邂逅

いつも見る夢

 夢を見た……


 俺はいつも同じ夢を見る。


 ここではない、どこかの世界で俺は二人の女を愛していた。


 顔は思い出せない。何を話したかも思い出せない。


 ただ二人は俺を愛し、俺も二人を同様に愛していたことだけは覚えている。


 なぁ、君達は一体誰なんだ? 


 二人に問いかける。


 にっこりと笑って口を開く。声は聞こえない。


 だが口の動きで何を言っているか分かった。




   あ い し て い ま す



 ははは…… 俺もだよ…… 


 二人の姿が消えていく。もうすぐ目が覚めるのか。


『ライトー。起きなさーい』


 この声は……?



 …………


 

 ……………………



 ガンガンガンガンガンガンガンガンッ



「ほら! さっさと起きて! ごはんが冷めちゃうわよ!」


 目を覚ますとベッドの横に母さんが立っていた。

 片手にフライパン、片手にお玉を持って。

 母さんは俺の耳元でガンガンとフライパンを打ち鳴らす。


「うわ!? うるさっ!?」

「ふふ、ねぼすけさん、おはよ。今日は狩りに行く日でしょ。しっかり食べて頑張ってね!」


 全く。もっと優しく起こしてくれてもいいのにな。

 俺はのそのそ起きだして、寝間着を脱ぐ。着替えが終わったらリビングに向かうと……

 

 居間には父さんがいた。もう先に食べ終わってるな。


「おはよ、父さん」

「おはよう、ライト。お前、今日は早く帰って来れるか? エルフの交易商が来るんだ。宴の準備を手伝って欲しいんだが」


「エルフ? もしかしてエリナさんが来るの?」


 父さんは少し照れ臭そうに笑う。

 母さんはそんな父さんを見て少し機嫌が悪そうだ。


「そうだ。交易が終わったら彼らは家に来る。遠い所をわざわざやって来てくれた彼らを労ってやってくれ」

「はいよ。村長の息子として頑張らせてもらうさ。やべ、エリナさんとの約束忘れてた。母さん、岩塩って余ってる?」


「あるわよ。ライトがガガト山で採ってきた岩塩でしょ? 裏にいくらでもあるからね」

 

 よかった。前にエリナさんに約束してたんだよな。塩を用意しておいてくれって。


「母さん、狩りは明日行くよ。今日はエリナさんを迎えに行ってくる」

「分かったわ。それじゃ任せるわね」


 俺は急いで朝食をかき込む。

 寝室に戻り適当な服に着替え、外に出た。


 今日も村は平和みたいだな。

 幼馴染のクロンが彼女と手を繋いで歩いている。

 鍛冶屋のバートンさんが汗を掻きながら鉄を打っている。


 遠くに見える教会ではシスターが子供達と遊んでいる姿が。

 出る前に挨拶しておくか。俺は教会に行ってシスターに話しかける。


「おはようございます。シスター」

「ふふ、おはようにしては遅すぎない? それにシスターだなんて…… 昔みたいに名前で呼んでくれてもいいのよ?」


「いや、神にお仕えするシスターを名前で呼ぶなんてさ」

「お願い、一度だけいいから!」


 全くもう…… しょうがないか。

 地母神様。貴女に仕える巫女を名で呼ぶことをお許しください。

 地母神様は慈悲深いから許してくれるだろ。


「フワル姉ちゃん……」

「ふふ、久しぶりに聞いた。嬉しいわ。ライトはこれからどこに行くの? せっかくだから教会に寄っていかない? 紅茶でもご馳走するわよ」


 姉ちゃんの紅茶か。魅力的ではあるが今日はやることがあるからな。


「遠慮しとくよ。今からエルフ達を迎えに行かなくちゃ」

「商隊が来るのね! やった! お化粧品あるかしら!」


 はは、神に仕える身だってのに。俗っぽいシスターだ。


「あら、何笑ってるの?」

「いや、何でもないよ。それじゃ行ってくる」


「気を付けてねー」


 姉ちゃんは俺を見送ってくれる。

 彼女のことは好きなんだが、教会はあまり居心地が良くない。

 三年前に俺を王都に留学させる話があったんだけど、断っちゃったんだよな。

 神父様の顔に泥を塗ることになったからちょっと気まずいんだ。

 神父様は気にするなとは言ってくれたけどね。


 さてと、行くとするか。一人村の外まで歩く。

 ここら辺でいいか。

 俺は街道の横にある石の上に座ってエルフ達を待つことにした。


 今日はいい天気だ。日差しが暖かく鳥が歌う。

 次第と眠くなってくる。少しウトウトとしていると……


「キャーッ! 助けてー!」


 この声は!? 急ぎ声のした方向を見ると、遠くの平原で獣に襲われる人影が見える! 

 あれは大猪だ。あいつに体当たりされたら並の大人なら一撃で死んでしまうだろう。

 駆けつけても間に合わないな……

 


 チャッ



 弓を取り出し構える。距離は…… 百メートルってとこか。


 当るな。俺は矢をつがえ、力いっぱい引き絞り…… 



 ギリギリッ……



 放つ。



 ヒュンッ



 風切り音は立て、矢は飛んでいき……


『ブモー!?』


 矢は大猪の目に命中。よし、敵意は俺に向いたな。俺はゆっくり歩く。

 大猪も俺に向かって突進してくる。俺を突き殺そうと全力で。


 

 ギリギリ……



 二本同時に矢を放つ。

 


 ヒュヒュンッ ドシュッ!

 


 今度は無事だった目に当る。これで視力は奪ったな。

 だが手負いとはいえ相手は獣だ。生が強い。

 死ぬ前が一番危険なんだ。完全に止めを刺さないと。


 俺は腰に差しているダガーを抜き、渾身の力を込めて握る。

 すると視界から少し色が消える。

 身体強化術だ。使うのは久しぶりだな。

 

 

 ――――メキメキッ

 


 腕の筋肉が張り裂けんばかりに肥大する。

 ゆっくりと近付いて…… 

 暴れ回る猪の額に目がけダガーを振り下ろす!



 ザクッ



 抵抗無くダガーは大猪の額に深く刺さる。


『ブモ……』


 一言鳴いた後大猪は地面に音を立て倒れ込んだ。

 ふー、勝ったな。それにしても身体強化術なんて使ったのは何年振りだろうか。

 明日は全身筋肉痛だな。


 俺は猪が完全に動かなくなったのを確認し、襲われた人のもとに。

 あれ? 襲われてたのは…… 獣人の親子だ。

 珍しいな、こんな田舎に獣人なんて。彼らは獣タイプの獣人だ。


 獣人は人族タイプと獣タイプの二通りある。彼らは二足歩行の犬って感じだ。

 俺が子供の頃、家に獣人の居候がいてな。懐かしい思い出だ。


「大丈夫か?」

「あ、危ないところをありがとうございました……」


「どうしてこんなところに? ここは割りと平和ではあるが、大型の獣とか魔物も出るんだ。護衛がいないと危険だぞ?」

「ははは、面目無い。自分の力を過信していたようだ。それにしても貴方は…… 見て分かりました。人族なのに身体強化術を使えるのですね?」


 身体強化術は獣人の十八番だからな。人族で使えるのはほんの一握りらしい。

 昔居候をしていたカイルっていうバカ犬が俺の力に気付いて、身体強化術のイロハを教えてくれたんだ。

 使えるのは一瞬だけどね。


 そういえば悲鳴は女の子の声だったが…… 

 犬獣人の影から子犬ちゃんが出てくる。

 恐かったんだろうな。大粒の涙を流していた。


「もう大丈夫だよ。猪はもう動かないから」

「本当……? お兄ちゃん、ありがとう……」


 かわいい子だ。俺は子供の頭を撫でて手持ちの飴を渡してあげた。


「後で食べな。お父さんと離れちゃだめだぞ」

「うん!」


 その様子を見た父親が微笑みながら話しかけてくる。


「何から何まで…… あなたには感謝してもしきれません。是非お名前を……」

「名乗る程ではないが…… 俺はライト。この近くの村、グランに住んでいる」


「ライト様…… 本当にありがとうございました。もしあなたが我らの国、サヴァントを訪れた際は歓迎いたします。申し遅れました。私は首都ラーデでカイル宰相閣下に仕える役人でしてな。名はトルンと申します。この話は閣下にも伝えておきますので……」

「気にしないでくれ。困った時はお互い様だ」


「出来たお人だ。まだ若いというのに…… では先を急ぎますので。ミミ、行くぞ」

「うん!」


 獣人達は去っていく。気を付けて旅を続けてくれよ。

 あれ? そういえばさっきカイルとか言ってたな。

 まぁ名前が一緒なだけだろ。家で居候してたバカ犬が宰相閣下な訳ないしな。


 さて猪も倒したし、後は解体しながらエリナさんを待つとするか。


 皮を剥ぎ、肉の柔らかい部分だけ切り取る。

 ふと背後から気配が。遠目からでも分かる。

 金色の髪、長い耳。エルフ達だ。


 俺は肉と毛皮を持って彼等を迎えに行くことにした。



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