サクラ 其の三

 ―――チュンチュン



 鳥の声を聞いて目が覚める。

 隣に眠る者の温かい感触…… 誰だ……? 


「ぐー。むにゃむにゃ……」


 横を見ると銀髪の少女がよだれを垂らしてグースカ寝ているではないか。

 この子は未来から来た俺の娘、サクラだ。

 昨日初めて出会い、自分が俺の娘だと言われた時は驚いた。


 恐らく彼女は嘘は言っていない。

 だって俺しか知らない黒歴史を知っているのだから。


 俺は思春期の頃、一人でゴソゴソしているところを母さんに見られたことがある。

 その事実は最初の世界でルージュには伝えたことはあるのだが、まさかおかず本のタイトルを知っているとは思わなかった。


 さて、そろそろこの子を起こさないと。今日は一芸入試の最終試験がある。

 まさが我が子と模擬戦とはいえ、戦うことになるとは…… 


 それにしても俺はこの子に勝てるのか? 

 恐らくサクラは俺より強い。身のこなしを見ていれば分かる。


 説得すれば辞退とかしてくれないかな? ほら、親に道を譲るのも親孝行じゃん? 

 まぁ絶対にそんなことしてくれないだろうな。とりあえず……


 サクラをゆさゆさして起こす。


「ほら、起きろー。もう朝ですよー」

「うーん…… あと五分……」


 そう言って毛布をかぶるサクラ。

 はは、お寝坊さんだな。もう少し寝かせてあげたい気もするが……


「こらっ! 寝るんじゃない! 遅刻するぞ! 受験出来なかったら俺の不戦勝だぞ! いや、むしろその方向でお願いします!」

「んあ? お、起きるから!」


 ばっと飛び起きる我が娘。眠たそうに目を擦る。


「ふあぁ。おはよ、パパ」


 ちっ、起きたか。起こしたのは俺だが寝ていればいいものを…… 

 まぁ後悔先に立たず。模擬戦は全力でいけばいいさ。


「おはよ。あんまり時間が無いぞ。早く着替えて」

「はーい」


 サクラはいそいそをパジャマを脱いで動きやすそうな服に着替える。

 ん? ちらっとブラが見えた。そこそこだな。五千年は生きているって言ってたけど体の発育を見る限りだと十五、六歳にしか見えない。


「あー、胸見たでしょ。パパのエッチ」


 いたずらっぽく笑うのだが、俺は全く欲情していない。

 やっぱり親子だってことを体が知ってるんだな。


「馬鹿なこと言ってないで。準備出来た? 行くよ」


 ドアに手をかけて部屋を出ようとすると……



【転移門】



 サクラがご自慢の転移魔法をかけると、ドアがオドの渦に変わった。


「ふふ。これですぐに大学に着くよ。お先にー」


 そう言ってサクラはオドの渦に飛び込んでいった。ものぐさだなぁ…… 

 そう思いつつも俺はサクラが作ってくれた渦に入っていった。




 渦を抜けるとそこは大学構内。昨日来た場所だな。物置の前だ。

 俺とサクラは大学構内の運動場に向かう。今日の試験会場だ。

 運動場に向かうにつれ、なんだかザワザワと歓声が聞こえてくる…… 


 運動場に着いて驚いた。円を描くようにフェンスで囲まれており、その周りには多数のギャラリーが渦巻いている。まるで闘技場だ。


 昨日見た受付の人が俺達に近付いてくる。


「ライトさん! サクラさん! お待ちしておりました! では一芸入試の最終試験の説明をさせていただきます! 

 試験の内容はごく簡単です。二人で戦ってもらい、勝者が合格者とさせて頂きます。勝者は学費免除となり、無料でウェテナ大学に入学出来ることになります!」


 分かってはいたが、サクラとぶつかることになるのか。勝てるかな……?


「パパ! 全力で行くからね! ふふ、初めてパパから一勝取れるかも。積年の恨み晴らさでおくべきかー」


 冗談っぽく言ってから運動場に設置された仮設アリーナに向かうサクラ。本気で来るな……


 俺も覚悟を決めてアリーナ中央に向かう。在学生が歓声で俺達を迎えてくれた。

 ん? 誰だ、今俺に死ねって言った奴は。


 拡声器を使った受付が俺達に向かい再び説明を始める。


『それでは間もなく最終試験を開始します! これは殺し合いではありません! ですが俘虜の事故により命を落としたとしても当方は一切の責任を負いかねます! 二人の健闘を祈ります! では構え!』


 サクラが腰から二本のダガーを抜いた。この子も双剣使いか…… 

 俺も腰からダガーを抜く。今持っているダガーは片刃なので逆刃に構えた。


「ふふ。パパったら手加減してくれるの? 相変わらず優しいね」

「まぁね。未来の俺の子に怪我でもされたら困るからね。顔に傷が出来たら嫁に行けなくなるじゃん」


 怪我はさせたくない。これは本当。でも本気でやらないと俺は瞬殺だろうな。


 俺達二人は構えを取る……


 雰囲気に飲まれたのかギャラリーから声援が消える……


 静かな時間が流れる……


 そして……


『始め!』


 受け付けが開始の合図をする! 


「行くよ!」



 ―――ダッ!



 サクラが突っ込んでくる! 速い! 

 俺は迎撃するため、ダガーを前に構える! 

 サクラは右手は上段、左手は中段を同時に狙ってくる! 

 山突きかよ!? マニアックな技使うね! 


 山突きを避けるには軸を移動させればいい。俺は右に体を移し……



 ゴッ! ドサッ……



 鈍い音が頭に響く。

 避けた先にはサクラの上段蹴りが待っていたから……な……

 俺の意識は一瞬にして消し飛び、その場に崩れるようにして倒れ込む。

 つぶれたカエルのようにダウンするサクラは俺に向かって……


「パパ、起きて。これで分かったでしょ。手加減の必要は無い。私は本気でパパと戦いたいの」


 歪む視界の中、ふらふらと体を起こす…… 

 くそ、これが実戦だったら死んでたな。

 それにしても優しい子だ。このまま刃を俺の喉に当てればサクラの勝ちは決まるのに。


「分かったよ…… 変な気を使わせてしまったみたいだね。それじゃ俺も本気を出さないと」


 顔をパシパシ叩いて気合を入れる。さぁ、今度は俺の番だぞ!

 まずは身体強化術を発動。いつもの高速回転だ。それと並列思考も発動しておく。

 頭の中に俺自身の声が響く。


(俺は何をすればいい?)


 サクラの動きを見て攻撃の癖を探っておいてくれ。それだけでいい。


(分かった。やっとくよ。とりあえず右側面に回れ。僅かだが死角になってるぞ)


 サンキュー俺! さぁ攻撃だ! 瞬間移動で彼女の側面に回る。

 なるほど、長い髪が時々目に触れるみたいだな。


 俺は逆刃にしたダガーでサクラの首を狙う。


(避けろ! おさげで目潰しが来るぞ!)


 俺の声が心の中で響く! 並列思考の俺が言った通り、サクラは首を回して銀髪のおさげを振り回す! おさげの軌道は…… 俺の顔だ! 


 俺はサクラのおさげを左手で受け止め、円を描くように力を流す。



 パシッ クルンッ



 お得意の理合いだ。上手く力を殺さないと首の骨が折れるぞ。

 サクラは力を受け流し、クルリと空中で一回転をする。


 さて攻撃のチャンスだ。どんな達人でも宙にいては落ちる軌道を変えられない。

 今のサクラは無防備だ。


 俺は彼女の鳩尾目がけ掌底を放つ!


【転移門!】


 サクラがそう叫ぶや否や、落下点にオドの渦が発生し姿が消える!


(上だ!)


 上!? 並列思考の俺が忠告する通り、サクラが俺の真上に現れた。

 両手にはダガーを握りしめ、それを俺の脳天めがけ振り下ろす!? 

 ほんと殺す気だね!



 ―――ザクッ



 嫌な音を立て、サクラのダガーが突き刺さる。地面にね……


 俺は瞬間移動を発動し、その場から距離を取っていた。


 そして再びサクラと対峙する……


「すごいね。多次元殺法ってところかな?」

「すごいのはパパよ。あれ、普通は避けられないよ? ふふ、この時代のパパもとっても強い。私ワクワクしてきちゃった」


 サクラは嬉しそうに笑う。

 うーむ。どうやらうちの子はバトルジャンキーのようだな。果たして嫁に行くことが出来るのだろうか? 


 サクラはダガーを一本しまい、その代わり亜空間から弓を取り出す。

 弓も使うのか…… ははは、俺の子だわ。


「じゃあ、パパ。今度こそ覚悟してもらうわよ。私の必勝パターンを見せてあげる」


 サクラは弓を引き絞る。右手にはうっすら光る矢が具現化した……



 マナの矢も使えるのかよ……


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