束の間の平和
私は今夢を見ています。最近よく見る夢です。夢の中でも私達は幸せに暮らしていました。
時が経ち、ライトさんはお爺ちゃんになります。
ありがと。幸せだったよ。
そう言って私の手を握りました。そして眠るように目を閉じる……
嫌です。ライトさん、置いていかないください。
―――来人君、逝かないで
―――ライトさん、寂しいよ
夢の中なのに、心の声も悲しがっていました。
そしてまた時が経ち、チシャがおばあちゃんになります。チシャも私の手を握りました。
ママ、ありがと。
そう言って目を閉じます。
そして私は一人ぼっちになりました。
世界は暗闇に包まれます。
ライトさん、チシャ。私を一人にしないで……
夢の中で私は彷徨い歩き続けます。
ふと温かさを感じました。涙を拭いてくれる温かい手の感触。暗闇の中で抱きしめられます。
そして優しく口付けをされました。
―――フィオナ
―――凪
―――フィーネ
私の名が呼ばれます。
そして私の知らない二人の名前も。
胸が暖かくなります。
そして私は……
「…………?」
「おはよ、フィオナ」
目を開けるとライトさんが微笑んでいました。
「またあの夢?」
「はい……」
私は頷きます。頬を伝うのは涙の感触。最近は起きるといつも泣いています。
人としての感情を取り戻したのはいいけど、恐怖も感じるようになりました。二人といつかはお別れしなくてはいけない。
分かってるのだけど、心のどこかで拒絶してるのでしょう。
「ほら、フィオナも着替えて。裸のままじゃ、興奮しちゃうだろ」
「え? んふふ、ライトさんのエッチ」
昨日は愛しあった後、そのまま寝てしまったんですね。ふふ。私も変わりました。
「俺はチシャを起こしてくるよ。フィオナは朝ごはんをお願い出来る?」
ふと時計を見るとまだ朝の七時。今日は日光日なのにずいぶん早く起きるんですね。着替えてから一階のキッチンへ。かまどに火を入れ、冷蔵庫から卵とソーセージと取り出します。
便利ですね。最近暑くなってきたのに昨日買ったのと同じ鮮度です。パンを焼いて、昨日の残りのスープを温めます。美味しそうな匂いがしてきました。
目玉焼きが焼き上がる頃、ライトさん達が降りてきました。三人で食卓に座り、朝ご飯の時間。ライトさんもチシャも美味しそうにごはんを食べ始めます。
「ごはんが済んだら出掛けるからね。早く食べちゃお」
ライトさんが二枚目のパンを口に運びます。今日ってどこか行く予定ありましたか? チシャも不思議そうな顔をしていました。
またみんなでお風呂でしょうか? それともダンス?
片付けはレムがやってくれます。いつもありがとう。でも少し動きが鈍くなっていますね。
レムの体に手をおいてオドを流します。これでよし。動きがよくなりました。レムはいつもの調子でお皿を洗い始めます。
「よし、行くよ!」
「ライトさん、行くってどこに行くんですか?」
「ひ・み・つ」
そう言ってライトさんはいたずらっぽく笑います。いつものかわいい笑顔で。家を出るとそこには……
「ムニン! フギン!」
スレイプニル? チシャが二匹に抱きつきました。あれ? どうして二匹がここに? それにナイオネル宰相閣下まで……
「閣下。今日は無理を聞いてくださり、ありがとうございます」
「はは、他でもないライト殿の頼みだ。これぐらいお安い御用だ。さぁ、ライト殿。フィオナ殿。馬車に乗って」
促されるまま馬車に乗り込みます。状況を把握出来ません。一体どこに行くのでしょうか。
ライトさんが閣下の耳に口を寄せて、ひそひそ話をしています。閣下も悪そうな笑みを浮かべていました。
すると馬車が止まり……
「さぁ、降りてください。お嬢様方」
ライトさんがエスコートしてくれました。降りた先には……グウィネの理髪店があります。ドアには張り紙が。本日貸し切り?
中に入るとグウィネとグリフ。ミルキさんもいます。
「ほら、男衆は二階で待ってて!」
ライトさん達はグウィネに追い出され、店の中には女性陣が残りました。何が始まるんでしょう?
「フィオナさん。始めるわよ」
「え? な、何をですか?」
理解出来ないまま私は化粧をされます。横ではチシャが不思議そうな顔をしながらミルキさんに化粧をされていました。
「じゃあ次はセットするわね」
グウィネは私の髪を結わえ始めます。
「出来たわ。じゃあ次は着付け。ミルキさん、お願いします」
「ふふ、任せてちょうだい」
ミルキさんは裏からドレスを持ってきました。
白いドレス…… 花嫁衣裳です!
チシャには緑色のかわいいドレスが用意されていました。
「それじゃ着付けを始めるわ。グウィネちゃんはチシャの着付けをお願いね」
さすがに分かりました。これから何を行うかを。
「ほら、フィオナちゃん。立って」
ミルキさんが着付けをしてくれました。コルセットをはめてからドレスを着ます。
後ろの紐を閉めてから、私は手袋をはめてベールを被ります。
鏡を見ると……
花嫁衣装を着た私の姿が……
あれ? 涙が……
「ほら、泣かないで。白粉が流れちゃうでしょ」
ミルキさんは涙を拭いてくれますが、涙を止めることが出来ません……
「ママ…… きれい……」
チシャもドレスを着ていました。ふふ、とってもかわいいですよ。
「じゃあ行きましょうか!」
グウィネがドアを開けてくれます。
そこには白い礼服を着たライトさんの姿がありました。いつもの髪型ではありません。とても凛々しい姿です。
再び馬車に乗り込みます。
これから結婚式をするんですね。ライトさん、ありがとうございます。
でもびっくりしました。言ってくれてもよかったのに。
でも結婚式ってどこでやるのでしょう? 王都には教会がありますが、今日は日光日だからミサがあります。教会は借りれないはず。馬車に揺られていると閣下の声がしました。
「開門!」
―――ゴゴゴッ
開門? まさか……
馬車のカーテンを開けるとそこには城に続く王宮の庭がありました。馬車が動きを止め、ドアが開きます。私が叙爵式の時に決闘を行った場所でした。今は色とりどり花が植えられています。
さらにテーブルが置かれており、上には祝賀で飲まれる酒とグラスが置かれていました。
「遅いぞ!」
聞き慣れた声…… ギルド長がいます!
他にはオリヴィアさんにローランドさん。
魔道具屋のトラスさん。
家具職人のハンナさん。
ダンス教室のアマンダ先生。
グウィネとグリフ。
服飾店のミルキさん。
ゼラセ王女とゼノア王女。
みんな着飾ってこの場にいました。
「チシャ! とってもキレイよ!」
「すごくかわいい!」
「えへへ。ありがと」
子供達は楽しそうに話し始めます。
ふふ、よかったですね。いいお友達が出来て。
子供達を見ているとライトさんが話しかけてきました。
「フィオナ、驚かせてごめんな。閣下にお願いして庭を使わせてもらえることになってね」
「よく王様が許してくれましたね」
「まぁ…… そこは王女様の力を借りてね……」
あはは。そうですね、王様は二人に弱いですから。あれ? 閣下が司祭服に着替えています。
「では始めるとしよう。各自席に着いてくれ」
閣下が進行してくれるんですね。ふふ。ありがとうございます。
ライトさんと私は二人で並んで閣下の前に立ちます。
そして式は始まりました。
閣下は祝辞を述べた後、誓いの儀に入ります。
「ライト ブライト。貴方はここにいるフィオナを妻に迎え、末永く幸せにすることを母なるアルメリアの大地に誓えるか?」
「はい! 誓います!」
ライトさんは一度私を見てから言ってくれました。今にも泣いてしまいそうです……
「フィオナ。貴女はここにいるライト ブライトを夫とし、末永く支えていくことを母なるアルメリアの大地に誓えるか?」
聞くまでもありません。この世界の神様の全員に誓えます。
「はい…… 誓います……」
ごめんなさいライトさん。やはり泣いてしまいました。
「では誓いのキスを!」
ライトさんは私のベールを上げます。泣き顔を見られるのはちょっと恥ずかしいです。
グウィネがやってきてハンカチで涙を拭いてくれました。ありがとうございます。グウィネは一番の友達です。
涙が止まりライトさんを見つめます…… いつもはかわいいと思いますが、今日は本当にかっこいいです。耳がまで熱くなります……
恥ずかしいです。そんなに見ないでください。
私は目を閉じます。
いつもキスはしてますが、今日はすごくドキドキしています。
吐息が近くなります……
ライトさんの唇が優しく私の唇に触れ……
「「「おめでとうー!」」」
みんなが歓声を上げ、祝福の声が聞こえます。
本当にありがとうございます……
泣き止まぬ私にみんなが祝福の声をかけてくれました。
オリヴィアさん。ライトさんを鍛えてくれてありがとうございます。
ローランドさん。チシャのこと考えてくれてありがとうございます。
トラスさん。あなたの魔道具で生活が豊かになりました。ありがとうございます。
ハンナさん。素敵な家具を作ってくれてありがとうございます。
先生。ダンスを教えてくれてありがとうございます。
グリフ。ライトさんと私の友達になってくれてありがとうございます。
グウィネ。お互いに幸せになりましょうね。ありがとう。大好きですよ。
ギルド長。前にギルドを壊してごめんなさい。なのにお仕事をさせてくれてありがとうございます。
ミルキさん。素敵なドレスをありがとうございます。
ゼラセ様、ゼノア様。チシャの友達になってくれてありがとうございます。
ナイオネル閣下。色々無理を聞いてくれてありがとうございます。
チシャ。私達の子供になってくれてありがとう。みんなで幸せになりましょうね。
ライトさん…… こんな私を受け入れてくれて…… 幸せにしてくれてありがとうございます……
愛しています……
この日から私達は本当の夫婦になりました。
幸せな日々が続きました。
その一年後。
雪が降り始めました。
黒い雪です……
世界が黒く染まっていきます……
精霊の悲鳴が聞こえました……
アルメリアでスタンピードが発生したのです……
アヴァリで起こったよりも大きなスタンピードが……
束の間の平和が終わりの時を告げる……
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