エルフ

 街道をエルフ達が馬車に乗って進んでくる。

 遠目からでも分かる。先頭にいるのは顔馴染みのエリナさんだ。


「おーい! エリナさん!」


 俺の声に気付いたエリナさんは馬車を飛び下りてこちらに駆け寄ってきた。


「ライトー! どうしたの、こんな所で!?」


 息を荒くしながらエリナさんは俺のもとに。

 俺は毛皮をエリナさんに渡す。


「あら? これは?」

「お土産だ。さっき大猪を退治したんでね」


「ライトったら強くなったのね。嬉しいわ。それにしても大きくなったわね! ついこないだまで私の腰ぐらいしかなかったのに!」

「ついこないだって…… いつの話をしてんだよ。俺はもう二十歳だ。成人は五年前に迎えてるよ」


 この人はいつまでも俺を子供扱いして困る。

 そりゃエルフの寿命と比べりゃ人族なんかセミくらい短命なのかもしれないけどさ。


「で、あなたは私達を迎えに来てくれた訳?」

「そういうこと。父さんが待ってる。今夜は宴だってさ」


「ふふ、コディったら。すっかり大人になったのね。嬉しいわ」


 父さんを名前で呼ぶ…… 見た目は二十代の女の子なのにな。

 こう見えてエリナさんは百二十歳らしい。

 エルフの年齢からするとまだまだ若い部類だそうだ。


「ライト、乗っていきなさいよ。一緒に行きましょ」

「そうだね。それじゃ遠慮無く……」


 俺は馬車に乗りこむ。

 馬車は俺の村、グランに向けてゆっくり走りだした。

 その道中、エリナさんはニコニコしながら俺に話しかけてくる。


「魔法の練習は続けてる?」

「いや、もう諦めた。俺には才能が無いみたいだからさ」


「そう…… 残念ね。でも生活魔法は使えるのよね?」

「まぁね。エリナさんのおかげだよ」


 この人は交易の空いた時間を使い、魔法を教えてくれていた。

 俺も彼らが来る度に青空魔法教室に通い、何とか生活魔法は習得出来たんだ。

 でも生活魔法ってのは普通なら三年勉強すれば使えるようになるらしいが、俺は習得まで十年かかってしまった。


 エリナさんが使うような攻撃魔法への憧れはあったのだが…… 

 無いものねだりをしてもしょうがないからな。


 その後は益体も無い話をしていたら、馬車は村に到着。

 俺は馬車を降りて……


「一商売していくんだろ? 家で待ってるから」

「ふふ、分かってるじゃないの。がっぽり稼ぐわよ! それじゃ夜にはあなたの家に行くから!」

「はは、待ってるよ」


 俺はエリナさんを見送ってから家に戻っていった。



◇◆◇



「ただいまー」

「早かったわね? エリナさん達には会えたの?」


「今商売してるよ。母さん、これお土産ね」


 俺は一塊の猪肉を台所に置く。


「あら、大きなお肉! でも今日は狩りに出かけなかったのに…… どうしたの、これ?」


 俺は大猪が村の近くに出たことを話す。

 母さんは心配そうな顔をしてるな。


「最近多いわね。何か悪いことが起こらないといいけど……」

「大丈夫だよ。もし魔物が出てきても俺が追い払ってやるからさ」


 俺は昔から弓が得意で、幼い頃から狩りをしている。

 この腕があればどこに行っても食っていける自信はあるが、村を出ていく気がしなくってさ。

 だから二十歳になった今でも結婚もせずに家に居続けているんだ。


 恋人は…… その内出来るだろ。

 本音は違う。友人達は結婚し、子供も出来、幸せに暮らしているのを見て少し焦っているのだが……


 別に女に興味が無い訳ではない。むしろ興味深々だ。

 だが心から誰かを好きになるということは一度も無く、今に至るというわけだ。

 なんか考えてたら落ち込んできた……


「はぁ……」

「どうしたの、ため息なんかついちゃって?」


「何でもないさ。この猪肉、どうする? 今夜の宴に使うの?」

「そうね…… 香草に漬けて焼き肉にしましょう!」


 やった! あれ、好物なんだ。

 俺と母さんは宴の準備に取り掛かる。


 そして日が暮れて、エルフ達は俺の家にやって来た。

 宴が始まり、父さんがエルフ達に酌をして回る。


「今日はようこそいらっしゃいました。どうぞ、旅の疲れを癒してください!」

「ふふ、立派になったのね。嬉しいわ」


 父さんの顔が真っ赤になる。

 はは、俺はその理由を知っている。

 エリナさんは父さんの初恋の人なんだ。

 去年の父さんの誕生日に飲み過ぎた父さんは聞いてもないのに、自分の初恋の話をし始めてね。

  

 俺は笑って聞いてたけど、母さんは真顔だったな。おお、恐い恐い。


「それにしてもライトは大きくなったわね。ねぇ、あなた恋人はいるの?」

「言いたくないが…… いない。悪かったな」


「ふふ、そうなの。安心した。今度私が来た時でいいの。よかったらデートしない?」

「結構です」


 エリナさんは何故か俺を誘ってきた。

 たしかに美人ではあるが、俺は年上過ぎるのはなぁ……というのは冗談で、エリナさんは幼い頃から面識があるので、他人という気がしないんだ。

 だから恋愛感情は一切持てない。

 その旨をエリナさんに伝えるとすごくがっかりされた。


「むー…… ライトのバカ! せっかく私が誘ってあげたのに!」

「はは、ごめんよ。でも俺の気持ちは今言った通りさ。エリナさんは俺の大事な人だけど、お姉さんって感じだからさ。だから…… ごめんな」


 エリナさんは口をとがらせて拗ね始めた。


「もういいわよ! みんな! 今日は帰るわよ!」


 エルフ達が帰り支度を始める。

 ははは、怒らせちゃったよ。

 俺達はエリナさんを外まで見送るが、そこでエリナさんが話しかけてきた。


「あのね…… ちょっと気になることがあるの。最近、精霊の声がおかしいの。まるで悲鳴のような声…… 何か悪いことが起こる前かもしれない。百年前に大きな地震があってね、津波で海岸線にある村が全部飲み込まれたことがあったの。その時と同じような声がする。ライト、気を付けるのよ」

「分かった。村の人には伝えておくよ。何かあった時に備えておけってね」


 精霊の声だって? エルフ特有の能力だな。

 恐らくエリナさんの言っていることは本当だろう。

 少し心配だな……


「ふふ、偉いわね。あ、それともう一つ気になることがあってね。交易の途中で聞いたんだけど、不死人が現れたらしいの」

「不死人? それがどうした?」


 この世界にはエルフ、ドワーフ、獣人の他に不思議な種族がいる。

 今エリナさんが言った不死人というのはその名の通り、死ぬことがない。

 不気味な奴らだが、特に俺達に害を成す存在でもないし、何を気にしてるんだろう?


「あのね、かつて災害が起こった時に不死人がその地に現れたらしいの。精霊の叫びに呼応するかのように現れる不死人…… 何かの兆候かもしれないわ」


 気にし過ぎだとは思うが…… 


「まぁ何が起こっても大丈夫なように備えるさ。でもさ、不死人なんて呼んでるのはエリナさんぐらいだぞ? 俺達は奴らをトラベラーって呼んでるのさ」


 眉唾な話だが、奴らは異界を渡り歩くことが出来るらしい。

 不死人ってのはトラベラーの呼び名の一つだ。

 俺は奴らを見たことはないんだけどね。


「もう! 呼び名なんてどうでもいいじゃない! とにかく気を付けるのよ!」

「はは、分かったよ。でさ、エリナさんはもう少し商売していくのか?」


「ううん、明日の朝には出るわ」

「今度はどこに行くんだ?」


「風の吹くままよ。そうね、岩の国バクーなんていいかもね」


 ドワーフの国か。ここから遥か北に行った国だな。


「そうか、見送りに行くよ」

「ふふ、結構よ。それじゃまたね」


 エリナさんは用意した寝所に向かう。

 それにしても気になるな。何か災害でも起きるのだろうか? 

 明日は朝一で村のみんなに知らせておかなくちゃな。


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