第87話、大聖堂に伸びる敵の手
とりあえず、ハリダは俺の与えた呪いによって無力化した。
ギルドマスターになった男というが、果たして暗殺者として優秀かどうかはさっぱりわからない。それはともかく、真実を語らせる。
「まずは、俺の仲間を襲わせたという話から聞こうか?」
俺の問いに対して、ハリダは答えた。ソルラと、ジン・ラエルコンビに対して、それぞれギルド所属の暗殺者パーティーを派遣したのだという。
「へ、へへ……。エリルが、お前の仲間も始末したほうがいいって言うからさぁ」
ハリダは、すっかりへりくだっている。ギルマスの威厳は欠片もない。
「アルトンのチームと、カルサイのチームを送ったって、エリルが言っていたな。アルトンの奴らはまあ、ともかく、カルサイのチームは、相手が女だとバラバラにしまうヤベェ奴らだからなぁ」
へへっ、とハリダは下品な笑みを浮かべた。
「女の神殿騎士なんだ、きっと剥かれて、いたぶられるんだぜ。そこから体を端から刻んだり、皮を剥がしたり――おうふっ!」
「失礼」
反射で、ハリダの顔面をぶん殴っていた。もう一発いきたいところだが、話を聞くのが先だ。俺はこの腐れ野郎と違って、話は聞く性質だからな。
「それでソルラのもとに、カルサイとかいう外道の暗殺者パーティーが向かったと。場所は?」
「オレ様は知らねぇ。だがあいつらはぶっ飛んでいるからな。たとえ教会の中にいようが、踏み込んでいく」
ソルラは聖堂に帰ったはずだ。その帰りに襲われたならお手上げだが、そうでなければユニヴェル教会の王都大聖堂にいるはずだ。
で、もう一つのグループは、ジンとラエルを狙っているらしいが、彼らは夜まで冒険者ギルドで今日の戦果の解体をやっているはずだ。ギルド内だから、まだ時間的に間に合うか。
「ベルデ!」
「あ?」
「ハリダから情報を引き出せ。俺を暗殺しようとした背後関係その他諸々全部だ」
「あんたはどうするんだ?」
「ソルラが危ないかもしれない。大聖堂へ行ってくる!」
「一人でか!?」
「一人で充分だ」
俺は、執務室を出ると――フロア内が凄惨なことになっていた。暗殺者たちの死体がそこら中に落ちている。リルカルムが恍惚とした表情を浮かべて、近くの椅子に腰掛けている。こっちは終わっているな。
「リルカルム。俺はこれから大聖堂へ行く。お前は、ベルデとここに残って、暗殺者が戻ってくるようなことがあれば、始末を任せる。ベルデと証人であるハリダを死なせるなよ――シヤン!」
「呼んだか?」
ひょっこり、外――唯一の出入り口から、獣人娘が顔を覗かせた。
「悪いが、冒険者ギルドへ向かってくれ。暗殺者のパーティーが、ジンとラエルを狙っている。まだ二人は解体をやっているだろうから、襲撃者の件を伝えてくれ。もし騒動になってたら、助太刀してやれ!」
「わかった!」
ということで、俺とシヤンは暗殺者ギルドから出た。ソルラ、無事でいろよ……!
・ ・ ・
体が揺れる。誰かに……抱えられている?――ソルラは、暗がりの中、自分の知らないところで体が動いていることに気付いた。
腕が後ろで固定されて動かない。
――これは……縛られている……?
引っ張られている。それを自覚した時、足が動いて自分の足で立つ。
「おや、お目覚めかい? キシシ」
嫌な笑い方をする声が耳元で聞こえた。ついでに息が吹きかかる。これは一体何が起きているのだろうか?
記憶を辿る。
――確か、アレスたちと魔の塔ダンジョンに挑み、私は一人で聖堂に戻った……。
報告もあったが、まずは一人になりたくて部屋に戻り、そのまま倒れるようにベッドに横になり、もやもや考えていたら眠ってしまったようで――
「彼女を放せ! 邪教徒ども!」
「ハハッー! 来るならきやがれ、教会の犬め!」
何事か周りが騒がしい。片方は聞き覚えのある神殿騎士、もう片方は……まるで聞き覚えがない。意識がはっきりしてきた。
――私、人質になってるーっ!?
仲間の神殿騎士たちが、邪教教団モルファーの手先と思われる戦士たちと戦っている。さらに数名の騎士が、ソルラを助けようと近づこうとするが、邪教教団戦闘員がそれを阻む。
「これ以上、近づいたら、この娘の首を刺しちゃうよぅ……! いいのかい、お仲間の騎士様方よぅ」
「卑怯者め! 正々堂々と戦えないのか!」
「はい、出ました、騎士様お得意の騎士道精神ってやつー! 反吐が出るんだよ! あー、むかつくっ! ほら、てめぇら、武器を捨てろ。人質殺すぞ! 殺すぞ!」
ソルラの首もとを、拘束している男のダガーがツンツンと刺す。今にも柔らかな喉に刺さりそうで、神殿騎士たちは肝を冷やす。
「ま、待て……! それ以上は危ない――」
「じゃかしい! 武器を捨てろってんだ! 捨てろぉ!」
狂人のような言動。明らかに普通ではない。刺激してはいけないタイプの人間を怒らせてしまったようにも見える。
――こんな奴の人質なんて……!
ソルラは目の前にちらつく凶器に震えた。同時に自分の不甲斐なさで胸が苦しくなった。
――まただ。また、私は誰かの足を引っ張っている……。
アレスたちパーティーの中でも、取り立てて活躍できていない。自分には飛び抜けた才能はない。それでもアレスの助けになれば、と頑張った。しかし、後から加わったリルカルム、ジン、ラエル、そしてシヤンにベルデ。それぞれの面々が特筆すべきスペシャリストであり、自分にはない才能を持っていた。
――私は凡人だ。
役に立たない雑兵だ。それを思うと悔しい。役に立てないどころか、足手纏い。これは自己嫌悪だ。神は許さないし、仮に許しても、ソルラ自信が許せない。
――いっそ舌を噛み切って……。
敵の思い通りにはさせない。ソルラには、もう男の持っている凶器が見えていない。潔く、自決して――
「……実に嘆かわしいことだ」
その老いた声は、周囲の剣劇や声を打ち消す不思議な力があった。同時に激しい落胆も含まれている。
「この大聖堂の中で、流血など、実に嘆かわしい」
「大司教様!」
神殿騎士たちが声を上げた。今年91歳という老人――ガルフォード大司教が現れた。
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