グリフの告白

 グウィネが泣いている。

 大きな獣耳は力無く伏せながら。

 まさかグウィネが獣人だったとは。


 獣人も様々で完全に二足歩行の犬であるカイルおじさんタイプの者もいれば、尻尾は無く獣人特有の耳だけを持った人族タイプの者もいる。

 グウィネはそれに当たるだろう。


 でもこれって俺らを避ける理由になるか? 

 確かに王都では多少ではあるが他種族への差別意識はあると思う。


 しかしそれは微々たるもの。特定の職業につけない程度のものでしかない。

 それにこの世界では異種間で結婚する者も珍しくはない。

 俺だってエリナさんから狙われてたしな。


 だからグウィネが獣人であろうとなかろうと俺達を避ける理由にはならないのだ……と思ったが一つ思い出した。


 カイルおじさんが昔、俺に言った言葉を。



◇◆◇



『ライト、異種族と結婚する時は国の仕事に就いてると出世出来なくなるから気を付けろよ』

『どうしてー?』


『それはな、異種族の旦那や嫁がいるとスパイ容疑がかかるからさ。本人にその気がなくても国は疑いをかけるもんさ。

 そしてその気が無くても、何か弱みを握られればスパイにさせられちまうこともある。だから政治に関わるもの、軍に所属する者は異種族結婚をすると出世街道から外されちまうのさ。情報ってのは大事でな。それ一つで国が亡びることもあるんだぜ』

『よくわかんなーい』


『大人になれば分かるさ。俺も異種族結婚とか憧れてたんだけどなー。仕事柄、無理だな。がはは』



◇◆◇



 これだろうな。彼女が身を引いた理由は。

 グウィネはグリフの未来を想って、この選択肢を選んだのだ。


 どうすればいい? 

 この恋路を成就させればグリフは一生一兵卒のままだ。

 このまま黙ってればグリフはそこそこ出世すると思う。こないだも下士官の試験に受かったって言ってたしな。


 仕事を取ったらグウィネを失う。

 グウィネを選んだら出世は出来なくなる。 

 どっちを選んでも後悔は残るか。


 でも言わなきゃ……


 矢も楯もたまらずグリフの家に向けて走り出した。


 グリフの家に着くとドアを乱暴にノックする!


「グリフー! 開けろ! ドアぶち破るぞ!」


 泣き疲れたのか眠っていたようでグリフはのそのそドアを開ける。

 情けないな。頬には涙の跡がくっきり残っている。


「なんだ!? ライトか…… 入れよ……」

「おう、今から大事な話をする。落ち着いて聞け。とりあえず茶を沸かしてこい」


 グリフはお茶を淹れ、俺に渡す。

 お茶を一飲みにして俺は話し始める。

 グウィネが獣人であること、恐らくではあるがグリフの未来を想い身を引いたこと。


 グリフも軍に所属する者として異種族結婚のリスクは知っているだろう。

 決めるのはこいつだ。だが俺の知っているグリフなら選ぶ行動は一つだろう。

 こいつバカだからな。


 グリフは俺の話を聞き終え、口を開く。


「グウィネと話す…… 俺の気持ちを伝える……」

「言うと思ったよ。それでこそグリフだ。で、口下手なお前がどんな言葉で伝えるわけ?」


「う…… それは分からん。何も思い浮かばん…… ライト、俺はどうすればいい?」

「それはお前が決めろ。人から教えてもらった言葉じゃ伝わんねーだろ?」


「分かった…… 明日時間取れるか? 正午に噴水広場に来てくれ。すまんが、グウィネを連れてきてくれないか……」

「グウィネは何とかする。でもどんな結果になっても後悔すんなよ。じゃあ、俺は帰るわ。お休みな」


 俺はグリフを残し帰路に着く。

 この恋路、一体どんな結末が待っているのだろうか? 

 いや、今は考えまい。俺に出来ることをするまでだ。



◇◆◇



 翌日、俺はフィオナと理髪店に向かう。

 ドアには休業の張り紙。今日も休みか。

 千里眼で中を確認すると……


 泣き疲れたのか、テーブルに突っ伏したまま寝ているグウィネが見えた。

 びっくりさせないよう優しくノックする。


「グウィネさーん。開けてくださーい。ライトでーす」


 しばらくすると足音が聞こえてきて…… 



 ガチャ



 今日はドアを開けてくれた。

 グウィネの顔には頬には涙の痕。かわいい顔が台無しだよ。

 それに気付くことなくグウィネが訊ねてくる。


「ライトさん? どうしたんですか? 今日は気分がすぐれないのでお休みをもらおうかと……」

「すいません。今日どうしてもお時間をいただきたくて。今日だけでいいです。これが終われば、もうここには来ません。どうか一緒に来てください! この通り!」



 ザッ ドサッ



 理髪店の前で土下座をかました。

 通行人が俺を好奇の目で見ているが気にしない。

 友人のために頭を下げるなど造作もないことだ。


「ややや、止めてください! 頭を上げて!」

「嫌です! グウィネさんが一緒に来てくれると言ってくれるまで続けます!」


 もはや脅迫だろうか。

 グウィネにはかわいそうだがこちらも必死なのだ。

 頼む! 一緒に来てくれ!


「もー! 分かりましたよ! 頭を上げて! 着替えてくるからちょっと待っててください!」


 グウィネは怒りながらも承諾してくれたようだ。よかった。

 着替えが終わったグウィネを連れて噴水広場に連れていく。

 グリフは先に到着して俺達を待っていた。


「グウィネ……」

「…………」


 返事は無かった。気まずい雰囲気が漂う。

 グリフはちょっと困った顔をした後グウィネに話しかける。


「グウィネ…… 来てくれてありがとう。今日一日だけでいい。ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ」

「…………」


 グリフはそう言って俺達をエスコートする。着いた場所はいつものダンス教室だ。

 フロア一つを貸し切ったようで誰もいなかった。

 アマンダ先生はちょっと怒った顔をして俺達を見つめている。

 グリフが先生に挨拶に向かう。


「先生、ご協力ありがとうございます」

「まったく、グリフレッドさんったら無理言って。今日は特別ですよ!」


 先生はちょっと怒りながらも人払いをしてくれたようだ。

 グリフは先生にひとしきり謝った後、グウィネのもとへ。

 グウィネの前に手を出して……


「グウィネ、一緒に踊ってくれないか。これが最後になると思う。もう君に会うことはないだろう。だから最後に俺のわがままを聞いてくれ」

「わ、分かりました……」


 グウィネはちょっと驚いた顔をしてから頷いた。

 そしてグリフの手を取って……


「先生、お願いします」

「始めますよ」


 先生は弦楽器を取り出し、曲を奏で始め……? 

 テンポが速い。ワルツじゃないな。

 これは……タンゴだ。


 ワルツは123でリズムを取るが、一方タンゴはスローとクイックでカウントを取る。

 あくまで俺のイメージだがワルツはゆったりと恋人達が愛を囁きあうように踊る。

 タンゴを一言で表すと情熱だ。お互いを求めあうかのように踊る。


 グリフ…… やるな。これがお前の言葉か。



 早いリズムに乗って二人は踊り始める。



 ファイブステップ、QQQQS



 プロムナードウォーク、SQQQQQ



 すごい…… 二人のステップがぴったり合っている。見惚れてしまう。



 ナチュラルプロムナードターン、SQQS



 ターンにタンゴ特有の力強さが加わる。

 コントラチェック、ワルツで行うそれとは別物だ。

 グウィネもすごい。ぴったりとグリフの動きに合わせている。

 

 グウィネは笑っている。グリフも笑顔でそれに応えた。


 二人は踊り続ける。

 俺達は言葉も無く二人を見つめる。

 

 曲が山場を迎え、最後はコントラチェックで終えた……


 素晴らしいタンゴだった。

 ダンスが終わりグウィネは泣き始めた。

 グリフの想いを察したのだろうか。


「グリフさん…… 私といるとあなたは不幸になります…… 私のことは忘れてください…… それがお互いにとって最良だと思います……」

「グウィネ、また踊ってくれないか。次も、その次も。これからずっと君と踊り続けたいんだ」


「私でいいんですか!? でもお仕事が! 実は私は……獣人なんです。私と一緒になるとグリフさんの未来が……」


 グウィネは髪に隠れた大きな耳をピョコンと出した。

 ふわふわの髪によく似合う。


 グリフはグウィネの頬に手を当てて彼女に微笑みかける……

 言え、グリフ。

 言ってやれ!


「俺は国を守りたい一心で兵士になった。出世しなくても国は守れる。自分の一番大切な者を守れない者に国なんか守れないさ。俺に君を守らせてくれ」

「…………!」



 ギュッ!



 グウィネは言葉も無く耳をへにょらせグリフに抱きつく。

 

 ふふ、これで終わりだな。

 二人を見て胸に暖かい火が灯る。

 グリフ、グウィネ。幸せにな……


「ライトさん。この場合はおめでとうって言った方がいいんですか?」


 フィオナは笑顔で聞いてくる。

 二人の喜びにつられたな。

 祝辞か。だがその言葉は適切じゃないな。


「違うよ。この場合はこう言うんだよ。耳を貸して。ゴニョゴニョ…… 先生もご一緒に!」

「あら、最近の祝辞はそんなこと言うのね。面白いわ」

「いきますよ。せーのっ!」


 やっぱり祝辞はこれだろう。俺達は声を揃えて!


「「「爆ぜろグリフ! 末永く爆発しろ!」」」


 グリフにかわいい恋人が出来ましたとさ。



◇◆◇



 二人は恋人同士になったのですね。めでたいことです。

 それにしても、この祝辞は初めて聞きました。

 グリフ、グウィネ。私達四人から祝福されたのです。

 幸せになってください。


 そう、四人から祝福されたのです。ライトさん、私、アマンダ、そして…… 



  ekunokunno ekunokunno omiurexuxuooie


 

 ダンス教室の中に精霊の歌が響きます。

 そう、もう一人は女神でした。


 二人のダンスを見ていたら彼女が現れたのです。

 そしてライトさんの頬に口付けをしました。



 う、思い出すと怒りが……



 それはどうでもいいですね。

 二人をために動いたことが善行として認められたのでしょう。

 恐らく加護の力が上がったはずです。

 これで私はこの身が滅しようとライトさんに負担をかけることなく復活出来るようになる。

 本格的に彼の盾になる時が来たのです。


 実は最近精霊の悲鳴が聞こえるようになりました。

 近い内に好ましくない何かが起こるでしょう。


 ライトさん、心配しないでください。

 貴方は私が守ります。

 

 でも今日は言いません。お祝いをしなければなりませんから。


 まずはみんなでお風呂に行きましょう。

 ふふ、想像しただけで笑顔になってしまいますね。


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