涙の再会
「はぁーー!」
ドカカッ ドカカッ
馬を走らせる! もっと早く走ってくれ!
奴隷商人の館で空振りに終わった俺は焦っていた。恐らくチシャはセト山にある盗賊ギルドの所に監禁されている可能性が高い。
そこにはフィオナとデュパが向かっている。きっと大丈夫だろうが、焦る気持ちが止められない。
「ちょっと待ちなよ! これ以上は馬が潰れちまうよ!」
シバの言葉で一旦馬を止める。馬の首を触ってみると…… 汗でじっとりしている。
「随分遅い馬ですね。この子おじいちゃんですか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! 馬屋で一番いいのを借りてきたんだ! あんたらのバケモノと一緒にするんじゃない!」
バケモノ? あぁ、スレイプニルのことか。そういえばあいつらの速度に慣れてしまっただろうな。一般的な馬の速さを遅く感じてしまうんだ。馬を降り顔を撫でてやる。
「ごめんな。無理させて。少し休もうな」
『ヒヒィーン……』
馬は力無く嘶く。もし人語が話せるなら、もう勘弁してよって言ってる気がした。
くそっ。早く行かなくちゃいけないのに。
馬に水を飲ませた後、再び盗賊ギルドのもとに向かう。
チシャ、待ってろよ。もうすぐ助けにいくからな。
◇◆◇
馬を更に走らせること二時間。セト山の麓に到着した。視界の先に見えるのは……
「ムニン! フギン!」
『ヒヒーンッ!』『ブルルルッ!』
俺の声に反応した二匹は嬉しそうに嘶く。キャビンの中には誰もいなかった。
フィオナ達はまだ盗賊ギルドの中にいるのか。
「あたしらも行くかい?」
「いいえ、その必要は無いでしょう」
フィオナがこちらに向かっているのが千里眼を通して見えたからだ。フィオナはチシャを抱いて歩いてくる。
よかった。どうやら無事のようだ。少し待っていると洞窟からフィオナが出てくる。
「フィオナ!」
「ライトさん!」
駆け寄ってチシャごとフィオナを抱きしめる! よかった! 本当によかった!
自分の足が震えているのを感じる。気が抜けたんだな。可愛く寝息を立てているチシャを見て緊張の糸が切れた。
「すまない。遅くなって」
「ううん。大丈夫です。ライトさん、この子頑張りました。早く町に戻って休ませてあげましょ」
「そうだね。宿をとって三人で風呂に入ろ」
「ふふ、そうですね。でもその前に……」
チシャを抱いたままフィオナが目を閉じてキス待ちをしてる。
ここで? しょうがないな。軽く口付けを交わしておいた。
「ん…… これだけですか?」
そんな不満そうな顔しないでくれ。
シバとデュパが見てるだろ。続きは宿でな。
シバとデュパは借りてきた馬に乗ってもらう。フィオナには馬車の操作をお願いした。
俺はチシャを抱いてキャビンの中に入る。
「行きます」
御者台から声がする。
馬車は町に向けて走り出した。
俺は眠るチシャの頭を撫でる。よく頑張ったな。偉いぞ。
するとチシャの目がゆっくりと開く。
「ん…… ライ?」
「ごめんな。起こしちゃったか。おいで」
両手を開いてチシャを抱き寄せる。すると俺を見上げるチシャの顔がみるみるうちに泣き顔へと変わっていった。
「うえぇぇっ! ライ! 会いたかったよ! 寂しかったよ!」
そんなビービー泣くなよ。俺まで泣きそうになるだろ…… 今はこの子を誉めてあげないと。
自分だって怖かったはずなのに、奴隷商人の館で悲しむ少女を元気付けてあげたんだ。
お前は強くて優しい子だな。
チシャを抱きしめ、頭を撫でる。
「偉かったな。チシャが捕まってる時に女の子を助けてあげただろ? 俺もその子に会ったんだ。すごく感謝してたよ」
「うん…… だってとっても悲しそうだったから。わたしね、ライとフィオナに会って幸せになった。いっぱいごはんも食べられるようになった。夜寝る時も二人が一緒に寝てくれるでしょ? とっても温かいの。
だからね、悲しくても、辛くてもきっといいことがあるよって教えてあげたの」
チシャよ…… なぜお前は一日一回は俺を泣かそうとする!?
が、我慢だ俺! 今はいっぱいこの子を誉めてあげねばいかんのだ!
涙を堪え、チシャを誉める!
「そうか、いいことをしたね。悪い人に捕まった時のこと、フィオナに聞いたよ。悪い人の前で力を使わなかったんだって?」
「うん。ライとフィオナに約束したでしょ。力を使っちゃいけないって。そしたら二人は私を守ってくれるって言ったでしょ。信じてたの」
チシャの泣き顔が次第と笑顔に変わる。
「ライとフィオナ、約束守ってくれた! ありがと! ライ、大好き!」
今度はチシャに力いっぱい抱きしめられ、そして頬にキスをされる。
うん。無理だ。涙が決壊したかのように溢れ出す。今度は俺が嗚咽混じりに泣き出してしまった……
オイオイと泣く俺をチシャが困り顔で慰めてくれた。
◇◆◇
数時間もすると馬車が止まる。ヤルタに到着したな。俺はチシャを抱いて馬車から降りる。
「あ、チシャ。起きたんですね。ライトさん、どうしたんですか? 目が真っ赤ですよ」
そりゃずっと泣いてからな。
「大丈夫ですか? 回復魔法をかけましょうか?」
「そこまですることじゃないよ。シバさん、デュパさん。協力してくれてありがとうございました!」
二人に向かって頭を下げる。チシャを救えたのは彼等の協力あってのことだ。
「はは、急にしおらしいじゃないか。化け物じみた強さには驚いたけど、どうやらあんたの本質はそっちみたいだね」
「そうですよ。俺は平和を愛するただのギルド職員なんですから」
「がははは! アルメリアっちゅう国は物騒なところじゃな! ただのギルド職員がダマスカス鋼を真っ二つに出来るもんかい! まぁええ。わしはこのままタターウィンに戻る。先の約束忘れるんじゃないぞ!」
そうだ。俺は首都タターウィンでデュパに武器、防具を作ってもらうんだった。
でもこの親父がバクーで一番の職人ってのは本当なのかな? シバに聞いてみるか。
「シバさん。デュパさんの腕前なんですが……」
「なんだい? 疑ってんのかい? これを持ってみな」
シバから短刀を渡される。腰に差していたものだ。木目調の刀身が光り輝く。
試しに転がっている石に刃を当てると……
―――ストンッ
剣の重さだけで石が斬れた。なんだこの斬れ味は……
「それがデュパの打った刀さ。材質はダマスカス鋼。これを打ってもらうために一財産が吹っ飛んだよ」
「すごい…… デュパさん! 必ずお訪ねします! その時はよろしくお願いします!」
「おう! 待っとるぞい! あ、ちょっとこっちこい」
どうした? 小声で耳打ちしてくる。
「出来れば道中で素材を採ってきてくれんか? お前さんから貰ったダマスカス鋼だけでもかなりの業物が作れる。じゃがわしはお前さんに見合った最高の物を作りたい。最高の戦士には最高の装備。それがわしの信念でな」
でもそれってチシャの力を使わないと…… チシャには力を使わないよう言いつけてある。
私利私欲でチシャの力を使うようなことは出来ないさ。
「申し訳ありません。チシャの力を使うことは出来ません。約束してしまったもので…… 手持ちの素材だけで装備を作ってください。お願いします」
「そうか、残念じゃ。ま、タターウィンに至る道中に鉱山はいくらでもある。気が変わったら素材を採ってきてもいいんじゃぞ?」
「ははは、気が変わったらね。ではここで! 二人ともありがとうございました!」
チシャも二人に挨拶をする。
「シバさん、デュパさん。ライとフィオナを助けてくれてありがとうございました!」
「あんた…… ドワーフに酷いことされたんだろ? 私らが怖くないのかい?」
「ううん! だってライとフィオナのお友達でしょ!? だったらいい人に決まってるもん!」
「ははは! こりゃ一本取られたね! ライト、この子を大事にしなよ! チシャはまっすぐないい子だ! 真っ当な道に進ませておやりよ!」
「そのつもりですよ! それでは!」
二人に手を振ってこの場を後にした。
ふー、疲れたな。ではお宿に行くか。風呂に入って今日かいた嫌な汗を流すとしよう!
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