4088回目の転生 其の四

「信じられん…… じゃが、お主の話は筋が通っている。やはり転生者というのは本当なのか?」


 俺はクロウリーに今までの全ての出来事を話した。頑固爺かと思っていたが、ちゃんと話を聞いてくれて良かったよ。


「はい。そして僕がこの世界で活動している目的…… それはあなたに空間魔法を伝授してもらうためです」

「ちょっと待て。フィオナじゃったか? お前の嫁さんのことじゃが、フィオナと出会うことと、わしから空間魔法を学ぶことがどう繋がるんじゃ? 

 この魔法の威力は絶大。誰彼構わず教えることは出来んぞ?」


 なるほど。たしかに空間魔法はすごいもんな。モラルの無い奴が瞬間移動を使えば、盗みに殺し、なんでもやれてしまう。

 でも俺はそんなこすっからいことに空間魔法を使うつもりはありませんて。


「先程の話ですが…… 僕は契約者として毎回この世に生を受けています。そして最後には約束の地に飛ばされてしまうんです。そこはなぜか一方通行。何をやってもそこから抜け出すことは出来ないんです。

 この魔法を使えば…… もしかしたら、約束の地からこの世界に戻ってくることが出来るかもしれないと思ったんです」

「約束の地? その話も詳しく聞かせてもらおうか。いや、その前に……」


 クロウリーは石像のように動きを止めた孫娘を心配そうに見ている。

 あ、忘れてた。そろそろ時空魔法を解除してあげなくちゃね。


 俺はセシルを指差して……



【時は動き出す】



 俺の魔法は効果を失い、セシルが再び動き出す……のだが、俺への殺気は未だ健在。

 彼女は俺の時空魔法で動きと思考を止められていたので俺達の会話の内容を知らないのだ。


 うーむ、どうするか。思案しているとクロウリーがセシルを止めてくれた。


「セシル。終わりじゃ。お主の負けじゃ。わしはライトを弟子とする。今は傷を癒せ。下がるんじゃ」

「そんな…… 私はまだ負けてない…… こいつが弟子だなんて私は認めない……」


 足を引きずりながらも俺との距離を詰めるセシル…… 


「セシル! 下がらんか!」

「…………!?」


 クロウリーの一喝に驚くセシル。

 我に返ったように踵を返し……


「負けてないんだから……」


 俺を睨んでからその場を後にした。

 ふー、助かった。あの手合いは自分が納得するまで戦いを止めないからな。


「では場所を変えよう。ついて来い」


 俺はクロウリーに連れられ、応接室で話の続きをすることにした。



◇◆◇



 俺達は紅茶を飲みながら話の続きをする。だが、クロウリーの表情は終始暗い。

 なんだろうか。ちょっと心配になるな。クロウリーは紅茶を一息に飲み込んでから一言。


「話は理解した…… じゃが、約束の地から元の世界に転移するのは無理じゃろうな」


 何だって!? 一体どんな理由で可能性を否定するのだろうか。


「なぜでしょうか?」


 クロウリーは、机から一冊の本を持ってきて、とあるページを開く。


「見てみろ。空間魔法というのは空間を捻じ曲げて、特定の場所に移動する魔法なんじゃが、その際に大量のオドが必要になる。移動する場所が近ければそれだけオドの消費は少なく、遠ければ遠いだけ大量のオドが必要になるわけじゃ」


 なるほど…… たしかにセシルはそこまでオドの内包量は高くなかった。でも瞬間移動は使えた。同じ空間で更に、近い距離だからそれが使えたって訳か。


「因みにわしでも一キロ先に瞬間移動することがやっとじゃ。それ以上は魔力枯渇症になってしまう。それだけ大量のオドを使うということ。人が異空間に転移することなど不可能じゃ」


 オドでは無理…… じゃあマナを使えばいけるんじゃないか?


「ではマナを使えばどうでしょうか?」

「ははは。何を馬鹿なことを言っとる。祝福持ちでもない限り、マナを使うこ……」


 クロウリーは言葉を詰まらせ、俺を見る。はい、正解です。


「マナの使用については問題ありません。いかがですか? 瞬間移動をする際の消費魔力をマナにすれば、それが可能なんじゃないでしょうか?」

「なんと…… 祝福持ちじゃったか!」


 驚きの表情のまま、再び本を読みだすクロウリー。とあるページに差し掛かるとその動きを止めた。そして…… 


「だめじゃ…… 諦めるんじゃ。これは仮説じゃが、異空間転移についての論文が書いてある。一緒に読むぞ。こっちに来い」


 俺はクロウリーとソファーに横並びになって本を読み始める。そこには……


「ワームホール…… 空間の二点間の距離を詰める通路のことを指し示す。空間魔法はこの考え方を基に作り出され、今日に至る。この方程式を基に収納魔法、瞬間移動は生み出されたが異界に渡るには莫大なエネルギーが必要となる。以下その方程式である……」


 本にはよく分からない数字と記号が書き連ねてある。なんのこっちゃかさっぱり分からん。


 クロウリーはペンと紙を取り出して、カリカリと計算を始める。そして導き出した答えは……


「この世界を埋め尽くすマナを全て取り込んでも全く足らん……」

「…………」


 マジかよ…… そんなに魔力が必要なんだ。

 そんな…… 諦めるしかないのか?


 でも一つの疑問が思い浮かぶ。約束の地に向かう転移魔法陣では異空間に行けるのに対し、なぜ戻ってくるのが不可能なのかを。


 そのことをクロウリーに説明してみると……


「その答えは簡単じゃよ。なんらかの制約を魔法陣に課してあるんじゃ。そうじゃな…… もしわしが管理者だったとする。わしは契約者がその魔法陣を使って異空間にくることに世界の全ての命をかけるじゃろうな。そうすることで制約の効果は高まり、異空間に飛ばすだけの魔力を発揮するのじゃろう。まぁこれは仮説じゃがな」


 世界の全ての命か。管理者ならそれも可能なんだろうな。

 でも何の制約も無く任意で異空間に飛ぶってのは無理な事実には変わりない。

 俺はどうしたら……



 バッ!



 俺は再び本を読み返す。まだ諦められない! 例えフィオナと出会えたとしても、俺が契約者として生きる運命は変わらないんだ。

 約束の地に行って戻って来れなかったら、元の木阿弥。また転生を繰り返えす羽目になる。そしてフィオナとは離れ離れに…… 


 そんなの嫌だ! きっとどこかに答えはあるはず! そう信じて俺は本を穴が開くほど読み続ける! 

 するとそこに希望をもたらす一文が記載してあった。


 それを読み上げる……


「空間転移を行うにはワームホールを大きくする必要がある。ワームホールというのは10^(-33)センチの極小の通路である。それを大きくすればいいのだ。理論的には可能である……

 だがそれを実用的な大きさにするには莫大な魔力が必要であり、現世においてその魔力源を獲得するのは不可能である。

 だが一つの仮説としてあげておこう。もしこの世にマイナスの質量をもった物質があるとする。仮にこれをエキゾチック物質と呼称する。このエキゾチック物質を何らかの方法で魔力に変換することが出来れば実用的なワームホールは作成可能であり、異界への通路は開かれることになるだろう……」


 エキゾチック物質…… なんだかエキゾチックな名前だな。そのまんまか。

 でもそのエキゾチック物質があれば、約束の地から現世に帰ってくることが出来るってことだろ? 

 

 仮説ってのもちょっと心配だな。この仮説が間違えてたら…… 


 でも歩みを止めればフィオナに会えたとしてもまたすぐに離れ離れだ。それは避けなくてはならない。

 なに、世界は広い。もとい、異界はたくさんある。そのエキゾチック物質とやらがある世界を見つければいいだけのことさ。


 今、俺にやれることは一つ……


「クロウリーさん、いや、クロウリー様! 僕に空間魔法を教えてください! お願いします!」

「じ、じゃが、これをお前に教えてもお前の目的は達成出来ないんじゃろ?」


「それは後で考えます。だが、この魔法は必ず僕とフィオナにとって有用なものとなる。だから…… お願いします!」


 俺は頭を下げる。なんだったら土下座したっていい。


「ふふふ…… 分かった。じゃが、わしの修行を辛いぞ」

「ありがとうございます!」


 よしっ! これで空間魔法を学べる!


 こうして空間魔法の修行が始まった。




 そして三年の月日が経つ……



 トントントントン



 俺は今、セシルと料理をしている。今日は俺の卒業パーティーなのだ。

 空間魔法の全てを習得し、明日には故郷に帰る。その前にみんなで食事をしようということになったのだ。

 俺の卒業パーティーなのになぜか俺が料理しているがね!


「ちょっと、ライト。お塩が切れちゃったわよ」

 

 セシルは塩の入っていたであろう壺を逆さにしている。

 うーむ。これからパスタを茹でるって時に、なんて嫌なタイミングであろうか。


「しょうがないな。僕が採ってくるよ」

「採って? 買ってくるんじゃなくて?」


「うん。故郷の山に塩湖があってね。美味しいお塩が採れるんだ」

「故郷って…… 今から行くの?」


「すぐに帰ってくるからね」


 俺は目を閉じてマナを取り込む。


 イメージする……


 いつもエリナに渡していた岩塩が採れる塩湖のビジョンを……


 俺は塩湖とこの場を繋ぐ二点を心の中でくっつける……


 見えた。そして……



【転移】



 俺が一言唱えると、そこには……

 天と地が一体となったような雨上がりの塩湖の美しい光景が広がっていた。

 なるべく綺麗な部分を採ってから再び転移する。


 戻った先にはセシルの驚いた顔があった。


「ライト…… あなた、本当にすごいわね……」


 むふふ。そんな誉めるなって。俺は採ってきた塩をセシルに渡す。

 お湯もちょうど沸いていたので調理の続きをすることにした。



◇◆◇



 豪勢な食事を食べ終え、一息つく俺達。


「ライトったら。口元が汚れてるわよ」

「むぐぅ。ありがとセシル姉さん」


 ふふ。この三年でセシルとはすっかり仲良くなった。可愛い弟弟子として俺のことを可愛がってくれている。

 自分のハンカチで俺の口を拭いてくれるなど、至れり尽くせりだ。


 でも、そのセシルはちょっと泣き出しそう……


「ねぇ、ライト…… 本当に帰っちゃうの? このまま一緒に住んでもいいのよ……?」


 ははは、そんなしおらしいこと言ってくれちゃって。

 でもごめんな。今はなるべく父さん、母さんと一緒にいたいんだ。だって彼らは俺が二十歳の時に……


「大丈夫ですよ。王都にはまた戻ってきますから。その時は必ずここに挨拶に来ます。だから泣かないでください、セシル姉さん」

「ライト……!」


 俺をぎゅっと抱きしめる。よしよし、泣かないで。

 それにしても中々かわいい子だったな。これが世にいうデレというやつだろうか。


 ちょっと悔しそうにクロウリーが言ってくる。


「セシルと離れんか…… それにしても流石じゃな。たった三年で空間魔法を習得するとは…… 転生者というのは伊達ではないな」


 ちなみにセシルも俺が転生者だということは知っている。中身は齢数万年だというのに未だ弟扱いだ。

 それも居心地が良かったので、そのままにしてもらったんだけどね。


 さぁ改めてお礼を言わないと。俺に新しい可能性を与えてくれた師匠にね。


「クロウリー様…… 本当にありがとうございました。これで俺はまた一つ強くなった。感謝します」

「…………」


 決意を込めた表情でクロウリーにお礼を言うが、ちょっと驚いた顔をしている。どうしたのかな?


「ははは。それがお前の本質か。ここに来て初めて自分のことを俺と言ったな。そしてその表情…… 子供のものではないわい。全く恐ろしいやつじゃな」


 あら、しまった。つい地が出ちゃったか。ちょっとセシルも驚いたみたいだけど、すぐにまた抱きしめられる。


「ううん…… どんなことがあってもライトはライトよ。私の大切な弟…… だから、辛くなったらいつでも帰ってきていいんだからね……」

「はい……」


 セシル…… ありがとう。もし俺に姉という存在がいたらこんな感じだったのかな。


 こうしてこの世界での目的を果たすことが出来た。




 そしてまた時は流れ……


 俺は二十歳になり、代行者が現れる……


 皆、いつものように死んで……


 俺はいつも通り管理者と共に果てる……


 そしていつものようにレイが……














『お帰り、ライト。今回もご苦労様』


 あれ? いつもは一声かけてから交代するだけじゃん。どうしたの?


『ちょっと伝えたいことがあってね。今回の転生で一つの答えを見つけたかもしれないんだ。それを君に伝えたい』


 答え? 一体何なんだ? 瞬間移動は覚えられたし、強くなったって感覚はあるけど?


『ほら、クロウリーに見せてもらった本でさ、エキゾチック物質ってあったでしょ? もしかしたらそれを作れるかもしれないよ』


 何だって!? どうやって作るのか分かるのか!?


『多分だけど…… 君は地母神の祝福を使ってマナが使えるでしょ?』


 うん。たしかにマナを使って、剣とか矢を具現化出来るよな。


『でも祝福の本質はそこじゃないんだよ。本当の能力は無から有を生み出すことにある。つまり君が願えばそのエキゾチック物質を君自身が作り出せるかもしれないってことさ』


 無から有を生み出す…… そうか、考えもしなかったな。

 ははは、全く俺も馬鹿だな。何万年も生きてるのに、自分の能力の本質に気付かないなんて。


『それを言ったら僕も同じさ。でもこれで君の願いに一つ近付くことが出来るはずだよ』


 そうか。ありがとな。そんな大事なことを教えてくれて……


『お礼を言うにはまだ早いよ。僕は君が眠っている間にエキゾチック物質を創造する練習をしておくね。そうすれば時間を無駄にすることなく、君に知識を引き継げるはずだ』


 何から何まですまないな。レイ、お前には本当に感謝してるよ。


『あはは。これは自分の為でもあるんだって。だから気にしないでね。それじゃ、もう交代の時間だね』


 そうだな。いつもの通りお前に体を渡さなくちゃ…… 

 じゃあ、俺は眠るとするよ……


『ふふ。次はどんな世界が待ってるんだろ。フィオナを助けるためだもんね。ライト、がんばろうね』


 そうだな…… 



 じゃあ、また会おう……ぜ……


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