第89話、試練の間と太陽の子


 ソルラは悩んでいた。


 魔の塔ダンジョン攻略にあたって、俺と共に戦った彼女だが、後から加わった者たちに比べて自分は能力に劣り、足手纏いではないか、と。


 俺からすれば、ソルラは充分に貢献していると思うし、地形に悩まされてモタモタしてしまうのは、別に彼女に限ったことではない。たとえソルラ以外の神殿騎士なり、防御系の戦士だったとしても、やはり地形には悩まされたことだろう。つまり、彼女『だけ』が劣っているというわけではない。


 しかしガルフォード大司教曰く。


「あれは真面目な子ですから。自分だけ、できないことにもどかしさを感じていたのでしょう」


 魔女のリルカルムの魔法とか、回収屋たちは、突破困難地形を自力で越えていける能力がある。だから余計に周囲との差を自覚したのだろう。


 先日、身体強化魔法やダンジョン突破知識をジンたち回収屋から習うことも始めたと聞いた。足を引っ張りたくない、という気持ち故だろう。騎士でありながら、素直に教えを乞えるのは、彼女の美徳だとは思う。


 だが一日二日で劇的に変わるようなものではなく、彼女もまたそれはわかっていたはずだ。だがそれよりも早い進撃ペースに、より焦りが強くなってしまったのだと思う。


 そこへきて、今回の大聖堂襲撃。ソルラは自分でも気づかないうちに、敵の捕虜となり、周囲にも迷惑をかけたと落ち込んでしまったらしい。

 確かに、あのソルラのことだ。これで何も感じないはずがない。一応の成人年齢とはいえ、まだ若いしな。


 ガルフォードは言う。


「精神的にも自分を追い込み過ぎていました。これでは、今後なお険しくなるだろうダンジョン攻略では、本当に足をひっぱるどころか、命を落とすことになるでしょう」

「戦場で余計なことを考えている者は死ぬ」


 責任感だろうが何だろうが、目の前に集中できない者は、等しく死を迎える。そういう精神状態なら、確かに同行を拒否せざるを得なくなる。……彼女には死んでほしくないからな。


 一人の迷いや不注意が仲間を殺すこともある。自分ならまだしも、それで同行する仲間で命を落とすことになれば、ソルラは自分を責めるだろうな。


「……で、それと試練の間がどう関係するんだ?」

「この大聖堂にある修行の場、といいましょうか」


 ガルフォードは、試練の間にある石の門を見上げた。


「この奥は、光と闇が混在するカオスがあります。そこに入った者は、己の真の姿を知ることができるでしょう」

「ただの門ではない?」

「はい。……異空間と申しましょうか。ここではない別の場所で、自分を見つめ、降りかかる試練に立ち向かう。これを抜けられれば、おそらく心の迷いは消えるでしょう。如何なる答えを得たとしても」


 自分の本心を得て、力不足を認めれば、俺たちと共に魔の塔ダンジョン攻略をすっぱり諦められる。一方で自身の力に目覚めるなり、できると確信するならば、迷いが振り切れた分、強くなれるだろう。


「最悪なのは、このまま帰ってこないこと。試練に負けて、果ててしまうこともあります」

「命の危険が伴うのか?」


 そんな場所に、迷っている人間を放り込んだのか? さすがにそれは――


「ここで帰れないようなら、魔の塔ダンジョン攻略でも命を落とすでしょう」


 一瞬、ガルフォードの目に冷徹なものが走った。


「本来は、修行の最終仕上げとして挑むものであり、今回のように中途な状態で放り込む場所ではないのですが、迷いを振り払う場としてもちょうどよいと考えました」


 大司教曰く、この試練の間を使うこと自体、そうそうあるわけではなく、一部の高僧がより高みを目指すために挑むものらしい。だがら、神殿騎士も極一部の者しか経験がなく、一般騎士には無縁な場所だった。


「そんな場所に、ソルラを向かわせたのか……」

「もちろん、同意の上です」


 ガルフォードは答えた。


「何より、『挑む』ということは他人に強制されるものではなく、己自身で決断することに意味があります」

「ここ最近の感情に不安定さのあるソルラが挑んで、問題はないのか?」

「きっかけが必要だったのです。少々荒療治なのは認めます」


 ただ――大司教は低い声を出した。


「遅かれ早かれ、彼女は、この試練を受けることにはなっていました」

「というと?」


 幹部候補生とか、将来有望だったとか?


「アレス様には、お話しておきましょう。ソルラ・アッシェ……いや、ソルラという存在について」


 存在について?――何とも意味深な言い回しだ。


「以前私はあなたに、ソルラの家族は殺され、アッシェ神父に引き取られたと申しました」

「そうだったな」


 孤児になったと聞いた。


「それ自体は何も間違いはありません。彼女が特別なのは、殺された両親――母親が神だったことです」

「!?」


 言葉に詰まった。母親が神って……いや、そんな。


「それは本当なのか?」

「はい。正確には、我らが女神ユニヴェル様の分体。体の一部が人化したもので、神と称するのはまた少し違うのですが……。ともあれ、力はあれど、あくまで一部。もちろん不死ではありません」

「……ソルラは、神の子なのか」

「一応は。多少、人より優れた能力はありますが、未覚醒ではそんなところでしょう」

「未覚醒?」

「覚醒すれば、聖女に匹敵する力を持っているかもしれません」


 ガルフォードは、やや険しい表情を見せた。


「ただ、人には個人差があるように、彼女にもまた伝承にあるような神の子の力があるかはわかりません。それを確かめるためにも――」

「試練の間には、挑ませるつもりだった、か?」


 俺も、その頑丈そうな石の門を見やる。この奥にソルラはいて、試練に挑んでいるという。


「まったく、何と言葉にすればいいのか……」

「困惑されるのもわかります」


 ガルフォードは頷いた。


「ソルとは太陽を意味します。太陽の娘、ソルラ。彼女に秘められた力が如何なるものか、この試練の間を出てきた時に明らかになるでしょう。しかし、覚悟はしてください」

「覚悟?」

「神の子、太陽の娘だからといって、光の道に進むとは限りませぬ。自分と向き合い、見つめた結果、闇を取り込むこともある」


 闇を、取り込む……? それは悪に染まるということか?


「アレス様には、如何なる結果になろうとも受け入れていただきたく存じます。……ああ、それと誤解ないように言っておきますが、『闇』は別に悪ではありませんよ」

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