1521回目の転生 其の三

「うぅ…… あなた、そんな辛い目にあってきたのね……」


 長老様は俺の話を聞いて涙を流している。

 俺も話してて悲しくなってきたよ。

 フィオナに会いたいな……


「はい…… そういうわけで俺はこの三千世界を転生するという形で旅をしてるんです。全ては妻に会うために……」

「そう…… 諦めちゃ駄目よ。いつかはきっと出会える。そう信じるのよ」


「はい。俺は諦めな…… ふぁぁ……」


 思わず欠伸が。

 ふと窓を見ると東の空が朱に染まっていた。

 もう朝か。夜通し話してたんだな。ちょっと眠くなっちゃった。

 そんな俺を見て長老様は笑っていた。


「ふふ。ごめんなさいね。興奮しちゃって時が過ぎるのを忘れてたみたい。そうだ。時間を少し巻き戻してあげるから寝ていきなさい」


 ほう。時間を巻き戻す。そんなことも出来るのか……

 ん? 時間を巻き戻す? 


「長老様…… 一つ質問です。時空魔法を使えば、その対象の時間を巻き戻すことも可能ですか?」

「…………」


 長老はちょっと難しい顔をする。

 あれ? 変なこと言ったかな?


「出来るわ…… でも人に使うのは本来禁忌とされているものなの。要は対象の生も死も自由に操れることになるから。出来てもやらない。私は師匠にそう言い聞かされて時空魔法を学んだの」


 なるほど。たしかにそうだよな。生殺与奪をその手に収めるのであれば高いモラルが必要になる。

 出来てもやらない。その考え方はあっている。だが……


「もう一つ質問です。その魔法を使えばトラベラーの体内時間を巻き戻すことはできませんか?」

「トラベラー? あぁ、虚空渡りのことね。虚空渡りの時間を巻き戻すですって? あなた何を考えてるの?」


 これはフィオナのためなんだ。

 岩の国バクーでフィオナが俺に言った言葉。自分に子供が出来ない理由を俺に教えてくれたんだったよな。



(生理が来ないんです。多分体内時間が止まってるせいですね。この世界に来て三十年経ちますが、私歳を取ってませんから)



 時空魔法を使えばフィオナを人間の体に戻せるかもしれない。彼女の願いを叶えてあげたい。


「言った通り、妻は虚空渡り…… トラベラーです。子供が出来ません。この魔法を使えば子供が産める体になるかも……」


 長老はハッとしたような顔をして本棚から一冊の本を取り出した。

 そしてそれを読み上げる。


「対象…… 虚空渡り。時空魔法をかけ、その存在の正体を解明しようとしたが失敗に終わる。一瞬ではあるが、彼らの体内時間を巻き戻すことは成功した。  

 だがすぐに虚空渡りの体内時間の進行は止まり、元の状態に戻ってしまう。一個人の魔力で虚空渡りの体内時間を完全に戻すことは不可能だった。我々エルフは豊富なオドを内包しているが、彼らの回復力はそれを上回る。

 つまり彼らの正体は依然として謎に包まれているということだ……」


 既に実験していたのか。だがしかし……


「長老様。お願いがあります。俺に時空魔法を教えてください。その魔法は妻の為に使うと固く誓います」

「でもこれに書いてある通り、虚空渡りはすぐに元に戻ってしまうって……」


 ふふふ。そこには書いてあるじゃないですか。個人で持つオドでは不可能だって。つまり……


「マナを使います。そうすれば彼女の体内時間を戻すことが出来るかもしれません」

「マナ!? あなた祝福持ちなの!?」


「はい。その通りです。お願いします! 妻の願いを叶えてあげたいんです!」


 長老様は腕を組んで考えている。そして……


「あなたは転生者。この世界からは必ずいなくなる存在…… これを教えたとしても、この世界にはあまり影響を及ぼさないかも…… 

 いいわ。教えましょう。でも約束して。この魔法は私利私欲のために使わないと。そしてむやみにその存在を知らせてはいけないわ」

「はい! 必ず約束は守ります! ありがとうございます!」


 やった! これで一つ希望が出てきたぞ! 


「じゃあ、早速!」

「ふふ。今日はもう寝なさいな。それに時空魔法を習得するにはかなりの時間が必要よ。一度家に帰りなさい。 

 そして…… しばらくは修行よ。私も明日あなたの家に行くわ。息子さんを借りる許可を取らなくちゃ」


 確かにそうだ。まずは父さんと母さんに報告しないと。

 しばらくは長老様のところに通うことになるんだろうな。

 長老様は詠唱を始める。すると朱に染まっていた空が次第と暗くなってきた。


 すごいな…… これが時空魔法か。


「隣に客間があるからそこで寝てね。じゃあ朝になったら一緒にあなたの家に行くわよ」


 そう言って長老様は自室へと去っていった。それじゃ俺も寝ますかね。

 疲れからかベッドに入るや否や俺はすぐに眠りにつくことが出来た。



 

 翌朝、俺は長老様と一緒に下に降りる……のだが、降り方がとんでもなかった。

 長老様は俺を抱っこして…… 



 ヒューンッ

 


 なんと飛び降りたんだ! 俺は長老様にしがみつく!


「や、やばいです! これは死ぬやつですって!」

「うふふ、大丈夫ですよ」


 落下しながらも長老様は終始笑顔だ! 何考えてんだこの人!? 

 あーっ! 地面が近付いてくる!?


sroζdia遅延


 長老様は時空魔法を放つ! 

 すると落下速度がゆっくりになった。これは…… 

 茫然としているうちに長老様は地面にゆっくりと着地する。


「ふふ。時空魔法にはこういう使い方もあるのよ」

「…………」


 せめて説明してください…… まじで死ぬかと思ったよ。


 文句を言いながらも家路に就く。我が家に到着すると母さんは俺の無事を喜んで抱きしめてくれた。


 そして……


「ライト! お尻を出しなさい!」



 バシッ バシッ! バシッ!!



 お仕置きをされることに……

 バシバシとお尻を叩かれる! 

 ちょっと長老様! 笑ってないで助けてくださいよ!


 タップリと折檻を受け、俺は腫れあがったお尻を擦る。

 長老様は母さんに何か話をしているな。


「……というわけです。ライトは魔法の才能がありますので、しばらくは私の所に通わせるようにしてください。彼が時空魔法を習得するまでは弟子として扱いますので……」

「そ、そうなんですね。分かりました。うふふ、ライトったら才能があるんですね」


 母さんは驚きつつも、息子の可能性に喜んでいる様子だ。  

 長老様の後押しもあり、俺は無事に魔法の修行に入れるようになった。






 こうして俺は魔法の師匠を手に入れた。そして十五年の月日が流れる……


 俺はこの体で二十歳を迎えていた。エルフでも二十歳になったらもう大人の体になるんだな。


 相も変わらず俺は聖樹の屋敷で魔法修行を続けている。時空魔法のほとんどは習得することが出来た。後は……


「では最後の試験です。ライト、これを……」

『ピヨピヨッ。ピヨピヨ』


 師匠は俺の前に一匹のひよこを持ってきた。これをどうしろと?


「このひよこに時空魔法をかけて卵に戻しなさい」


 ひよこを卵に…… 体内時間を元に戻すってことか。


 俺はこの十五年間師匠の下で一日も休むことなく時空魔法の修行をしてきた。

 はは、魔法のセンスが皆無だった俺が、今はすっかり魔法使いだ。

 人生何が起こるか分かんないもんだね。


 では師匠の教育の成果をお見せするとしましょう!


 時空魔法は大量のオドを消費するようだ。なので俺は大気のマナを使うことにする。


 辺りに漂うマナを体に取り込む。


 そして目の前にひよこに集中する……


 目を閉じる……


 イメージする……


 時計の針が逆に回転するのを……


 ひよこが卵に戻っていくのを……


 イメージの中のひよこの周りに卵の殻が……


 殻はひよこを覆い、次第と卵に戻っていく……


 そして……


『ピヨピヨ? ピヨ……』


 ひよこは卵に戻っていった……


 目を開けると目の前には一つの卵が転がっているのみ。つまり……


「成功よ。すごいわね。たった十五年で時空魔法を習得するなんて……」

「はは、ありがとうございます。でも全ては妻…… フィオナのためですから」


「ふふ。お熱いことで。フィオナって子は幸せね。だって数万年も彼女のことを想い続けてるんでしょ?」


 師匠がからかい交じりに俺に話しかける。なんだかちょっと恥ずかしい。


「止めてくださいよ。別に普通のことでしょ? 夫が妻を想う気持ちなんてものは」

「あなた一途なのね。そこまでフィオナのことを好きでいられるなんて…… 普通だったら十年もすれば想いなんてものは消えてしまうものなのよ」


 あれ、そんなもんなのかな? でも俺の父さんと母さんは四十になっても仲良しだったぞ? 


「ま、まぁそれは置いといて…… 師匠、本当にありがとうございました。これで俺はフィオナの願いを叶えて上げられるかもしれない。この感謝、どう伝えてよいのか……」

「ふふ。いいのよ。あなたの想い人…… フィオナに会えるといいわね」


「はい。それを信じて俺は次の世界に備えます。ですが……」

「スタンピードね。ここでも起こるんでしょ?」


 そう。もうすぐ魔物がやってきて俺の村を襲う。

 そして父さんと母さんは……


「いつの日か皆を縛る因果律…… くそったれの運命の鎖を引きちぎれるように、俺はもっと強くなります」


 皆を因果律から解き放てない時点で俺はまだ弱いということだ。

 もっと強くなる。その思いを胸に……



 数日後……


 スタンピードが発生した。


 皆はいつものように死んで……


 俺はいつものように管理者と共に果てる……


 そしていつものようにレイが話しかけてくる……



『次はどんな世界が待っているんだろうね。もしイレギュラーな世界だったらまたライトを起こしてあげるね』



 ははは……


 頼んだぞ、レイ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る