呪われ英雄騎士 国が理不尽な目にあっているので、報復することにした

柊遊馬

第1話、呪い


「――おお、人間とは何と愚かしい生き物であろうか!」


 紫と漆黒のローブを纏う男――邪教教団の暗黒魔術師は、叫んだ。


「欲に目がくらみ、醜く肥え太った豚どもと、それに支配される脳味噌のないウジ虫の民。悪知恵の働く者たちは、そうしたウジ虫から、善意を装いさらに財産をむしり取る。それに気づかぬウジ虫は愚かしく貧困に喘ぐ。上も馬鹿なら下も馬鹿。揃いも揃って役に立たないクソ」


 いや――暗黒魔術師は背筋を伸ばした。


「豚やクズの肥やしになるだけ、ウジ虫も役に立っているのかもしれない。自分たちをウジ虫だと思えない愚民どもは救い難い。が、我々は慈悲深い。豚もクズもウジ虫も、すべて公平に扱う。我らの邪神復活のために、仲良く全て糧としてやる!」

「そんなことはさせない!」


 凜とした女の声が響いた。現れたのは、白き甲冑をまとうユニヴェル教会の神殿騎士。銀髪をショートカットにした凜々しく、若い女騎士だ。


「おやおや、神殿騎士のお出ましか」


 暗黒魔術師が手を振ると、同じくローブを纏う戦士たちが武器を抜いた。


「こんなところにまで来るとは、よほど英雄の墓標が大事と見える。……うん? 一人か?」


 石造りの室内。大きくはないが、教会のように厳かな雰囲気を漂わせるその場所は、五十年前、ヴァンデ王国を悪魔の侵略から救った英雄王子アレスの墓。

 暗黒魔術師は、英雄を象った石像と棺の前に立っていた。


「騎士一人とは、お仲間は魔物どもの餌になったか?」


 キヒヒ、と黒ローブたちは嫌らしい笑い声を上げた。女騎士の双眸が鋭くなる。


「黙れ! 邪神を崇拝する外道! 成敗してくれる!」

「ふはは、勇ましいな、女騎士よ。だが、たかだか貴様一人にやられる我々ではない!」


 暗黒魔術師は、次の瞬間、右手を突き出した。その瞬間、女騎士は目を見開く。体が、動かない。


「くっ、何をした!?」

「闇術『金縛り』。この程度の術に掛かるとは、貴様は大したことがないな」

「卑怯な……」

「戦いに卑怯も何もない」


 あからさまに侮蔑の表情を浮かべる暗黒魔術師。


「ああ、そうだ。貴様たち騎士の得意の口上だな。自分の得意分野を正しいと言い張り、それ以外は、邪道だ卑怯だと貶めて正論ぶる。汚い、さすが騎士は汚い! ……卑怯なのはどちらのほうかなぁ」


 そういうと暗黒魔術師は、女騎士に背を向けた。英雄の棺に向き直り、ズボンを下げる。

 女騎士は驚いた。


「な、何を……!?」


 暗黒魔術師は、棺に用を足した。ヴァンデ王国の英雄。国を思い、民を思い、犠牲になった王族の墓を汚す。女騎士は叫んだ。


「き、貴様っ、やめろ! それでも人間かっ!」

「――我々も思うところはあるわけだ。この男がいなければ、とっくにこの国は滅んでいたんだよなぁ」


 しっかり出した後、暗黒魔術師はズボンを上げた。すっきりした顔で振り返る。


「安心しろ。この棺は空っぽだ。ここは英雄アレスの墓だが、所詮は王国の民が、呪いで死んだ間抜けな英雄を讃えるための場所だ。……クソッタレ英雄の死体は、ここにはなかった!」


 暗黒魔術師は棺の蓋を蹴飛ばした。


「悪魔を滅ぼしたクソ英雄の死体が残っていれば、儀式の材料になるかと思ってきたのに、とんだ無駄足だ!」


 荒ぶる呼吸を整えて、暗黒魔術師は襟元を緩めた。


「空振りだったのは残念だが、せっかく神殿騎士殿が来てくださったのだ。徒労に終わった苦労の慰めとなってもらおうか」


 クヒヒッ、と周りの黒ローブたちが、女騎士へと近づく。金縛りの術で身動きができない女騎士は、何とか動こうとするも、体が言うことを聞かない。


『……人がぐっすり眠っていたのに、随分と騒がしいことだ』


 ふっと、男の声が降ってきた。若くもあり、しかし重々しさも感じさせる声に、暗黒魔術師も黒ローブたちも、慌てて周囲を見渡した。


「だ、誰だ?」

『――誰だと思う?』


 すっと、暗黒魔術師の背後に黒い靄が現れる。おおっ、と黒ローブたちは危険を感じてとっさに身を引いた。禍々しい負のオーラだ。


『墓地では静かにするというのがマナーというものだ。……そうだろう?』

「っ!?」


 暗黒魔術師の背後に、漆黒の甲冑を纏った騎士が立っていた。呪いのオーラが全身から湧き上がり、さながら地獄からきた亡霊騎士のようでもある。兜に覆われた素顔は見えないが、ギラリと目が光っている。


「アンデッドか!? 腐っても墓地ということか!」


 暗黒魔術師は素早く下がった。


「亡霊騎士、それともリビングデッドか。それとも呪いの鎧人形か……!」

『残念だが、どれも違う』

「フン、闇の眷属ならば、我が闇の魔術で操れる! 我に従え! 闇の傀儡!」


 暗黒魔術師は腕を突き出し、闇術を、漆黒の騎士にぶつける。しかし――


『無駄だと言っている!』


 漆黒の騎士の腕から黒い靄が勢いよく噴射され、それは瞬く間に暗黒魔術師と、黒ローブたちを包み込んだ。


「うわっ、何だ!?」


 真っ黒な靄に覆われることしばし、やがて視界が晴れると、魔術師と黒ローブたちは、その場に膝をついて蹲っていた。


「何としたこと、だ……これは、呪い、かっ!」


 体の水分が抜けて蒸発するが如く、闇のオーラが立ち上る。


 明らかに『呪い』状態。それは人の体に災いを与え、身体や精神能力を下げたり、病気にしたり、最悪『死』に至らせたりする。


「こんな、強い……呪い、とは――!」

『さて、人の縄張りに土足で踏み入れた愚か者どもよ』


 漆黒の騎士は、無感動な声を向けた。


『この国の者ではなさそうだ……。ああ、そうだ。そのローブの紋様、見たことがある。邪教教団モルファーだな?』

「我らを知っているか!?」


 暗黒魔術師が呼びかければ、漆黒の騎士は兜の奥で薄く笑った。


『ああ、もちろん知っているとも。我らが祖国ヴァンデの敵。我が体に呪いを刻みし悪魔を野に放った大罪人――』

「貴様は、もしや……!」

『ヴァンデ王国第一王子、アレス・ディロ・ヴァンデの前である。控えろ、下郎――!』


 その瞬間、床から闇の靄が生えて、魔術師と黒ローブたちを再び飲み込んだ。聞こえるのは男たちの悲鳴。


『我を蝕んだ呪いの味は如何かな、大罪人どもよ』


 漆黒の騎士は兜を外した。現れたのは二十代半ば、黒髪の青年。五十年前に消えた英雄王子アレスその人だった。


 呪われし、英雄騎士は、今ここに蘇った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※次話より、基本は一人称になります。

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