第86話、ハリダ・グリンジャー
大公の件と言ったのがよかったのか、案外すんなりギルマスの事務室へと通ることができた。
そこで待っていたのは、最近ギルドマスターになったというハリダ・グリンジャー。ベルデ曰く、サブマスターの一人なのだそうだ。かなり横に大きな体格で、一見すると暗殺者というより、裕福な豪商のように見える。
部屋にはハリダの愛人であるエリルという、色香と香水のきつい女がいた。……ちなみに、そいつも暗殺者なのだそうだ。
「よう、ドラウ。ベルデからの遣いだって?」
奥の部屋にいたらしいハリダは、やたらと服装を着崩していて、上は上着を羽織っただけのようにも見えた。隣のエリルもまた、下着なのかわからない薄い衣装。これは……あれかな、うん。
「最近ベルデの奴がいなくなって、アレス・ヴァンデにやられたと思っていたが……。とうとう居場所がわかったのか? 奴は無事か?」
「へ、へい……」
萎縮するドラウである。普通にビビっている。ハリダの視線が、フードで顔を隠しているベルデと俺へと向いた。
「それで、そっちは新人だそうだが……?」
「それは嘘だ」
俺は来客用のソファーに回り込むと、フードをとって座った。
「はじめまして、かな? ヴァンデ王国大公、アレス・ヴァンデだ」
「アレス・ヴァンデ……!?」
ハリダは驚き、傍らのエリルが、どこからともなくナイフを出した。だがそれはベルデが投げたダガーによって弾かれる。
「話し合いに来たのに、話を聞かずに武器を取るとは、無粋なレディーだ」
俺はそう牽制すると、ハリダに向き直った。
「何故、大公がここに!? ドラウ、貴様っ、裏切りやがったな!?」
「ひぃっ!」
ソファーの陰に隠れるドラウを余所に、俺は笑みを貼り付ける。
「頼むよ、ハリダ氏。大公を前にして、無視しないでくれ」
「貴様ァ、ここに来て、ただで済むとは思うなよ!」
ダンと、ハリダ氏が力づよく足元を踏むと、後ろで扉が外れて倒れた。何事?
「お前ら! 賞金首のアレス・ヴァンデがいるぞっ! ぶち殺したものにはギルドから報酬を上乗せだっ!」
怒号にも似たハリダの大声が響き、フロアにいた者たちが駆け込んでくる。
「やべぇぞ、アレス」
ベルデがそう口走り、ドラウは部屋の端に移動して縮こまる。多勢に無勢か?
「いやはや、まったく話を聞いてくれなくて困るな。まあいい、ベルデ、鳴らせ」
俺が命じると、ベルデは扉の方向、殺到する奴らめがけて、小石ほどの大きさの音響爆弾を放り投げた。駆け込んできた暗殺者、その先頭が、飛んできたそれを驚異的な反射で避けるが――
「無駄だ」
俺は両耳を塞ぐと、音響爆弾が炸裂し、キーンと鋭い音が辺りに響き渡った。
・ ・ ・
それは合図だった。暗殺者たちが耳元で炸裂した音にしばし麻痺したところに、外で待機していたリルカルムが悠々とフロアに侵入した。
「さあて、合図があったということは殺していいってことよねぇ……!」
ざっと見回し、別の入り口になりそうな場所を見つけると、魔法による壁を展開して通せんぼする。
耳を痛めつけた音響爆弾から立ち直ったギルド構成員たちが、新たにやってきた妖艶な魔女に武器を構えた。
「うふふ、殺し屋を殺しまくるなんて、なんて素敵な響きなのかしらぁ!」
一人も逃がさない。災厄の魔女の殺戮が始まった。
・ ・ ・
フロアから、ギルマスの部屋に入ってきた暗殺者は5人ほど。ベルデには、前のエリルを任せ、俺は入ってきた連中をまとめて呪いの闇に取り込んだ。
そんな侵入スペースが限定される場所から乗り込んできたら、一網打尽にしてくれって言うようなものだ。
「バ、バケモノ……!」
動揺するハリダを見て、俺はニヤリとする。
「悪魔退治をし過ぎて、呪われてしまった影響だよ」
これでようやく落ち着いて話ができるかな?
「さて、ハリダ氏。一度は消えた、私の暗殺依頼が復活している理由を聞かせてもらおう」
「……っ!」
「誰の差し金かな? 直接、隣国か? 共有参加守護団の残党か? それとも……それとは別の第三者か」
「ふ、フン。依頼主のことを、部外者に明かすと思っているのか?」
ハリダは強がるが、俺を前に緊張を隠せないのか、冷や汗が止まらない。
「ああ、クライアントの秘密を守るのは、ギルドとしては当然の対応かもしれない。だが何事にも例外はある。ここでギルドのとり潰しか、王族に対する民の責務を果たすか、好きな方を選ぶといい」
ちら、とハリダは、俺の後ろを見た。フロアからさらに暗殺者が来るのを期待してのようだが……聞こえてくるのは、悲鳴と魔法と思われる破壊音。シヤンかリルカルムか知らないが、随分と派手にやっているようだ。
ベルデとエリルの戦いも――あーあ、ベルデが、ハリダの愛人の首にダガーをぶっ刺して仕留めてしまった。
「待っても、お前を助ける者は現れないよ」
「……フフン、イキがるのも今のうちだぞ」
ハリダは言った。
「これで勝ったつもりだろうが、お前の仲間にも殺し屋を振り向けた。今頃くたばって――」
その瞬間、ハリダの顔を呪いの手が掴んだ。
「何と言った?」
俺の仲間? 誰のことだ? ソルラ? それとも回収屋コンビ? 俺だけならまだしも、そちらにも手を回したというなら。
「一定の敬意をもって対応したつもりだが、そっちがその気なら、何の遠慮もいらないな。すべてを白状してもらう」
真実を語る呪いを使用する。
明確に俺を殺しにきた者たちの始末は、リルカルムやベルデに好きなようにさせる。
しかしハリダはギルマスということで、あくまで依頼として命令していただけかもという可能性も捨てきれなかった。
が、こちらの関係者にまで手を出すのなら、もう依頼を受けただけという言い訳は通用しない。俺は自分に対するものなら寛容になれるが、身内に対する攻撃は許容できない人間なのだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます