第90話、ソルラの試練
このままではいけないと思った。
大聖堂が襲撃された時、何もできず、あまつさえ味方の足を引っ張ったことが、ソルラにとっては耐え難いことだった。
ガルフォード大司教に救われ、休むようにと言われた時、ソルラはこらえきれずに心中を吐露した。
何もかも情けなくて、後から振り返った時、冷静でなかったのだろう。何とか踏ん張ってきたものが、抑えきれず決壊したのだ。
大司教は、全てを聞いた後、言った。
『君は、どうしたいのだ、ソルラ・アッシェ?』
自分には力がないと、今ある使命を投げ出すもよし。できないと自覚はしても、本心ではアレス・ヴァンデや仲間たちのために何かしたいのか。
これに対して、ソルラは泣きながら『役に立ちたいです』と答えた。何もできないけれど、何かしたい――自分のことを底辺だと勘違いして落胆している精神状態だったが、本音は何とかしたいと思っていた。
『では、試練の間へ行こう』
ガルフォードは、ソルラを導いた。
『迷いを振り払い、自分の真の姿を見つめるのに、これほど打ってつけの場所もない。何者にもなれないかどうか、この中で確かめてくるがよい』
大司教の言葉が、ソルラの心の中に染み込む。
『真なる自分を見つけ、それを受け入れるのだ。さすれば、君の持つ真の力が開くであろう。アレス様をお救いする力に』
アレスの力に――その言葉は、ソルラの責任感、義務感を蘇らせた。涙を振り払い、彼女は、重々しく開いた試練の門に足を踏み入れた。
・ ・ ・
目の前で、一般人が盗賊に殺されていた。
今まさに虐殺されている光景に、ソルラは愕然として、迷いなく剣を取ると、一般人を守るべく戦った。
賊を討ち取る。すると心に痛みが走った。向けられた憎悪、殺意が、石つぶてのように心臓を叩いているようだった。
だが目の前で、無力な人々が殺されようとしている光景を見て見ぬフリはできない。痛みと引き換えに、盗賊たちを倒し続けた。
心臓に無数の針が突き刺さっているように痛かった。一人倒すたびに、一突きされているようだった。苦しかった。でもやめたら、民が殺される。やめるわけにはいかなかった。
盗賊は後から後から現れ、そして一般人も傷つき、あるいは殺されていく。足が止まりそうになる。胸の奥の痛みはますばかりで、息をするのも苦しい。
だが目の前の惨劇から、一人でも救うためにソルラは、重い体に鞭打って、剣を振り続けた。
永遠と思える時間。いや時間の感覚が麻痺した世界で、ソルラが動けなくなるまで。胸の痛みに耐えられなくなるまで。延々とどこまでも――
・ ・ ・
そこは白い世界だった。
何もない。あるのは白い砂ばかり。どこまでも、どこまでも広い砂の平原。太陽はない。目印もない。
ソルラはどこにいけばいいのかわからなかった。胸の奥が痛かった。何か辛いことがあったのだが、何も思い出せない。
空っぽだ。自分のことも、名前しかわからない。どうしてここにいる? ここはどこなのか?
その場に蹲り、しばらく様子を見た。
太陽がないので、昼夜もわからない。時間の経過すら判別がつかない虚無の世界。あるのは足の裏から伝わる砂の感触のみ。風もない、ニオイもない。暑くもなく、寒くもない。
何の変化もない。飽きてしまった。だからとりあえず歩いてみた。足跡は残る。
どれくらい歩いただろう? 比較するものがないので、どれくらい進んだのかわからない。
まるで砂の海だ。大海に放り出された孤独感。急に心臓が冷えた。寒くないはずなのに、肌寒さを感じてきた。
虚無感。平原のはずなのに、まるで大きな穴に吸い込まれそうな、圧迫感に苛まれる。
飲み込まれる! ……何に?
わからない。
怖い。
怖い。
怖い……。
どこまで行けばいいのだろうか。こちらの方向で会っているのだろうか。
お腹がすいてきた。足も疲れてきた。
ガチャリ、と音がした。見れば片足に足枷がついていた。鎖の先には鉄球。これをつけたまま歩くのか? いや、歩けるのか?
はずそうとしたが、鉄の枷は鍵や道具なしでははずせそうになかった。
しばらく立ち止まり、見つめてみたが状況は何も変わらなかった。いや、喉の渇きと空腹感でむしろ悪くなった。
ソルラは足を引きずりながら歩いた。どこまでも、どこまでも。自分が何故歩いているのかわからなかったが、立ち止まっても何も解決しないと歩き続けた。
・ ・ ・
ソルラは、魔の塔ダンジョンの中に立っていた。
見覚えのある景色。そうだ、ここは一度来たことがある。アレスと一緒に入ったダンジョンの1階。
ソルラの脳裏に一つのことが駆け抜けた。私はここを行かなければならない。一人で、先に行っている『あの人』に追いつかないといけない。
ソルラは進んだ。大丈夫、ここには一度来て、突破しているから……。
バン――ソルラは死んだ。
気づいた時、また1階の入り口から入ってすぐの場所に立っていた。死んだ――1階もクリアできなかった?
再びソルラは進んだ。コウモリやゴブリンを倒しながら、先ほどと同様に退けていく。
そして、それに出くわした。
人の死体があった。モンスターに喰われたと思われるそれが、先ほど死んだ自分だと気づいた。
血の気が引いた。そして再び、それが襲ってきた1階のフロアマスター。先ほどはそいつに奇襲され殺されたのだ。今度は負けない。
ソルラは立ち向かった。そしてまた死んだ。
またも入り口に戻されていた。出口はない。進むしかないのだ。一度目より二度目、ソルラの動きは、先の挑戦より機敏に、的確になっていく。
何度も死んだ。自分の死体を道中何度も見かける。敵は強大で立ち塞がる道は、厳しい。自分一人では無力だと悔やみ、泣いたところで何も変わらない。立ち止まっても、やはり何も変わらない。
沼を超え、池に潜り、崖をよじ登り――溺れ、食われ、転落し、何度でも何十回と繰り返して、それでも進み続けた。
いったい何十人の自分が死ねば終わるのか。覚えがある35階まで行くのに、何百人の自分が死ぬことになるのか。ソルラは憂鬱になった。悲しくもあり、怒りにもなり、しかしジタバタしても事態は好転しない。
ソルラは進み続けた。延々と歩き続けることには慣れている。
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