恩人との再会
「すー…… すー……」
フィオナの寝息を聞きつつ目が覚める。
窓からは昼の光が入ってくるが、今日は休みなのだ。
まだベッドから出る気は無い。
フィオナとは未だ清い関係のままだが、彼女と一緒に眠れるのはいいものだ。
いつの間にかフィオナの背を抱いて寝るのが癖になってしまったな。
ファサッ……
銀色の髪に顔を埋める。いつも通りいい匂いだ。
もう少しこの幸せを堪能して……
バタンッ!
突如ドアが開く!
誰だ!? 賊か!?
「ちょっといつまで寝てるんだい! 布団が干せないだろうが! また朝から乳繰り合って! さっさと起きな! あとグリフが来てるよ!」
「ひゃい!? すいませんでした!」
オリヴィアだった……
お願いだからノックをしてくれ……
それにしてもグリフか。風呂の誘いかな?
俺達は着替えを済ませ一階に降りると、食堂でグリフが待っていた。
「おはようさん。どうしたよ。こんな朝早くに」
「あほか、もうすぐ昼だぞ。いやな、昨日負傷したエルフを保護したんだ。今は兵舎の医務室で寝かせてある。そのエルフが冒険者ギルドに連れていってくれって言っててな」
エルフか、珍しいな。王都ではほとんど見たことがない。
俺の村にはちょいちょい交易に来てたけどな。
「とりあえずギルドに取り次いでくれないか? まだ意識は戻らないから引き続き保護しておくよ」
「分かった。ギルド長に報告しておくわ」
そう言ってグリフは仕事に戻っていく。
フィオナとお散歩がてら冒険者ギルドに行くことにした。
このまま顔を出すと掃除させられそうで怖いな……
いや、今日は貴重な休みなのだ! 一切仕事なんてしないからな!
ギルドに着いて、二階に上がる。
ギルド長室の前で、いつものようにノックして中に入ると……
「ギルド長ー。お疲れさまでーす」
「おう、ライトか。まずは俺の部屋から頼むわ!」
「掃除はしませんよ! 今日は休みなんですから! そんなことより知り合いの衛兵がエルフを保護したそうです。そのエルフは冒険者ギルドに用があるみたいですよ」
「エルフか…… 厄介だな」
「どういうことですか?」
「お前森の王国とこの国が国交が無いこと知ってるよな? 国交が無いってのは経済協力、軍事協力が出来ないってことでもある。
あいつらが俺達に用がある時ってのは国内で戦争絡みの何かがあった時ってのが多い。ギルドは個人としてなら依頼を出すことは出来るし、傭兵を雇うより安上がりだからな。要は戦力として俺達に依頼がくるのさ」
なるほど…… ある程度ではあるがエルフの国のついては知っているつもりだった。
だが国交が無いが故、こういう形でしか協力は得られないんだ。
「お前今日暇か? 休日手当は出す。そいつが起きたら話を聞いてきてくれ。俺はこれから王宮に顔を出さなくちゃいかんのでな」
個人的には恩がある種族だし…… 興味はあるな。
ギルド長は厄介者扱いしてたけど話を聞くだけならいいだろ。
休みが潰れるのはもったいないけど金は出るしな。
「いいですよ。今日は特に予定も無いですし。でもしっかり半日分は出してくださいよ!」
「はは! わかったよ。助かる。明日にでも報告をくれればいい。頼んだぞ!」
俺達はギルド長にもらった書状を持ってエルフの面会に行った。
なんのかんのギルド長ってすごいな。
この書状一つで軍事施設に入れるんだから。
エルフが保護されている兵舎に着くと、軍医が救護室に案内してくれた。
ベッドにはエルフの女が横になっている。
酷い…… 体中包帯だらけだ。酷い怪我なのだろう。
顔の左半分がえぐれ目は潰れていた。
「軍の中に回復魔法を使える人はいないんですか?」
「すまないな。獣人の国サヴァント国境付近でスタンピードの報告が入ってね。魔術師部隊の多くは前線に向かってしまったんだよ。ここに残っているのはヒールが使える者だけなんだ」
なるほど。ならフィオナの出番だな。
「頼んでもいいか?」
「分かりました。
パァァッ
優しい光がエルフを包む。
軍医が驚愕の表情でこちらを見ているが気にしない。
ギルドでの働きは隠せるものではなく、俺達はある程度ではあるが王都では噂の存在になっていた。
不思議な矢を放つ狩人と大魔法の使い手である女魔術師の噂だ。
一度噂が立ってしまえば隠し通せるものではない。
フィオナがトラベラーと知られ、後ろ指刺されても俺が守ればいいだけの話だ。
もう気にするのは止めた。
見る見る内にエルフの傷は癒えていく。
綺麗な顔だ。よかった、潰れた目も見えるようになるだろう。
「フィオナありがとう」
「どういたしまして。あ、目を覚ましそうですよ」
フィオナが言うや否やエルフの瞼が動く。
彼女は虚空を眺める如く視線を泳がせていた。
「…………?」
俺と目が合った。あれだけ酷い怪我をしていたんだ。
混乱させないように優しく声をかける。
「おはようございます。この度は大変でしたね。もう安心してください。傷は全部治りましたので」
「…………」
さて、少し落ち着かせてから話を聞くかな。
エルフはちょっと驚いた表情をしてから力無く口を開く。
だがその口からは驚きの言葉が……
「ライ…… ライトなの……?」
か細い声だが聞き覚えのある声。
包帯で顔が半分隠れていたから気付かなかった。
もしかして、この人……
「エリナさんか?」
彼女はエリナだ。間違いない。
二年ぶりに姉さんに会えた……
彼女に一体何が起こったというのだろうか?
「ライトなのね……?」
エリナさんは辺りを不思議そうに見渡し、俺に話しかける。
「ここは天国なの? そうよね。あなたがいるんだもの…… よかったわ。死んだらもっと恐い所に行くんだと思ってた……」
まだ混乱してるんだな。
気持ちを落ち着かせるために優しく声をかける。
「大丈夫。生きてるよ、俺もエリナさんも」
そう言って彼女に笑いかける。
するとエリナさんは俺に抱き着いてきた。
「……! ライト!? なんで生きてるの!? よかった! あなたの村に行ったのよ! スタンピードがあったって! 誰か生きてるかもって! お墓があった! あなたのもよ!」
あれか……
俺も死のうと思って自分の墓穴を作ったんだよな。
因みに俺の墓には村の皆の遺品、遺産の一部を埋めてある。
仇討ちが終わったら村に帰り、きちんとした墓を建てるつもりなんだ。
あのまま放置してたら野盗に荒らされちゃうしな。
「大丈夫。俺は生きてるよ。安心して」
エリナさんに抱かれたまま、彼女の背中を優しく擦る。
安心出来たかな? 彼女は堰を切ったように大声で泣き始めた。
もう少し時間がかかりそうだな。俺は彼女を抱きしめ続ける。
心配かけてごめんよ、エリナさん。
少しすると、ようやく落ち着いてきたようだ。
泣き声が止み、鼻をすする音だけが聞こえる。
「ぐす…… 生きててよかった…… 村のみんなは残念だわ。あなたは何でここにいるの? ここは王都でしょ?」
「あぁ、俺は冒険者……は辞めて、今はギルド職員として働いているんだよ。ギルド長からお願いされて怪我したエルフを見てこいってね。そしたらエリナさんがいたって訳」
「…………!?」
彼女は俺の言葉を聞いて、鬼気迫る表情で俺の両肩を掴んでくる!
「ライト! すぐにギルドに連れてって! 時間が無いの!」
「落ち着いて! 悪いけど今日はギルド長はいない。まずは俺に話して。そしたら朝一で報告に行くから」
エリナさんはあからさまに肩を落としため息を一つ。
そしてぽつぽつと語り始めた。
「スタンピードよ…… 戦力が足らない。外部から戦力の補充をするにはギルドに頼るしかないからよ……」
意外だった。エルフは近接戦闘は人並みだが、弓による遠距離支援、お得意の攻撃魔法で総合的な戦力はどの国の軍よりも強い。
だからこそアルメリア王国はエルフの大森林での自治を認めており、不可侵も守っている。
それほど彼らは強いのだ。俺は国内での戦争とかだと思っていた。
「言いたいことは分かるわ。私達だけでは対応出来ない奴が現れたのよ」
「ドラゴンとか?」
「それなら私達で何とか出来る。人型の気持ち悪い奴。まるで悪魔だった……」
「そ、それって……」
間違いない! アモンだ! 野郎! とうとう出やがった!
よりによって俺の友人にまで手を出したか!
すぐにでも大森林に……行けるわけがない。馬を使っても二ヶ月はかかる。
落ち着け…… ここで怒っても何も解決にならない。今は出来ることをしよう。
俺はエリナさんの身元引受書にサインし、彼女を宿に連れていった。
いかに辛い状況に陥ったとしても心の平穏は必要だ。俺達は再会を祝って銀の乙女亭で酒を飲むことにした。
「エリナさん…… 辛いだろうけど、今は楽しもう。今日だけでいいから」
「そうね…… ライトが生きていただけでも嬉しいわ。あ、それとその子を紹介してくれない? 彼女?」
「んー、ちょっと違う。旅の仲間かな。今は仕事の同僚。フィオナって言うんだ」
「フィオナです。よろしくお願いします」
「エリナよ、よろしくね。どうしたの? 何か怒ってる?」
「フィオナって人見知りでね。あんまり気にしないで」
エリナさんはフィオナがトラベラーだとは気付いていないみたいだ。
時が来たら彼女の素性を話せばいいかな。
「そう。ところで今日はここで泊まればいいの? あなたたちもここを借りてるんでしょ? 部屋が空いてなければフィオナさんと相部屋かしら? ふふ、ライトとでもいいわよ」
久しぶりに会ったってのに積極的だな……
フィオナがちょっとむっとした顔をしている。
「心配いりません。ライトさんは私と寝ますので。エリナさんの部屋は個室を用意してあります」
「なっ!? ちょっとライト! やっぱりフィオナってあんたの彼女じゃない! どういうことよ! 説明しなさい!」
ギャーギャーうるさい……
ふふ。嬉しいな。やはりエリナさんはこうじゃなくちゃ。
少し元気になってくれたかな。
俺達はこの後、昔話を肴に酒を交わした。
楽しかったな。村での宴会を思い出したよ。
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