因果律をぶっ壊す 其の一

『ライト…… 起きてくれる?』


 ん? ふぁあ、おはよ。どうしたレイ? またイレギュラーな世界か? 


『ううん、違うよ。でもね、君を起こしたのは理由があるんだ』


 ほう、一体どんな理由で?


『もしかしたら僕達を縛る因果律…… それが弱くなってるかもしれないんだ。もしかしたらだけどね。だから今回は君に初めから転生してもらいたいんだ』


 因果律が? でも確かにそれは俺も感じていた。

 前回の世界でも村のみんな、父さん、母さんは死んでしまったが死に方がいつも通りではなくなっている。

 母さんに至っては結局は助けられなかったものの、少しだけ生き残ることが出来たんだ。最後は俺の胸の中で死んでしまったんだけどね……


『そういうことさ。理由は分からないんだけどね』


 理由なんてどうでもいいさ。村のみんなも、父さん母さんも生き残ってくれるならそれでいい。

 そういえばこれって何回目の転生?


『30015回目だね。ふふ、とうとう三万回を越えちゃったね』


 そうだな。いつになったらフィオナに会えるんだろうな?


『気持ちは分かるけど、絶対に諦めちゃ駄目だよ。フィオナもきっと頑張ってる。君に再び出会うためにね』


 すまん…… ありがとう。レイにはいつも助けてもらってるな。


『いいさ、気にしないで。それと…… 出来れば父さんと母さんを助けてあげて欲しいんだ……』


 そうだよな。お前は彼らの死を見続けてるんだよな。

 本当にすまない。辛い想いを全部お前に押し付けてしまって……


『ううん、それは気にしないで。だって僕が望んでその役目を引き受けたんだから。それじゃ時間だね。ライト、行ってらっしゃい』


 レイを照らしていた光が俺に移る。


 俺を縛る因果律。

 それを引き千切るために強くなったつもりなんだけどな…… 















 ん…… ここは? 体が上手く動かせない。


 そうか、俺はレイに言われて一から転生することになったんだ。

 今回の母さんはどんな人なんだろうか。部屋を見渡すが……?


 あれ? この部屋の造り…… 俺の部屋だよな? 

 言葉を正せば俺が初めての人生で使っていた部屋と同じ造りだ。

 南に設置された窓は俺のお気に入りで、よく腰をかけては母さんに行儀が悪いって怒られてた。


 違和感を感じてると足音がこちらに近付いてくる。母さんだろうな。

 さて今回の母さんはどんな言葉を喋るんだろうか。いつも独自の言語を使っているので覚えるのも大変なんだよね。


 だが、聞こえてきた言葉は……


「ライちゃーん。おっぱいの時間ですよー」


 え!? 言葉が分かる!? 

 俺は動かない首を必死に動かして声のする方向を見ると、そこには…… 


 茶色い長い髪。


 優しい笑顔。


 最初の母さんの姿がそこにあった。


 母さんは俺を優しく抱きあげて母乳を与え始める。

 俺はおっぱいを吸いながら母さんの顔を見上げる。


 若い…… 俺の記憶にあるのは三十代の母さんだが、この母さんはどう見ても二十代。十代と言っても差し支えないだろう。

 綺麗だ…… 母さんってこんな美人だったんだな。


「あら? ライちゃんどうしたの? もうお腹いっぱい? それじゃゲップしましょうねー」


 母さんは俺の背中をポンポン叩いてゲップを促す。

 そして俺の口を拭いてくれてからベッドに俺を戻してくれた。


「それじゃ寝んねしましょうねー」

「ナコー。帰ったよー」


 俺を寝かせた後に声が聞こえてくる。この声は…… 父さんだ! 


「だー、あー」

「あら? パパが帰ってきたのが嬉しいの? じゃあ二人でお迎えにいきましょうか」


 母さんは俺を再び抱っこして玄関に向かう。

 目に映る光景…… 俺の記憶にある愛しい我が家と全く同じものだった。


「ライト! 起きてたのか!」

「そうよ。ライちゃんはいい子ね。パパが帰ってきたのが分かったみたい」


「そうか! 流石は俺の息子だ! ライトー、パパでちゅよー」


 父さん、若い時はそんなノリだったんだね…… 

 俺は父さんのおひげジョリジョリ攻撃を受けつつ、キスの嵐を喰らうことになった。









 そして時は過ぎ……



 俺がこの世界に産まれ落ちて十六年が経つ。不思議な世界だ。

 俺に関わる全ての人が一番最初に生きた世界とほとんど変わらない。

 だが何かが違う。微妙にずれが発生しているかのようだ。


 例えば…… 

 村で一番の友人はクロン。先月行われた村の相撲大会では六位入賞で女の子からキャーキャー言われていた。羨ましい…… 

 いや、そうではない。その点は変わらないのだが最初の世界、そしてそれ以降クロンは相撲大会では三位だったはずだ。


 そしてノア。

 この子はこの年に留学の話が出ていた。前回よろしくそれを断って村に残ることにしたのだ。

 違う点として、ノアは俺に告白してきた。

 この子の好意は知っていた。だが、こうして直接想いを伝えてくれるのは初めてだった。ノアには可哀そうだが断ってしまったけど…… 

 そしたらノアはしばらく泣いた後、王都への留学を決めた。


 そして今、俺はノアの見送りに来ている。ノアは笑顔で俺に向かって……


「ライトさん! 私、王都でかっこいい彼氏見つけるからね! すごく幸せになってライトさんを見返してやるんだから!」

「おう! せいぜい悔しがらせてくれよ! ノア、がんばれよ!」


「うん! 行ってきます!」


 こうしてノアが王都に向かうのは初めてだ。

 因果律…… 俺を縛る運命が大きく変わり始めている。


 因みにこの世界では母さんにゴソゴソしている所を見つかるという俺史上最大の事件を味わう事は無かった。これも初めてだ。




 更に四年の時が過ぎ……


 俺は二十歳になった。村を襲うスタンピードが発生する時が近付いてくる。


 もしかしたら魔物を撃退出来るのでは? 

 俺は期待しつつダガーに鑢をかける。

 ふと誰かが俺に話しかけて来た。


「あら、ライトじゃないの。大きくなったわねー」


 エリナだ。これは因果律の通りだな。

 彼女に会った翌日にスタンピードが発生するはずだ。

 一つ確かめなくちゃな。


「エリナさん。最近精霊の声とか聞こえてる?」

「え? 何でそれを……? 今夜の飲み会でみんなにそれを伝えようとしたんだけど」


 くそ。俺を縛る因果律に変化は見られるが、スタンピードが発生するのは変わらないみたいだな。


「そう…… ありがと」

「あ! ちょっと! どこに行くの!?」


 エリナが止めるのを聞かず、俺は一人になれる場所を探す。

 村の一画に物置があるのでそこに身を隠す。


 俺は目にオドを込める。


 千里眼を発動。


 見れる範囲は最大限にしてオドの揺らぎを探す……


 すると……


 あった。村の北、十キロってとこか。

 イメージする。この場所とオドの揺らぎがあった二点を心の中で繋ぎ合わせる。そして……



【転移】



 ―――シュンッ



 瞬間移動を発動すると目の前には誰もいない街道が広がる。

 さて、ここで待つとするか。


 俺は近くにあった岩に腰かけ、奴が現れるのを待つ。

 数時間経つと辺りの雰囲気が変わり、淀んだオドが辺りを包み始める。


 来たか……


 突然地面が黒く染まり、転移門のような渦が発生する。

 そして奴は現れた。


 アモンだ。俺は実に三万体もの代行者に会ってきた。

 だが未だにアモンの姿をした代行者に出会ったことは無い。

 長い人生においてこいつに会うのは二回目だ。


 アモンがオドの渦から完全に出てきたところで、俺を見てニヤリと笑う。

 はは、俺に会えたのがそんなに嬉しいか。俺もだよ! 


 今の俺の力ならこいつを殺すのは簡単だろう。因果律さえなかったらな…… 

 なので俺はアモンとここで戦うという選択肢を選ばない。

 ここに来た理由、それは……


 俺はアモンに向かい声をかける。彼女の名を呼んだ。

 そう、この世界を管理しているであろう彼女の名前を。


「よう、アーニャ! 元気にしてたか!?」

『…………!?』


 アモンの顔が歪み、動きを止める。

 やはり…… なら話を続けよう。


「すまんが俺はお前と戦う気は無い! 話をしに来たんだ!」


 アモン……いや、アーニャはちょっと困った顔をして俺に話しかける。


『どうしてその名前を……?』



 はは、乗ってきたな。じゃあ交渉開始と行きますか!

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