解離
百回目の転生…… 目の前には俺を愛してくれた人達の躯が転がっている。
村はいつものように壊滅し、いつものように焦げた匂いを辺りに漂わせている。
くそ…… この光景を見るのもこれが百回目かよ……
どうなってんだよ!
なんでいつも肝心なところで体が動かなくなるんだよ! ちくしょう!
俺は強くなった! もう二千年以上も魔物からオドを奪い続けてるんだ!
弱い魔物とはいえ、殺した魔物の数は計り知れない。なのにだ!
俺は毎回スタンピードで家族を失うはめになるんだ!
足元に転がるノアの首。それに向かって話しかける。
「なんでノアはいつも俺を好きになるんだ!? お前が俺のことを嫌いになって他の誰かの嫁になれば俺はこんな思いせずに済むんだ! なんでお前はいつも俺を好きになる!? 父さんも母さんもだ! どうしていつも俺を愛してくれる!? だから余計に辛いんだよ!」
聞く者はいないはずなのに、俺は叫ぶ。
やり場のない怒りが俺を支配する。
もういやだおれはなんでこんなつらいおもいをしなくちゃいけないんだどうしていつもみんなおれをあいしてくれるそれがおれにとってどんなにおもにになるかわかってんのかよあんたらがおれをきらってくれさえすればこんなつらいおもいをしなくてもすむのになでもおれもまいかいあんたらをすきになっちゃんだよねだってしょうがないだろおれのおやでありゆうじんなんだもんでもこのつらいおもいをおれはひゃっかいはあじわってんだよなはははそんなやつはこのよでおれひとりだろうなでもてんせいをなんどくりかえしてもふぃおなにはあえないんだはじめててんせいしたときにあいしゃにあったときはふぃおなにあえるかのうせいがすこしでもあるならどんなつらいおもいをしようともおれはたえてみせるってちかったのにでももう耐えられない!
何でだよ……
フィオナ…… いつになったら会えるんだよ……
俺はノアの首の前で膝を着いて泣いた。
何度転生を繰り返してもフィオナに出会えない。
これでチシャがいれば少しは気も紛れたかもしれないのに。
チシャ……
血は繋がっていないが俺の愛しい娘だ。彼女にはなぜか会うことが出来なかった。
これは想像の範囲でしかないのだが、彼女は精霊の血を引いている。
恐らくチシャは人が持つ因果律から外れた存在なのだろう。
チシャに会う為には三千世界を巡るしかない。
フィオナは言ってたな。三千世界とは千の三乗、つまり十億の世界で構成されてるって。
人の因果律から外れたチシャに出会うには、元の世界に帰るしかない。
元の世界に帰れる確率……
十億分の一……
もう嫌だ……
涙は止まり、空を見上げて寝転ぶ。
もう疲れたよ。
俺の心は壊れかけていた。
かつてあった希望は既に俺の心には無く、虚無感が俺の心を支配する。
止めよう。俺はダガーを抜いて己の首元に当てる。
このまま刃を横に走らせれば楽になるかな……
グッ……
手に力を込め……て……
あれ?
ここはどこだ?
さっきまで俺は壊滅した故郷にいたはずなのに。
光の無い、漆黒が埋め尽くすだだっ広い空間だ。
おかしいな。転移魔法陣でも踏んだのかな?
何もない空間を彷徨い歩く。
何を探すわけでもないのに。
そうだ、ずっとここにいるってのもいいな。
ここにいればもうあんな辛い想いをしなくてもいいかもしれない。
光は無いが、なぜか恐怖を感じなかった。
いや、それどころか、なぜかとても居心地がいい。
干した布団に包まれたような…… とても暖かい感覚だ。
『ここは心の中だよ』
誰だ?
後ろを振り向くと一人の少年が……
少年は俺に近付いて顔を見上げてくる。
君は誰なんだ? それに…… 心の中?
『うん。ここは君の心の中なんだよ。そして僕は君自身でもある』
俺自身? 何を言って…… 少年の顔を見ると……
あれ? この顔って……
小さい頃の俺の顔だ。
『僕はね、今この瞬間に産まれたんだ。君がとっても辛そうだからね』
そりゃ辛いよ。愛する両親の死を百回も見てきたんだぞ。
フィオナにもチシャにも会えないしさ。もう生きている意味なんて無いんだよ……
『でも諦めたらそこでその先は無いんだよ。君は諦められるの? フィオナにもう会えなくなっちゃうんだよ?』
そりゃ会いたいさ。
でも先が見えない不安と俺を愛してくれる人の死をこれからも見続けなくちゃいけないのがすごく辛いんだ。
『だからね、僕が助けてあげる』
助ける? 一体どうやって?
そもそもお前は俺だって言ってたけど、もう少し詳しく説明してくれないかな?
『あはは。そうだね。僕は君でもあり、君は僕でもある。つまり僕の名前もライトって訳さ。今の君の心は壊れかけてる。だからね、辛い想いを僕が全部必受けてあげる』
引き受ける……? 何を言っているんだ?
『つまりね。君が転生してから父さん、母さんが死んでしまうスタンピードが起こるまでの間、僕が君の体を管理してあげる。君はその間、眠っていればいいよ』
何だって? そんなことが出来るのか?
『出来るさ。だって僕は君なんだよ。そうだな…… こう言えばいいかな。君は主人格。ライト自身だ。そして僕は交代人格のライト。僕が生まれた理由は君を守るためなんだよ。だって君の心が壊れてしまえば僕も困るからね。
だから君が転生してからスタンピードが起こる後まで僕がライトとして生きてあげる。そうすれば君は辛い想いをしなくて済むでしょ?』
交代人格…… でもお前はそれでいいのか?
なんで自ら進んで辛い想いを引き受けようと……
『言ったでしょ。君を守るためだって。それが僕が産まれた理由だもの。それにね…… 僕も会いたいんだ。フィオナとチシャにね。一応僕も君の思い出を共有してるんだよ。
ふふ、君はいいな。あんなに美人のお嫁さんとかわいい娘さんがいるんだね。うらやましいなぁ』
でも、こんな小さい子にそんな辛い想いを押し付けるなんて。ってお前も俺なのか。
それじゃ、お言葉に甘えてもいいかな……?
『うん。甘えちゃって。僕が君の悲しみを引き受けてあげるから。君はフィオナを見つけることだけに集中すればいい』
ライト、ありがとう…… って自分にお礼を言ってるみたいで何か変な感じだな。
『はは、そうだね。それじゃ僕に名前を付けてよ。君、名付けは得意なんでしょ?』
得意な訳じゃないって。しょうがなくその役目が回ってきたってだけさ。そうだな…… じゃあ、お前の名前はレイだ。
『レイ? 中々かっこいい名前じゃない。どこから思いついたの?』
その名前を考えたのは母さんなんだ。俺に弟妹が出来たら、男の子ならレイにするって母さんが言っていてな。
『そう…… じゃあ今日から僕の名前はレイだね。よろしくね、ライト。そうだ、ライトが眠っている間、何かしておいて欲しいことはある?』
そうだな。今までどおり可能な限り魔物を狩ってオドを取り込んでおいて欲しい。
それに時間があったら魔法の練習をお願いしていいかな?
『あはは。そうだね。僕ら、魔法のセンスは無いもんね。よし、分かったよ。じゃあ僕はもう眠るね。次の転生の時に君の体を借りることにするよ。じゃあ、これからも頑張ってね』
あぁ…… よろしくな…… レイ……
『うん。それじゃお休みね』
レイはその場で横になる。そして……
暗闇は更に濃くなり……
何も見えなくな……
ここは…… 目に映るのは良く晴れた空。ふと横を見るとノアの首と目が合った。
あれは夢だったのか? だが、かなり鮮明に覚えている。それに何だか心が軽い。
俺の心を支配していた悲しみ、虚無感がかなり軽減されている。
あれが夢か現実か。それを確かめる方法は一つだけ。
俺は百回目の転生をそつなくこなす。
ルーティンを消化するように代行者を倒し、約束の地へ。
そしていつもと同じように管理者と共に果てる。
薄れゆく意識の中、声が聞こえてきた。
『出番が来たみたいだね。それじゃ、お休みね。ライト』
やはり……
あれは現実だっ……
…………
……………………
…………………………………………
次に目が覚めた時は見たことがないトラベラーが俺の前に立っていた。
辺りを見渡すと俺が作ったであろう村人達の墓が並んでいる。
これは…… 百一回目の転生のようだな。
今回もフィオナには会えなかったみたいだけどね。
そういえば俺はレイにお願いをしていたよな。魔物を狩っておいてくれって。
ちょっと試してみるか……
腰に差しているダガーを抜いてマナの剣を創造する。そして可能な限りマナを取り込む。
足元が温かい。
体にマナが流れ込んでくる。
体に流れるマナを丹田へ。
丹田から腕へ。
腕からダガーにマナを流し込む。
狙いは……
遠くに見えるあの山でいいか。初めての人生でのガガト山に相当する山なのかな?
俺は剣を後ろに構え……
そして……
一閃
―――フォンッ
放たれた遠当ては小気味いい音を立てて飛んでいく。
そして山の頂上を両断した。
山は音を立てて崩れていく……
すごいな。マナの剣の攻撃力は触媒となる武器の攻撃力にある程度依存する。
最初の世界ではデュパのダガーを使って今と同程度の威力をだしたんだ。
でも俺が持っているダガーどこにでもあるような安いダガーだ。それもかなり使い込んでいて、あちこち刃こぼれもしてる。
つまり俺の地力がかなり上がっているということだ。
すごいな…… レイ、お前どれだけの魔物を退治したんだよ。
俺の交代人格のレイ。
彼のおかげで俺の心は壊れることなく、転生を続けることが出来る。そして俺自身ももっと強くなれる。
でももっとだ…… もっと強くならなくちゃ。
俺を縛る、このくそったれな因果律をぶっ壊すぐらいにはな。
俺は決意を新たに百一回目の人生を生きる。
全てはフィオナに出会うために……
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