サクラ 其の一

「パパ! やっと会えたね!」


 俺は銀髪の少女に抱きしめられたままだ。

 俺をパパと呼ぶこの少女…… 一体何者なんだ?


「ち、ちょっと! 離してくれないか! 俺は君のことを知らないし!」


 少女は頬をプクーっと膨れさせて俺を睨みつける。


「ひっどーい! せっかくこうして親子が再会出来たってのにさ! パパに会うためにどれだけの世界を巡ってきたと思ってんのよ!」


 意味不明だ。もしかしたらこの子は危ない子なのかもしれん。

 周りの受験生は俺達を奇異の目で見ている。居心地が悪いぞ。


 ちょっとここから離れるか。俺もこの子も試験は終わった。どうせ合格だ。

 ここにいる意味はないだろう。俺は少女の手を引いて……


「人のいないところに行かないか?」

「いやん。パパったら大胆。そうやってママを口説き落としたの?」


 いたずらっぽくはにかむ少女。

 ママって誰だよ。人妻を口説いたことなんて無いわ。


「いいから!」


 俺は少女の手を引いて受験会場から離れ、大学構内の物置部屋の前にいる。

 扉に手をかけるが、鍵がかかっていた。


 しょうがないな。ここは転移魔法を使って中にはいるか。俺が魔法を発動する前に少女が驚きの行動に出る。扉の前に立ち……

 と思ったが、少女は先に魔法を発動する。

 な、何をする気だ?



【転移門】



 ―――ギュォォンッ



 少女は魔法を放つ。扉は消え去り、目の前には…… 

 渦だ。渦が見える。これは……?


 少女は茫然と立ち尽くす俺の手を取る。


「行きましょ。せっかく久しぶりにパパと話せるんだもん。物置じゃ嫌。もっと気持ちのいい所でお話ししましょ。

 パパなら血が繋がってるから多分大丈夫! ほら来て!」

「え? どういうこと…… お、おい!?」


 少女は強引に俺の手を引いて渦に入る!? ちょっと待て! 



 ―――シュオンッ



 一瞬だった。先程まで大学の構内にいたのに……


『チチッ ピチチチ……』


 目の前には花畑が広がる。青空の下、見渡す限りの花いっぱいの草原が。

 空には鳥が羽ばたき、涼やかな鳴き声が聞こえる……

 ここはどこだ? 呆然としている俺に少女が話しかけてくる。


「やった! 成功したよ! えへへ、いつもだったら一人で転移しないと狙った場所に辿り着けないんだけどね。やっぱりパパと魔力の質が近いからかな。

 素敵な場所でしょ? 私のお気に入りの場所なの。いつかパパとママを一緒に来たかったんだ」

「は、はぁ……」


 駄目だ。話についていけない。

 呆然とする俺を他所に、少女は自分の目の前の空間から敷布とサンドイッチを取り出し、敷布を地面に敷いてそこに座る。

 収納魔法も使えるのか……


 彼女に促されるまま俺も敷布の上に座り、少女からサンドイッチを受け取る。

 少女はにこっと微笑んでからサンドイッチを一口。


「美味しい! ん? どうしたの? パパは食べないの?」

「あ、あぁ…… ありがたく頂くよ。でもその前に…… 君は一体何者なんだ?」


 まぁ普通の女の子ではないのは間違いない。

 俺に匹敵する打撃を放ち、空間魔法を使いこなす。

 いや、先ほどの転移魔法は俺のそれとは違うものだ。それにここは俺がいた世界とは違うオドを感じる。

 これってつまり…… 異界に転移したってことだよな?


「あ、そうか。この時代のパパに会うのは初めてなんだ。ごめんね。すっかり忘れてたよ」


 少女は食べかけのサンドイッチを皿に置く。

 亜空間から水筒を取り出し、俺に温かいお茶を出してくれた。


「どうぞ。これはパパが好きな銘柄の紅茶。お花の香りがするやつだよ」


 薦められるまま紅茶を一口。美味い…… 懐かしい味だ。

 獣人の国サヴァントで見つけた花の香りがする紅茶と同じ味。

 この子は俺の好みを知っている……


「美味しいでしょ。私もそれ大好きなんだ。あ、ごめんね。話が逸れちゃって。あはは。いつもママに怒られるんだよ。私はすごくおしゃべりみたいで」

「そ、そうなのか…… じゃあ、改めて…… 君は一体何者なんだ?」


「ふふ。パパを相手に自己紹介するのはなんかおかしいね。私はね、サクラっていうの。サクラ ブライト。パパの…… あなたの娘だよ」


 この子は何を言っているのだろうか? 言っている意味が分からないのだが……


「あ、その顔は信じてない」

「まぁね」


 いやだってさ、いきなり現れた十五歳ぐらいの女の子に、私はあなたの娘ですなんて言われて信じられる方がおかしいだろ?


「むふふ。ではこのサクラ ブライト。パパを信じさせる魔法の言葉をかけてしんぜよー」


 魔法の言葉? 一体何を言われるのだろうか?


「パパが十六歳の時、一人エッチをしてる時に使っていたおかず本のタイトルは、人妻エマニュエルの濡れそぼる……」

「はい信じます。それ以上は止めてください」


 なぜだ!? なぜこの子は知っている!?


「おばあちゃんにしてるとこ見つかったんだよね?」

「もうやめて!」


 更に俺の黒歴史まで!? 

 俺はもう既に顔が真っ赤だ。全身に変な汗をかいている。


「ほんとそれ以上言わないでいいから…… でも何でそれを知ってるの……?」


 勇気を出して聞いてみる。

 それらの思い出は最初の世界でルージュにしか話していない。この子が知るはずもない事実なのだ。


「パパが教えてくれたんだよ。俺と出会ったらこれを言えば絶対信じるからって」


 さっきから少女は俺のことをパパと呼んでいるのだが…… 

 俺はこんな大きな子供を持った覚えは無いし、今までの転生人生の中で誰かと恋仲になることも一切無かった。

 子供が出来るような行為は七十万年以上ご無沙汰なのだ。


「すまない…… 理解出来ないことが多すぎて…… 一から全部話してくれないか?」


 少女は微笑んでからお茶を一口。喉を潤してから話し始める。


「ではもう一度。私はサクラ ブライト。パパの娘で、未来から来ました。以上」


 え? 未来? つまりこの子は俺の娘で…… じゃあ母親って……


「なぁ、サクラ…… 突っ込みたいところは山ほどあるんだが、君のママって……」

「決まってるじゃん。フィオナだよ」


 フィオナ!? じゃあ俺はフィオナに出会えるのか!? 

 思わずサクラの肩を掴んでしまう!


「詳しく頼む!」

「ちょっ!? パパ、落ち着いて! 大丈夫! パパはその内ママに出会えるから! そして私が産まれるんだよ!」


 体から力が抜ける…… は…… ははは…… よかった…… 

 俺はフィオナに出会えるんだ…… あれ? 顔を伝う涙の感触が……


「ふふ。パパは昔っから泣き虫だね。ママの言った通り。私が産まれた時もすごい泣いてたって言ってたよ」


 フィオナ…… 会いたいよ…… 

 メソメソと泣く俺をサクラが抱きしめてくれた。


「よしよし、泣かないでね。ふふ、なんか不思議な感じ。パパは私が旅立つ時もすごく泣いてね。慰めるの大変だったんだよ。この世界でもパパを慰めることになるとは思わなかったよ」

「う…… ぐす…… でも、サクラは未来から来たって言ってたよな? そんなことが可能なのか? それにここに来たのは転移魔法……じゃないよな。だってここは異界だよね?」


 鼻を啜りながらサクラに質問する。


「うん。ある程度だけど、時間を設定して異界に転移出来るの。これは空間魔法とは違うね。私だけの能力なの。多分私だけしか使えない」


 異界に転移!? そんなことが出来るのか!?


「サクラ! フィオナがいる世界に転移は出来ないのか!?」

「ちょっ!? パパ、落ち着いて! ごめんね。私が任意で転移出来るのは今まで行ったことのある世界だけなの。これまで色んな世界を転移してきたけど、ママには会えなかった。まぁ、そのうち会えるとは思うけどね……」


 そうなのか…… もしかしたらフィオに会いに行けると思ったのに…… 

 いや、行ったことのある世界には行けるって言ってたよな。


「サクラ…… 君がいた世界には未来の俺とフィオナがいるってことだよな?」

「連れていかないよ。未来のパパに言われてるもん。その内俺に出会うかもしれないけど、過去の俺を甘やかす必要はないって。それよりももっと強くなれって未来のパパは言ってたよ」


 未来の俺厳しいな!? 

 自分のことなんだから少し甘やかしてくれてもいいのではないだろうか?


「そうか…… でも救われたよ。俺はフィオナに会えるんだよな?」

「そりゃそうよ。そうしなくちゃ私も産まれない訳だし」


 ふふんと笑うサクラ。はは、よく見たらこの子って俺にも少し似てるな。

 目元なんかは俺そっくりだわ。


 せっかくだ。サクラに色々と聞いてみよう。


「なぁ、サクラ。未来の俺は幸せにやってるか?」

「うん、とっても幸せだと思うよ。でもちょっと忙しいっていつもぼやいてる」


「ほう、未来の俺はどんな仕事をしてるんだ?」

「神様やってる」


「はは、神様か。そりゃ忙し……?」


 ん? 神様? 今サクラは神様って言ったか?


「えーっと…… 聞き間違えたかもしれないのでもう一度聞きます。未来の俺のお仕事は?」

「神様」


 言ったよ! 間違いない! 未来の俺!? 一体何をした!?


「サクラ…… 詳しくお願い……」

「んーとね。神様として私の世界の人に加護とか祝福を与えてるの」


「俺が!?」

「そうよ。パパったら過保護だから、私にも加護とか祝福をかけまくったみたい。そしたら私しか使えない魔法とか覚えちゃった。えへへ」



 サクラは嬉しそうに笑うのだが…… もう少し話をする必要があるな。


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