サクラ 其の二
俺は今、転生した場所とは違う世界にいる。
目の前では謎の少女、サクラが美味しそうにサンドイッチを食べている。
どうやらこの子が言っていることは本当らしい。
彼女は俺が未来の世界で神様をやっていると言ったのは未だに信じられないのだが……
サンドイッチを食べ終え、口直しにお茶を飲むサクラ。
不思議だ…… その顔は俺ともフィオナともとれる顔立ちをしている。
長い銀髪をおさげにし、瞳は緑。でも笑った顔はどことなく俺に似ている。
「ふー、美味しかった。ふふ。なんだかピクニックに来てるみたいだね」
にっこり微笑むサクラ。とてもかわいいと思うのだが……
しかし異性に対する気持ちでこの子を見れない。肉親を見るような気持ちだ。
当たり前か。俺の娘だもんな。
彼女のお腹も落ち着いたみたいだし、もう少し話をしてみるかな。
「サクラ、君はどうしてこの世界に?」
「ん? そうね、たまたま立ち寄っただけなの。興味の無い世界だったら早めに転移するとこだったけど、この世界には何かがあるって思ってしばらくここで過ごすことにしたの。そしたら過去のパパに出会えたって訳」
「たまたま転移か…… まるでトラベラーだな」
トラベラー。彼らは不死人。管理者になるのを拒んだ契約者がトラベラーに堕とされ、異界を彷徨うことになる。彼らが望む望まないに関わらず。だがこの子は……
「そうだね。私はなぜかトラベラーとしての特徴も継いでるの。これでも五千年は生きてるんだよ」
五千年!? いや、七十万年以上転生を繰り返している俺が言えた義理ではないが、我が子がそんなに生きているとは……
「あはは。驚いてるね。でもトラベラーと違って不死ではないの。長寿なだけ。だからあんまり危ないことはしないようパパにきつく言われてるんだ」
未来の俺がそんなことを……
でもサクラは相当強いぞ。彼女の身のこなしを見ていれば分かる。今の俺と同等かそれ以上かだ。
他にも聞いておくか。
「サクラはどうして異界を旅してるんだ?」
「どうして? そうね…… 二つ目的があるかな。一つは見分を広げるため。元いた世界でやることが無くなっちゃってね。色んな世界を見て勉強したくなっちゃたのよ」
ほう。中々好奇心旺盛な子だな。良いことだ。
もう一つ目的があるって言ってたな。
「あとね、お姉ちゃんに会ってみたいの。本当はそれが一番の目的かな」
お姉ちゃん? もしかして……
「チシャのことか?」
「うん。未来のパパとママはね、よくお姉ちゃんのことを話してくれたんだよ。私には血が繋がってないけど、すごくかわいいお姉ちゃんがいるって。その人に会ってみたくなっちゃったんだ」
その言葉を聞いて涙が溢れ出す。
チシャ…… 忘れてた訳じゃないんだ。でも君のことを思い出すと胸が張り裂けそうになる。
俺が再び泣き出したのでサクラが困ったように慰めてくれた。
「あはは。パパったら。でも心配しないで。きっとお姉ちゃんに会えるから。それにね、未来のパパ達は空いた時間で魔法の練習をしてるんだよ。私が使える転移門の魔法。パパは努力家だからきっと出来るようになる。だからお姉ちゃんに会いに行けるよ」
そうか、未来の俺もチシャのことを諦めてなかったんだな……
「ぐす…… そうか、話を聞かせてくれてありがと…… ところでサクラはこの後どうするんだ?」
「この後って?」
うーむ、ちょっと抜けてるなこの子。ははは、俺の子だわ。
「いや、サクラも大学の受験をしに来たんだろ? どうせ一次試験は合格だろうけど、このまま受験すんの?」
「忘れてた! そりゃもちろんよ! だって私、学校行ったことないもの! 同年代の友達とか欲しいじゃん! それにインテリの彼氏が出来るかも……」
「こらっ! そんな不純な動機で大学に入学しちゃいかんぞ!」
「あはは、怒られちゃった。でも大学に興味があるってのはほんとだよ。他の世界では学べない知識とかありそうだし」
そうか、なら俺達は三次試験でぶつかることになるな。
「サクラ…… 分かってると思うが……」
「うん。殺す気で行くから覚悟しておいてね」
おい!? この子、お父さんに向かってなんてこと言うの!?
やばいぞ。恐らくサクラは俺より強い。この子に負けたら一芸入試合格の夢が消える……
だがしかし! 俺もただで勝ちを譲る気は無い! むしろ俺が勝つ!
「サクラ! 手加減しないからな!」
「えー、ちょっとは手加減してよ。だっていつも摸擬戦ではコテンパンにやられちゃうんだもん。パパ、強すぎだよ……」
と口をとがらせるサクラ。
この子が手も足も出ないのか。未来の俺はどれだけ強いんだよ……
「よし、それじゃ行こ。ふふ、きっと合格してるよね」
サクラは立ち上がり、敷布と水筒を亜空間に放り込む。
そして虚空に向かい魔法を放つ。
【転移門】
オドの渦が発生する。
すごいな。瞬間移動とは全く違う魔法なのだろう。
異界に行くための魔法か……
「行きましょ」
サクラは再び俺の手を引いて渦の中に入る。
俺達は一瞬で大学構内に戻っていた。
さて、そろそろ結果発表の時間だ。さて合格者はっと……
受付の前に人だかりが出来ており、怒号が飛び交っている。
受付は拡声器を使い、現場を落ち着かせようと必死になっているのだが……
『今回の合格者は二名だけに絞らせていただきます! サファ村のライトと、サクラ ブライト! 残念ですがこの二名を除いて全員失格とさせていただきます!』
それを聞いた大柄な人族の青年が受け付けに食ってかかる。
まぁ納得出来ない気持ちは分かるけどね。
「おい! どうなってんだ!? 俺だってそこそこいい成績残せたじゃねぇか!? それがなんで失格なんだよ!」
「ひぃ!? 暴力反対! だって仕方無いでしょ! あの二人は規格外過ぎます! このまま受験を続行してもあの二人のぶつかり合いで他の受験生は出る幕がありませんよ! それにあなた! 死にたいんですか!? 二トンはある大岩を一撃で砕く化け物が相手なんですよ!?」
おいおい…… 受験生を化け物扱いかよ。
まぁいい。これでめんどくさい二次試験はパスだな。
ってことは……
受付に向かうと、俺達に気付いた他の受験生は恐れおののいた顔をして道を譲る。
係の人が涙目で説明をしてくれた。
「ラ、ライトさんとサクラさんですね! 合格おめでとうございます! 今回の一芸入試の合格者はお二人だけとなりました! 二次試験は行わず、そのまま三次試験を行います! 明日またお越しください!」
そう言って受付の人はダッシュで大学構内に消えていった。
予想外の出来事もあったが、一応予定通りの展開になったな。
サクラに出会ったこと以外は。
「ふふ。やったねパパ。二人とも合格だね」
うーむ、やはり明日にはサクラと戦わねばならんのか。
ここは覚悟を決めるか。
「サクラ…… 悪いけど全力で行かせてもらう。怪我させたらごめんな」
「大丈夫だよ。私は殺す気で行くって言ったでしょ。ふふ。せっかくの機会だもん。もしかしたら初めてパパから一本取れるかも……」
怖い…… この子、絶対手加減抜きでくるな。
まぁいい。やれるだけやるだけさ。
「じゃあ俺は宿に帰るよ。じゃあな。また明日会おうぜ」
「え……? そんな! せっかく親子が再会出来たんじゃない! いやよ! 今日はパパのとこに泊まる!」
そう言って腕を組んでくる! なんなのこの子!?
殺すって言ったり、急に甘えてきたり!? デレか!? これが噂のデレなのか!?
サクラは強引に俺の腕を取り、俺が泊っている宿に押しかけてきた。
宿で簡単に食事を済ませ、すぐに寝る時間になる。
俺は床に毛布を敷いてベッドはサクラに譲るのだが……
「パーパ、こっち来て」
笑顔で俺をベッドに誘う。何だろう? ベッドに近付くと……
ガバッ
押し倒された!
「ちょっ!? サクラ、何すんの!?」
「ふふ。せっかくの親子の再会だもん。久しぶりに一緒に寝ましょ」
えー…… いや、サクラが未来から来た俺の娘なのは間違いないだろうけど、ほぼ初対面の若い子とベッドを共にするのは……
「ほら、照れないで」
俺に毛布を被せてくる。
しょうがないな。サクラと二人でベッドに横になるのだが……
ははは。やっぱり親子なんだな。サクラはとてもかわいい子だ。
まったくそんな気は起きなかった。
しばらくすると眠気が襲ってくる……
「お休みサクラ……」
「パパ…… 寝る前にお願いがあるんだけど……」
「なに……?」
「パパとママはね、あんまり昔のことを話してくれなかったの。辛い過去だからって。でも私、二人の話すごく聞きたい。だからね……」
暗闇の中、サクラが恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「私が産まれたらでいいの。二人の話を聞かせて……」
ははは、いいともさ。かわいい娘の頼みだ。
「分かった…… いいよ……」
「ありがと、パパ…… 約束だよ……」
サクラは俺の頬にキスをする。
そして俺は眠りに落ちていった。
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