決着

 目の前には俺に化けた魔神オセがいる。

 顔面から血を垂れ流しつつ俺を睨む。

 そんな顔で俺を見るなよ。今までお前がしてきたことに比べれば、かわいいもんじゃないか。


『おのれ!』


 オセはダガーを抜いてきた。次の瞬間ダガーからマナの剣が伸びる。へぇ、そこまで能力をコピー出来るのか。

 だかオセはマナの剣を見て驚いている。ふふ、気付いたか。


『お前…… まさかギフト持ちか!?』

「正解」



 ―――ブゥンッ



 俺もマナの剣を作りだす。今度はチャンバラで勝負だ。

 オセが大上段から斬りかかる。俺はそれをマナの剣で受け止め……ない。

 受け止めた瞬間にマナの剣を解除する。


 どうなるか? 行き場を失くした力が地面へと向かう。

 攻撃が素直すぎる…… オセの斬激は地面を斬り裂いた。

 隙だらけだ。とりあえずダガーを……



 ―――ザクッ

 

 

 首に突き立てた。


『げはぁっ!』


 喉を押さえて距離を取る。

 こいつ、ステータスは高いが、戦いは素人じゃないのか? 

 自分より強い相手と戦ったことなんて無いんだろうな。


「猫ちゃん、変化を解いた方がいい。そのままじゃ一生俺に勝てない。だってお前、力を使いこなせてないもん。まぁ、俺も人のこと言えないんだけどね」


 言葉の通り俺も発展途上だ。制御出来ない力のせいでアイシャを死なせてしまったのだ。しばらくは身体強化術の最終段階は使うつもりはない。

 あれは今の俺では制御出来ない。本当に最後のカードとして取っておくつもりだ。


「ライト君、やっちゃえー!」

「ばうばう!」


 セコンドが俺にエールをかけてくる。ははは。じゃあそろそろ終わりにするかな。

 俺は再び構えを取るが…… オセはワナワナと震えている。笑顔と怒りが混ざったような複雑な表情だ。 


『くふふ…… 許しません…… もう許しません…… 許すものかぁぁぁ!』


 オセは絶叫と共に変化を解いた。

 元の豹の姿へと戻り、殺意溢れる視線を投げつける。

 おぉ、恐い恐い。


「怒らせちゃったかな猫ちゃん? 全身の毛が逆立ってるぞ」


 俺を威嚇しているオセだが、一瞬で顔付きが元のムカつくすまし顔に戻る。


『ふふふ…… 申し訳ない。傷を負ったのなど初めての経験でしてね。私らしくもない。我を失ってしまうとは』


 冷静になったか。ちょっとまずいな。あのまま怒りに任せて攻撃してくれれば楽勝な相手だったのだが…… 

 冷静になったコイツは何をするか分からない。注意しておこう。


『全く…… こんな楽しい戦いは初めてですよ。なので貴方には最高のプレゼントをしようと思います。私の力は変化だけではないのですよ。私が持つ本当の力をお見せしましょう。それを冥途の土産とさせていただきます』



 オセは両手を胸で交差させ呪文を唱え始める……



qiareve mosrarta qiareve mosrarta qiareve mosrarta……』



 ―――サァァッ



 辺りに黒い霧が立ち込める。これは……?


「ばう! ばう!? くぅぅぅーん……」


 後ろを見るとおじさんが泡を吹いて痙攣している。何が起こった? 

 続いてルージュが膝を着いて泣き出した……


「お父さん! お父さん! ごめんなさい! お願い! もうぶたないで! いい子になるから! 許して! 言うこと聞くから! うわぁぁぁん!」


 これは一体……?


「ライトさん! 気を付けて! これは精神干渉魔法です!」


 精神干渉魔法? 初めて聞く魔法だ。

 だがおじさんとルージュの姿を見ると、ただ事ではないことは理解出来る。


『その通り。この魔法はね、人の一番嫌な記憶を呼び覚ますのです。人というのは嫌なことを忘れることが出来る。逆に忘れないと辛くて生きてはいけませんからね。

 しかし完全に忘れたわけではない。ただ頭の中で封印しているだけです。想像出来ますか? 思い出したくない一番嫌な思い出、それを延々と見せられるのです。ふふ、死ぬ以上の苦痛ですよ。これに耐えられる者は存在しない』

「そうですか? 私には効かないと思いますよ」


 オセの言葉を聞いてフィオナが俺と肩を並べる。一緒に戦ってくれるのか? 

 そうだな、二人で速攻をかければ……


『貴女は不死人か……? ふふ、そんなことはないですよ。貴女は今、体を思うように動かせますか?』

「何を言って…… これは!?」


 フィオナの体が震えている。どうしたんだ? フィオナも嫌な記憶があるのだろうか?


『確かに貴女は恐怖を感じないのでしょう。ですが異界で何度も死を経験している。それは苦痛を伴う思い出として体が記憶しています。貴女に干渉するには充分条件を満たしているはずですよ』

「ラ、ライトさん…… 逃……げて……」


 そう言うとフィオナは石像のように一切の動きを止めた。

 そんな…… オセはニヤリと笑い、俺を見つめる。

 く、来るな……


『次は貴方の番です! さぁ、思い出しなさい! 貴方が一番忌み嫌う思い出を! その悪夢に包まれて永遠の眠りに落ちなさい!』



 ―――サァァッ



 黒い霧が俺を包む! 足元の地面が消え、浮遊感を覚える…… 

 そして俺は落ちていった。記憶の海へ…… 


 怖い…… 一体何なのだろう。

 俺が見たくない思い出……とは……

















 ここはどこだ? 


 俺はベッドに座っている。


 寝慣れたベッド。


 嗅ぎ慣れた枕の匂い。


 この落ち着く匂いは……


 グラン…… 故郷の村だ! 俺の家だ! 

 父さん! 母さん! くっ! 体が動かせない! 


 そうか、俺は思い出の中にいるのか。

 この光景…… まだあの花瓶がある。

 ここは俺の部屋だ。あの花瓶は十六の時に割ってしまい、酷く怒られた。

 その時期か、それ以前か。


 ん……? ドアの後ろから気配がした。誰だ?



 ―――トントン



 ノックの後にドアが開く。そこには……


『入るわよ。ライト、明日は狩りに行くんでしょ? ふふ、あなた本当に腕がいいわよね。獲物は期待してもいいかしら?』

『母さん、何かリクエストある? 俺は猪を狩るつもりなんだけど。兎は飽きちゃったしね』


『そうね、出来れば鳥もお願い出来る? ついでにキノコが生えてたらお願いね。あと薬草も切らしてたかしら? この時期は山葡萄も美味しいのよね。山芋もそろそろかしら?』

『リクエスト多いな!? ま、がんばるよ』


『ふふふ、ライトは本当にいい子ね。今日は早く寝るのよ』


 母さん! 母さんだ…… 

 意識の中とはいえ、俺は泣いていた。嬉しかった。もう会えないと思っていた母さんに会えた。

 例え思い出の中とはいえ、鮮明に、活き活きとした母さんの姿を見たら涙が止まらなくなった。


 母さん…… 会えて嬉しいよ……


 ん? でもこの時期に酷い思い出ってあったか? 

 村の皆とは仲良く過ごしてたし、家族仲も至って良好、彼女はいなかったのは相変わらずだったはず……


『さてと……』



 ―――ゴソッ



 記憶の中の俺はベッドに入った。そしてマットの下から一冊の本を取り出す。


 春画だ。しかもマニアックな人妻物だ。かなり内容のエグイやつ……


 思い出した…… 


 俺が最も忘れたい忌み嫌う思い出を……


 記憶の中の俺は春画を片手にゴソゴソし始める!


 やめろ俺!


 お前にはこれから人生最大級の危機が訪れるんだ!


 今なら間に合う!


 春画を閉まえ!


 寝たふりをしろ!



 ―――ガチャリ



 ドアが開く音がする。



『あ、そうそう、明日出発前に……』

『…………』



















 世界が凍り付いた瞬間だった。


 母さんは何も言わずに扉を閉める……


 いやーーーーー!  


 思い出した!


 もー! 死にたい! 消えたい! 


 神様! 俺からこの記憶を奪い去ってください! 


 俺は記憶の中で頭を抱えて蹲る! 身悶えする! 

 嫌だ! 見たくない! こんな思い出を見続けたら精神が崩壊してしまう……かなぁ? 


 そうでもないぞ? 確かに忘れたい過去だが耐えきれないほどではない。

 いや、そもそもこれが俺の中の忘れたい記憶のトップなのか? 

 もしこれが一番嫌な思い出なのだとしたら俺って幸せ者だったんだな。

 出来れば二度とこんな体験はしたくはないが……



 ―――フワッ



 そう思うとまた浮遊感を感じる。今度は空に昇っていく感覚を覚えた。

 そして……


「ん…… ここは?」


 俺は帰ってきた。目の前には俺が覚醒したことに驚く猫の姿が見える。


『ばばば、馬鹿な!? 記憶の海から帰ってきただと!? 貴様は一体何者だ!?』


 オセは震えが止まらないようだ。これから訪れる自分の絶対的な死に対しての震えだろう。


「ただのギルド職員だよ。全く嫌な思い出見せやがって…… でも元気な母さんの姿を見れたし、一応お礼言っておくか。ありがとな、痛くないよう一撃で殺してやるから」

『嫌だ…… た、助けてくれ……』



 ―――ダッ



 オセは俺に背を向けて四つ足で逃げ出した。

 逃がすかよ。身体強化術を発動する。


 視界から色が消えた。高速回転クロックアップした俺にとってオセの俊足も亀の歩みに等しい。


 今まで多くの命を奪ったことを償うがいい。

 オセの目の前に移動し大上段にマナの剣を構える。

 約束通り一撃だ。今度生まれ変わったら真面目に生きろよ。それじゃあな。



 ―――ザンッ ドシュッ



 俺はオセの頭に剣を振り下ろした。



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