第88話、大聖堂の守護者


 大司教の姿は、それだけで周囲の注意を引いた。

 同時に、戦闘の場に似つかわしくないとも思われた。神殿騎士たちは慌てる。


「大司教様!? ここは危険です! お下がりください!」

「へぇ、こんなところに、教会の偉い人がノコノコやってくるとはなぁ」


 邪教教団戦闘員は首を振った。


「襲撃に慌てふためいて逃げ回るのがお似合いだろうに、意外に太いのな。だが爺さんよぉ、若い者からの忠告だ。死にたくなければ去りな」

「これはまた、異なことを」


 ガルフォード大司教は、どこまでも落ち着いていた。


「君たち邪教教団からすれば、ユニヴェル教会大司教が目の前にいたならば喜んで殺すものではないのかね?」

「お下がりください! 大司教!」


 神殿騎士たちがガルフォードの前に出るが、大司教は、それを避けて自分が前に出る。


「それ以上前に出るんじゃねえ、ジジイ! オレたちの目的はあんたじゃないんだ。だが、だからといって殺さないって理由にはならないんだぜ!」


 別の戦闘員が、吹き矢を飛ばした。完全に前の戦闘員に注意を引いての攻撃。普通ならば避けられない。


 しかし、首を傾けて、ガルフォードは自分への攻撃を躱した。周囲から当たったのではないか、と騎士たちの悲鳴が上がりかける。

 それはソルラも同じだ。


「大司教様! お願いです、逃げてください!」

「あぁ、心配いらないよ、ソルラ・アッシェ。今、助けるからね」

「やかましい!」


 別の戦闘員が曲刀を振りかぶり、ガルフォードに斬りかかる。今度こそ悲鳴が上がった。誰もが、大司教が凶刃にやられたと思った。

 しかし、両断されたのは戦闘員のほうだった。光が走り、真っ二つになった敵をよそに、ガルフォードは小さな棒きれのような杖を、ソルラを捕らえる邪教教団戦闘員に向けて。


「光よ」


 光線が走り、ソルラをかすめて、戦闘員の脳天を撃ち抜いた。一瞬で絶命した戦闘員はそのまま倒れるように崩れ、ソルラもそれに巻き込まれて床に倒れる。焦げた臭いが、ソルラの鼻腔をくすぐった。

 そこからはガルフォードの独壇場だった。杖を向け、光が走り、邪教教団戦闘員が順番に貫かれて倒れていく。


「そんな……!」


 最後の一人が背を向けて逃げる。ガルフォードは冷静に、逃げる敵の背に杖を向け、そして光を撃ち込んだ。途端、糸の切れた操り人形のように、バタンと床に崩れた。


「大司教様!」


 神殿騎士が駆け寄る。ガルフォードは小さく息を吐き出すと、小さく首を振った。


「死体を片付けなさい。怪我人は治療しなさい。あと、神聖な聖堂に付着した血は全て洗い流すように」

「は、はっ!」


 神殿騎士たちは指示に従う。ソルラは、邪教教団戦闘員の死体の手を体で振り払うと、そのまま尻もちをついた形で、辺りを呆然と見回した。

 そこへ、ガルフォードが歩み寄る。


「怪我はないかね、ソルラ・アッシェ」

「は、はい。大司教様」


 慌てて立ち上がろうとして、後ろ手に縛られているソルラは、それ以上は難しかった。


「申し訳ありません! このような無様な姿を見せてしまい……」

「君が無事でよかった。何かあれば、アッシェ神父に申し訳が立たないからね」


 先ほどまでの冷徹ささえ感じさせたところもなく、柔和な調子でガルフォード大司教は言った。杖から光が走り、ソルラの手を縛っていた縄が切れた。


「すみません……」

「いいんだ」


 大司教は、ソルラが立ち上がるのを手伝うと、そのまま奥へ行くように誘った。


「大変だっただろう。まずは休みなさい」

「いえ、私のことより、大司教様のほうが……。大丈夫でしょうか?」


 高齢のガルフォードである。魔法とはいえ、あれほどの動きをしたら消耗もまた大きいはずだ。外見六十代に見えても、中身は九十代だ。無理はさせられない。


「私のことなどよい。教会に何かあれば、守るのが私の役目だ」


 ガルフォードは祖父が孫を労るように言った。



  ・  ・  ・



 大聖堂は騒がしかった。


 やはり暗殺ギルドから送られた暗殺者パーティーが何か仕掛けてきたのか。夜中にもかかわらず、室内は明るく、神殿騎士たちの姿も見える。


「何事か?」

「あっ、アレス・ヴァンデ大公閣下!」


 俺が声をかけたことで、神殿騎士は背筋を伸ばした。

 邪教教団による襲撃があったらしい。暗殺者ではないのか? 運ばれていく死体を見れば、確かに格好は邪教教団のようだが……。


 さらに驚くべきは、ソルラが捕まり、連れ去られそうになったという。何故かと聞いたら、わからないという神殿騎士の答え。そりゃそうか。襲撃者がわざわざ教えてくれることなんてないだろうし。


 だが、何故邪教教団は一介の神殿騎士を狙ったのか? たまたま? それとも明確にソルラを狙ったのか? 邪教教団ではなく、暗殺者の集団だったなら、暗殺者ギルドで聞いた話と合致するのだが。……もしかして、邪教教団に偽装した暗殺者たちだったのでは?


 しかし、大聖堂から誘拐しようとするのは、いくら暗殺者パーティーでも至難の技ではないか? そう考えると、格好の通り邪教教団なのか……うーん。


 さらに聞けば、ガルフォード大司教が出てきて、敵を撃退し、ソルラを救ったという。


 ソルラが無事と聞いて、まずは一安心。それにしても、九十代の老人に無理をさせるのではない……という感想より、あの人ならやりかねないなと思った。

 俺は神殿騎士に言って、ガルフォードとソルラに会いにいく。


「大司教様なら、ソルラ・アッシェを連れて試練の間へ向かれました」

「試練の間?」


 道中、すれ違う者たちに確認していったら、聞き慣れない場所の名前が出た。大聖堂にそういう施設があるらしい。場所だけ聞いて、試練の間とやらに向かう。


「閣下、申し訳ございません。こちら、教会関係者しか入れません」


 衛兵よろしく立っていた神殿騎士二人が、俺の行く手を阻んだ。ユニヴェル教会の重要な場所ということらしい。王族といえど、部外者は入らないとは神域か何かか。


「あー、よい。アレス様は入れてよい」


 外の問答が聞こえたのか、奥からガルフォードが姿を現して神殿騎士たちに告げると、俺を手招きした。


「怪我がなさそうでよかった。襲撃者を倒したって?」

「いやはやお恥ずかしい。この老体を酷使することになろうとは」


 ガルフォードは穏やかに笑っていた。老け込む歳ではあるが、そういう様子は微塵も感じないのだ、不思議なことに。


「それで、この試練の間とは?」


 あと、ソルラはどこに?

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