叙爵 其の三

「ライトさんに似合う服かー。何がいいかなー」


 グウィネは楽し気に俺達の前を歩く。今日は叙爵の場にふさわしい洋服を買いに行くのだ。

 ついでにフィオナにもドレスを一着購入しようという話になった。


 グウィネは理髪店を経営していることもあり、洋服のセンスもいい。

 知り合いの中でコーディネートについて彼女ほど頼りになる者はいないだろう。


「グウィネはサヴァントでは普段どんな服を着てたんだ?」


 そう、彼女の家は貴族の家柄。准男爵家だっけ? 五爵の下だけど、士爵よりは上だ。

 意見を聞いておこう。


「あんまりライトさんと変わらないですよ。ふふ、いつもドレスを着てると思ってましたか? でもパーティ用のドレスとかは数着持ってましたね」

「男はどんな服を着ればいい?」


「いい生地を使ったダブレットがあればいいですよ。叙爵の場だったら華美にならず、落ち着いた色がいいですね。ほら着きましたよ」


 グウィネと話ながら歩くこと数分。ようやく目的地に……?

 ここが服屋か。うわっ。明らかに俺には敷居が高い。建物の周りには花が活けてあり、窓にはいい布を使っていると思われるカーテンが見える。

 入口には看板が掲げられている。それは木製ではあるが服の形に加工されており、店主のセンスの良さが感じられる。


「あれ? ここって…… ミルキさんのお店ですよ」

「ミルキさん? そうか、たしかフィオナに服をくれた人だよな」


 俺はあまり面識は無いが、フィオナは風呂でミルキさんによく会って話をするそうだ。

 知り合いが経営している服屋なら心強い。俺達は店の中に入る。少し緊張するな。


「いらっしゃいませ。今日はどんな洋服をお選びでしょうか? あれ? フィオナちゃんじゃないの。グウィネちゃんも。どうしたの?」

「ふふ。店長さんとフィオナさんは知り合いなんですね。よかった。今日はダブレットを一着、こちらのライトさんに見繕って欲しいんです。まずは生地を見せてくれますか?」


「いいわよ。ちょっと待っててね」


 意外な展開になったな。ミルキさんは俺以外と顔見知りのようだ。安心して服を作ってもらえそうだな。

 ミルキさんは倉庫から生地を抱えて戻ってくる。


「今の流行りは赤ね。生地には砂漠トカゲの皮を使ってるの。少し高いけど、この鮮明な赤はこの生地にしか出せないの。お勧めよ」


 お値段は…… 一反で二百万オレン!? 高い…… 

 さすがに一反も布を使わんとは思うが、手間賃だったりを考えると恐ろしい額になるだろうな。


「んー。この色は派手過ぎるし、ライトさんには合わないかな……」

「そうか、ダブレットはライト君が着るんだものね。ちょっと待ってて」


 ミルキさんは俺の前にやってくる。うわ、近くで見るとかなりの美人だ。年上だけど、それを感じさせない上品さを感じる。


「ふふ、こうしてお話をするのは初めてね。ミルキです。よろしくね」

「は、はい…… よろしくお願いします」


「それじゃライト君、ちょっとこっちに来てくれる?」


 ミルキさんは俺を鏡の前に連れていき、椅子に座らせて髪を整えていく。


「ごめんね。イメージを湧かせたいの。叙爵の場なら…… この髪型ね」


 ミルキさんは整髪料を使い俺の髪をセットする。これはオールバックっていうのかな? ガキっぽい俺の顔が少し大人っぽく見える。


「ふふ、かっこいいわよ。この髪型なら…… 見えた! ちょっと待ってて!」


 ミルキさんは再び倉庫に向かう。その間、グウィネとフィオナが俺のもとに寄ってきた。


「んふふ。ライトさん、似合ってますよ」

「そうですね。いつものライトさんじゃないみたい。そうだ! 叙爵式の前に店に来てくださいね! 私がかっこよく髪を整えてあげますから!」


 女子がキャーキャー騒いでる。はは、鏡越しに見るフィオナの顔、人族の女の子その物じゃないか。いい意味で変わったな。


 俺達が騒いでるとミルキさんが戻ってきた。今度はどんな生地なんだろうか?

 

「これを見て。昔からの人気商品。マッドベアの毛皮を元に仕上げたの。色は脱色することで落ち着いたグレイとなり、染色もしやすい。値段も一反で五十万オレンとお手頃よ」


 さっきの生地よりは安いが、それでも五十万オレンか…… でも俺が買うであろうダブレットは一生物だし、一着は持っていても損は無いよな? 

 買うか…… グウィネに目配せをする。


「これにします。この布を使ってダブレットを作って下さい。グレイを基調として華美にならないよう飾りもお願いします。全部で幾らになりますか?」

「そうね…… 手間賃を含めると百万オレンでいいかな」


 百万オレンか。貯金を全部使えば払えない額じゃない。でも明日から節約しなくちゃ…… おかずを一品減らそうかな?


「ライトさん、お金は大丈夫ですか?」

「何とかな。でもほぼ全財産だよ。フィオナのドレスを買う余裕は……」


「ううん、気にしないでください」


 フィオナは微笑んでくれるが、少し哀しそう。うぅ…… ごめんよ。

 でも俺は叙爵式に出なくちゃいけないんだ。フィオナのドレスは今度買ってあげるから……


 その様子を見たミルキさんは微笑んでから話しかけてくる。


「あら? フィオナちゃんもドレスを買うつもりだったの? 早く言ってよ! フィオナちゃん! ちょっといらっしゃい! グウィネちゃんも一緒に来て!」

「ミルキさん? って、ひゃあんっ!?」

「わわっ!?」


 ミルキさんは強引に二人の手を引いて裏に行ってしまった。何をするんだろうか?



 ―――三十分後。


 

 みんな戻ってこない。仕方ないので売り物である洋服を見て時間を潰す。

 男性、女性問わず、様々な服を売っている。

 凄い世界だな。一着で一千万オレンのドレスもあった。

 かなり際どい女性物の下着も売っている。

 凄いデザインだな。これって、ほとんど紐じゃん。

 これをフィオナが穿いてくれたら……なんて思っていたら、後ろから声をかけられた。


「お待たせしました」


 フィオナ? 後ろを振り向くと……

 視線の先にはフィオナがいた。彼女はドレスを着ている。

 うわ…… 美人だ…… すごく似合っている。ドレスは黒を基調としたシンプルなものだったが、胸元は大きく開いており、胸の谷間がよく見えるものだ。足はスリットが入っている。

 それにいつもの髪型ではなく、ウェーブがかかっていた。


「どうですか? 似合いますか?」

「う、うん…… すごく…… 綺麗だ……」


 フィオナは俺の言葉を聞いて笑顔になる。

 いつもかわいいと思っていたが磨けばここまで綺麗になるとは…… 

 俺ってすごい美女とお付き合いしてたんだな。


「ふふ、二人共照れちゃって。このドレスはサンドクローラーの繭から出来た生地を使ってるの。本来なら百万オレンはくだらない品よ。でもね、これはフィオナちゃんにあげるわ」


 あげる!? 百万オレンの品を? そんな悪いよ。お断りしないと。


「ふふ、心配しないで。ライト君、フィオナちゃんにプレゼントした服を覚えてる?」

「はい。すごくセクシーな服でしたね」


 あれは時々フィオナに着てもらっている。

 人に見せるのはちょっと嫌なので、俺の前だけでだが。


「フィオナちゃんがあの服を着てくれたおかげでね、店の売上が倍増したの。これはそのお礼として取っておいて。それとお願いがあるんだけど……」


 お願い? あのセクシー衣装とこのドレスを頂けるんだ。可能な限りお願いは聞いてあげないと。


「悪いんだけど、そのドレスを着て少し町を歩いてくれない? 少し私の店を宣伝してきて欲しいのよ」


 ははは、なるほどね。そんなことお安い御用ですとも。


「分かりました。フィオナ、グウィネ。そろそろ行こうか」


「はい……」

「はーい。ふふ、フィオナさんとっても似合ってますよ」


 それにしてもいい買い物だったな。さて会計をしないと。ミルキさんにお金を渡すと……


 財布の中には二万オレンしか残らない。

 うぅ…… 明日から節約生活が始まるのか。

 ギルド長に宝石を貰ったから、それを換金することも出来る。だがそれは出来れば虎の子の資金として取っておきたい。


 ダブレットは明後日には出来上がるようだ。これで叙爵式に恥ずかしい想いをしなくて済みそうだな。


 店を出る前にミルキさんに呼び止められた。

 何か言い忘れた事でもあるのかな?


「うふふ、これは特別にプレゼントよ。これからもうちのお店をよろしくね」

「あ、ありがとうございます」

 

 と紙袋を渡された。何が入っているのだろうか?

 宿に帰ったら開けてみよう。



◇◆◇



 店を出るところでグウィネと別れた。今から仕事に戻らないといけないそうだ。悪かったな。

 そういえば今日は金鏡日で理髪店は通常営業のはずだ。無理に付き合ってくれたのだろう。今度お礼をしなくちゃな。


 帰路に就く俺達だがフィオナは購入したドレスを着たままだ。ミルキさんの言う通り、少し回り道をして帰る。

 フィオナは自分が着ているドレスを落ち着きなく見ていた。


「そのドレス気に入った?」

「はい…… このドレスを着た私を見たライトさん、すごく嬉しそうだったから……」


 フィオナが俺の目を見ない。恥ずかしがってるのかな。

 かわいい。ちょっといたずら心が湧いてきてしまう。俺はフィオナを見つめ……


「お嬢様。手を繋いでもよろしいでしょうか?」


 そう言って手を差し出すと、フィオナが焦ったように口をパクパクする。


「はい……」


 フィオナはおずおずと手を握ってきた。ふふ、今夜も美味しく召し上がってしまおう。

 彼女の手を握りながらしょうもないことを考えていた。


 そして宿に帰りゆっくりする。

 夜も更けてきたので、そろそろ寝よう……と思ったが、ミルキさんにもらった紙袋を思い出した。


 開けてみると、そこには……

 フィオナを待つ間に見ていた、凄いデザインの下着が入っていた。

 こ、これは……


 俺はフィオナに下着を渡す。


「これを穿くんですか?」

「も、もし良かったらなんだけど……」


 フィオナは戸惑うことなく下着を穿く。

 後ろから見ると、フィオナの綺麗なお尻が……

 うん、想像通り。セクシー過ぎます。

 もう自分を抑えられなかった。

  

「フィオナー!」

「きゃあんっ」


 その晩はいつも以上に燃え上がってしまい、フィオナの嬌声が銀の乙女亭にこだました。

 言うまでもなくオリヴィアに部屋に踏み込まれてしまい、こってりお灸を据えられてしまった……


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