさんならそのままキスしちゃうのに。

 二人で兜を被ります。これからどうするのですか?


「フィーネさんは後ろね。危ないからしっかり俺の腰に手を回して」

「は、はい」


 言われるがままに来人君の腰に手を回します。懐かしい感覚……

 昔グリフィンに乗った時もこうしましたね。


「それじゃ行くよ」



 ―――ドッドッドッドッ 



 バイクと呼ばれた乗り物が音を立て震動し始めました。

 そしてゆっくりと走り出す…… 思わず声が出てしまいました。


「きゃっ!?」


 来人君の腰に回す手に力が入ります!


「ごめん! 怖かった!? ゆっくり行くつもりだけど速すぎたら言ってね!」


 バイクはすごい速度で走ります。

 まるでスレイプニルに乗ってるみたい。


 でも次第とバイクの速さに慣れてきました。

 顔に当たる風が心地いい……


 そしてバイクは山を登り始めます。

 時折車輪が四つ付いた箱のような乗り物がすれ違いました。


 そしてバイクは傾斜を登り続け……



 ―――キキィーッ



「着いたよ」


 バイクを停め、兜……いえ、ヘルメットを脱ぎます。そして見えたのは……



 山でした。

 ピンク色の山。

 山はピンク色の花に覆われていました。


 何これ…… 

 こんな綺麗な風景、見たことがありません……


 あまりにも美しい風景を前にし、私は言葉を失いました。

 その代わり涙が出てきました……


「フィーネさん、大丈夫?」

「はい…… ごめんなさい、大丈夫です。綺麗過ぎて感動してしまいました……」


「はは、そうか。ならよかったよ。フィーネさん、あそこに座ろうか」


 来人君の指差す方にはベンチがありました。

 二人で並んで座ってサクラを眺めます……


「綺麗だな。毎年見に来てるけど、今年の桜は特に綺麗だ」

「そうなんですか? ふふ、なら私は運が良かったんですね」


「あぁ。ここまで見事な桜は俺も初めて見たよ。でもさ、花を見てもお腹は膨れないし。母さんがおにぎりを持たせてくれたんだ。食べる?」

「はい!」


「ははは、花より団子ってな。それじゃ食べようか!」


 二人でサクラを見ながらおにぎりを頬張ります。

 すごく綺麗で、すごく美味しい。

 この風景をライトさんと見られたなら……


 隣を見ると来人君の顔が…… 

 ライトさんより幼い顔立ちですが、ふとした時にライトさんを思わせる凛々しい顔付きになります。


 私は意識することなく……



 ―――チュッ



 来人君の頬にキスをしてしまいました。


「わっ!? ど、どうしたの?」


 来人君は驚いた顔をしています。そして顔を赤くしました。

 ふふ、ごめんなさい。かわいかったから、ついキスしてしまいました。


「ここに連れて来てくれたお礼です。ふふ、口にしましょうか?」

「外人さんってのは大胆だな…… ま、まぁそれはまた今度で!」


 ふふ、照れてる。かわいいですね。

 その後、しばらくサクラを見続けました。


「そろそろ帰ろうか」

「はい……」


 名残惜しい。

 もっとサクラを見ていたいけど……


 家に帰るとキョウコさんも戻っていました。

 そして夕食を作ってみんなで食べることに。


 こうして楽しい時が過ぎていく…… 

 あぁ、ずっとこうしていられたら……


 でも駄目なんです。

 どんなに楽しくたってここは私の生きる世界ではありません。

 翌日私はこの家を出ることにしました。

 キョウコさんには引き止められましたが…… 


「そうなの…… でもまたいらっしゃいね。ここをあなたの家だと思ってくれていいんだからね……」

「キョウコさん……」


 心の中で凪が泣いています……


(お義母さん…… ありがとう…… 来人君と一緒になれて幸せでした……)


 その言葉を聞いて涙が出てきました。

 キョウコさんは私を抱きしめてくれます。


 ありがとう…… ニホンのお母さん……


 家を出ると来人君がバイクに乗って私を待っていました。


「送るよ。駅でいいの?」

 

 ふふ、ありがと。

 でも私が行くのはエキってとこじゃないんです。


「ごめんなさい、最後にサクラが見たいんです。連れてってくれますか?」

「いいよ…… それじゃ乗って」

 

 来人君は私を連れて再び山を登ります。


 バイクを降りてから……


「ありがとうございます…… もうすぐ迎えが来ますから……」

「そうか。フィーネさん、いつでもいい。また家に寄ってくれよ」


 お別れですね。来人君に会えて嬉しかったですよ。

 そうだ、最後に……


「来人君!」

「何……? ん……!」


 

 ―――チュッ



 軽くキスをしました。

 ありがとね、来人君。将来の私の旦那様。また会いましょうね


「はは…… 奪われちゃったよ…… それじゃフィーネさん! またな!」

「はい! また会いましょう!」



 ドルンッ ブロロロロ……



 来人君はバイクに乗って去っていきます。

 さようなら、この世界のライトさん……


 私は一人ベンチに腰掛けサクラを眺めます。


 この美しい風景を見て一つ思い付きました。


 もし私が女の子を授かったら……



 サクラと名付けましょう。



 ふふ。私、何を考えてるんでしょう?


 私はトラベラー。不死の存在。その特性故か子供が出来るはずは無いのに。


 でも思ってしまいました。


 さぁ、行かないと。


 私は懐から短刀を取り出します。


 それを自分の喉に当て……


 この世界に契約者はいません。少し時間軸はずれると思うけど、この世界にいる意味はありません。


 ううん、それは嘘。本当はもっとここにいたい。この世界には今まで感じなかった平穏がありました。

 でもこの世界にはライトさんはいない……


 だから私は次の世界を目指します。


 さようなら、サクラがある世界。

 最後にとても綺麗な風景を見せてくれてありがとう……


 ライトさん…… きっともうすぐ会えます……


 私は力を込めて自身の喉を……



 ―――ザクッ

 


 目の前が暗くなります……


 

 意識も遠くなり……



  プツン


 音がしました……

 何かが切れる音が……



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