パパとママ

 ドカカッ ドカカッ



 私はギルドに向かい馬を走らせる! ちょっとごめんなさいね! 急いでるの! 

 道行く人が私の姿を見て驚いてるけど、そんなのに構ってる暇は無い!


 マーニから飛び降り、私はギルド長室に駆け込む! 


「おじさん! 大変! 竜が!」


 ギルド長のことをおじさんと言ってしまった。

 普段はギルド長と呼ぶように注意されるのだけど、私が混乱してるのを察してくれたみたい。


「どうした? まずは落ち着け」

「落ち着いてなどいられません! り、竜がいます! 場所は北の森!」


「そうか。だがなぜそんなに焦っている? 竜ぐらいお前の力で何とか出来るだろ?」


 そうね。確かに小型の飛竜から中型のドレイクぐらいなら私一人で退治出来る。

 でも北の森にいるのは……


「ギルド長…… 恐らく竜の全長は百メートルを超えています。昔パパから聞いたことがあります。森の主…… 大型の赤竜が北の森にいるはずです……」

「森の主……」


 おじさんの顔が青くなる。

 そりゃそうだよ。森の主と言ったら天災クラスの戦闘力を誇る。

 魔物は様々な等級に別けられる。その中でも森の主は上級以上の伝説級と称される魔物だ。


 昔パパはその竜と戦ったことがあると言ってた。勝つには勝ったけど、その時は神級魔法を使い辛うじて勝つことが出来たって言ってた。

 昔はパパの活躍を胸を踊らせ話を聞いていたものだけど…… 


 私が使える魔法は超級魔法まで。それ以上は使える訳がない。

 いや、神級魔法を使えるパパとママがおかしいだけなのよ! 


 つまり今、アルメリア王国に竜を退治出来る力を持つ者はいないということ。

 赤竜相手だ。アルメリア軍、ランクの高い冒険者が全員集まっても退治出来るかどうか分からない……


「チシャ…… 俺は今から王宮に行って、報告してくる」

「はい。私はどうすれば?」


「お前はサクラと…… くそ、サクラは異界に行っちまったんだよな。なんてタイミングだよ、全く……」


 そう、サクラは竜を探す魔道具を手に入れるため、異界に旅立ってしまった。

 サクラの話では戻って来るのに一月はかかるとか……


「お前は逃げろ……と言いたいところだが、ギルドの責任者としてそれを言うことは出来ん。お前に王都防衛を命じる。だが絶対に死ぬな……」

「はい……」


 おじさんの気持ちは分かる。おじさんは私を実の娘のように思ってくれている。

 だけど力のある者が守るべきなんだ。私達が愛するこの場所を……


 あれ? サクラに出会う前は、王都が嫌いだったのに。愛する場所だなんて…… 

 ふふ、やっぱり私は変わったんだね。


 おじさんが部屋を出ていき、私はギルド一階に戻る。

 一階は多くの冒険者でごった返していた。招集がかかったんだ。

 冒険者は戦争、もしくは国家の危機の際は全てのクエストを放棄してギルドの緊急依頼を受ける義務がある。

 アルメリアに現れた竜…… それほど危険な相手ということだ。


 私は既におじさんから王都防衛を命じられている。

 受付から説明を受けることなく外に出る。



 フッ



 ふと日の光が遮られ、大きな陰が……


 あれ? 雲ってきた? 

 さっきまでよく晴れてたのに。


 空を見上げる。


 青空。雲一つ無い。


 目に入るのは青空を飛び回る竜の姿だった。  


 道行く人は歩みを止め、皆空を見上げる。


 絶望に言葉を失う。


 竜は王都上空を旋回してからこちらに向かってきた。


 まずい……


「逃げて!」


 私の声に正気に戻る者、私の声が聞こえていない者と様々だった。

 でもあまり関係無かったかな。その場にいた人はみんな……



 ゴォォォォォォッ!



「キャー!」

「助けてくれー!」

「熱い! 死にたくないよ……」

「うぎ……」


 死んでしまった…… 

 竜の吐いたブレスにその身を焼かれて……


 私は結界を張り、身を守ることが出来た。

 でもこのブレスを直接受けたら、私の結界魔法なんて一瞬で吹き飛んじゃうんだろうな。


 私の周りには生きている人はいない。

 ブレスに焼かれ、瓦礫と化した家々からは焼け焦げた匂いが辺りを漂う。


 このままでは王都が……


 少しでも時間を稼がなくちゃ……


 私は弓を取り出す。矢には付与魔法をかけてある。



 ギリギリギリギリ……



 渾身の力を込めて矢を放つ。



 ヒュンッ



 的は大きい。外すはずがない。狙い通り、矢は命中……



 キンッ



 あれ? この矢は貫通属性を限界まで強化してあるはずなのに…… 

 矢は竜の鱗に軽く弾かれてしまった。


 ふと竜の視線が私に向けられるのが分かった。



 ―――ゾクッ



 悪寒が走る。


 予感した。


 死。


 この場にいたら私は確実に死ぬ。


 逃げなくちゃ。


 でも…… 


 このまま一人で逃げるの?


 このままじゃ王都が完全に壊されちゃう。


 私の大切な思い出が詰まったこの街を……


 あんたなんかに壊されてたまるか!


「マーニ!」

『ヒヒィーン!』


 私はスレイプニルのマーニの名を呼ぶ! 私の声を聞きつけ、マーニはすぐにやって来る! 


「行くわよ! とにかく走って! 竜を王都から遠ざけるわよ!」

『ヒヒィーン!』


 

 ドカカッ ドカカッ!



 私はマーニを走らせる! 

 竜が私を追ってくる! そして竜は私を追い詰めるようにブレスを放つ! 



 ゴォォォォォォッ!



 ブレスが私の髪を焼く!


「マーニ! もっと急いで!」


 マーニは自慢の八本足を最大限に稼働させ、竜との距離を離していく。

 王都から大分遠くまで来た。ここなら少しは時間が稼げる……?


『ヒヒィーン…… ブルルルル……』


 でもやっぱりスタミナが違うわよね。マーニの速度を次第と遅くなっていく。

 このままでは私達は……


 私はマーニを止め、その上から降りる。

 マーニの顔を優しく撫でる。

 あなたはよくやったわ。 


「マーニ…… 逃げなさい」

『ヒィィンッ……』


 マーニは寂しそうに嘶く。

 ふふ、ダメだよ。ここにいたらあなたも死んじゃうよ? 

 私に付き合う必要なんか無いから。


 マーニは私から離れようとしない。

 ダメ。お願い。言うことを聞いて……


「行きなさい!」

『ヒィィン……』


 私の気持ちが伝わったのかな? 

 マーニは大きな顔を私に擦り付けてから、その場から離れていった。


 マーニ…… 元気でね……


 さぁ、ここにいるのは私とあなただけ。

 私が伝説級の竜相手にどれだけ出来るか分からないけど…… 

 やれるだけやってみるわ。


 竜はこっちに飛んでくる。


 撃ち落としてやる。


 ママ…… 力を貸してね……


 オドを練る。


 イメージする。


 ママが得意としたあの魔法。


 単体に使うならこの魔法が一番強いんじゃないかな?


 行くわよ…… 体の中のオドを全部使う。



 キュゥゥゥゥンッ



 オドが指先に集まる! 今!




vaggauratal!】



 バリバリバリバリッ!



 私の指先から放たれた電撃が竜を襲う!


『グワァァァッ!?』


 

 ズズンッ……



 vaggauratalを喰らい、体勢を大きく崩した竜は砂埃をあげて地面に落下した。

 竜は体から煙をあげてピクリとも動こうとしない。


 先程まで竜は上空にいたため、大きさを把握出来なかった。

 でも改めて見てみると頭から尻尾までは二百メートルを超えてるんじゃ……?


「やったの……?」 


 私はへなへなとその場に座り込む。

 別に腰が抜けたとかではない。この症状は魔力枯渇症だ。  

 体に力が入らない…… 

 でも今は動かないと……



 ―――チャッ



 私は最後の力を振り絞り、ダガーを手に竜のもとに。

 このダガーは伝説の金属ヒヒイロカネで出来ている。

 時間はかかるだろうけど止めを刺さなくちゃ。


 竜は生が強い。心臓を突き刺してもしばらく生きてることもよくある。

 確実に仕留めるには首を落とすしかない。


 私は竜に近付く。

 大きい…… 首回りは十メートルはあるんじゃないのかな……? 



 ―――ギロッ



 悪寒が走る。


 目が合った。


 笑ってるように感じた。


 竜の表情なんて読み取れるわけないのにそう思えた。


 もしかして……? いや、もう遅いわね。


 これは罠だったんだ。私を油断させるためにわざと魔法を喰らったんだ。


 全身の力が抜ける。私はその場に座り込む。


『グルルルォォ……』


 竜は立ち上がり、蛇が鎌首を上げるような態勢を取る。


 ブレスだ……


 私に反撃する力は残ってない。


 さっきの魔法でオドが空になっちゃったもの。


 私はここで死ぬんだね。


 せっかくパパとママが生きてることを知ったのに。


 せっかく妹のサクラに会えたのに。


 嫌いだった王都を好きになったのに。


 パパ…… ママ…… 


 最後に一度だけ会いたかった……


 私は目を閉じる。 



 ゴォォォォォォッ!



 竜がブレスを吐く音が聞こえた……


 …………


 ……………………


 …………………………………………



















  チシャ、よく頑張りましたね


 あれ? この声は…… ママ?

 おかしいな? 私は竜のブレスに焼かれて死んだはず。


 ここは天国なのかな? 

 神様が最後に私の願いを叶えてくれたの?



  久しぶりにこの世界に来たっていうのに、ゆっくり観光も出来ないなんてな

  ふふ。私達はそういう運命なんですよ


 今度はパパの声も聞こえる?



  チシャ、大きくなったな。今は少し休んでてな

  俺達はあの悪い子にお仕置きしてくるから


 え? これって? 

 私はゆっくりと目を開ける。そこには……



 ゴォォォォォォッ!



 二人の男女が私を守るように結界魔法で竜のブレスを防いでいた。


「それにしてもでかい竜だな」

「でもライトさんなら楽勝ですよ」


「気軽に言ってくれちゃって…… フィオナはサボる気だな?」

「ふふ。どうでしょうね?」


 パパ? ママ? 

 あれ? 二人の姿はあの時と同じ…… 

 ママはトラベラー。歳を取ることはないから分かるけど、パパも私と別れた時と同じ姿だ。


「ライトさん、ここは任せました」


 ママが結界魔法を解いてこちらにやって来る。


 

 ギュッ……



 ママは私を抱きしめる。

 その目には涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい…… 待たせてしまいました……」

「…………」


 その言葉を聞いて、私の目から涙が溢れ出す。

 何か言わなくちゃ。でも私の口からは嗚咽が漏れるだけ。

 私は泣くことしか出来なかった。


「あぁ! ずるいぞ! 俺もチシャを抱きしめたい!」

「ふふ、じゃあ早くあの竜を退治してきてくださいね」


「分かったよ!」



 ゴォォォォォォ……



 ブレスが止まり、竜は憎々し気にパパを見つめる。


「はは、どうした? もう撃ち止めか?」

『グワァァァッ!』


 パパは弓を取り出す。

 右手には青白く光る矢が…… マナの矢だ。


 

 ギリギリッ



 パパは軽く弓を引いてから……


「俺のかわいい娘を虐めた罰だ。じゃあな」



 シュオンッ ドシュッ



 矢が放たれる。


『グワッ? キュアァァァ……』


 矢は光となり竜に突き刺さった……瞬間に竜の体が塵になった。ただ一発の矢で。


 強いとかの問題じゃない。何なのこの力は…… 

 そうか、サクラは言ってたもんね、パパは神様をしてるって。  

 あはは…… ならこの強さも納得だ。


 竜を退治したパパも私のところに。


 ママと一緒に私を抱きしめる。


「チシャ…… 会いたかったよ……」


 その言葉を聞いて……


 動き出すの感じた……


 私の中の止まっていた時間が動き出す。




 私の物語はここから始まるんだ。

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