第85話、暗殺者ギルドへようこそ
地下通路は真っ暗だった。
外の光が差し込むことがないからだろうな。ドラウが首を振る。
「暗すぎて何も見えねえわ」
「本当はつけたくないんだけどな」
ベルデはポケットから、発光灯と呼ばれるスティックタイプの魔道具を取り出した。ほのかに点灯。
「……見えねえよ、旦那」
「これ以上明るくすると、誰かと遭遇したら遠くから気づかれるだろう?」
本当にわずかなぼんやりした光なので、素人目にはついているの、と疑いたくなる気持ちはわかる。
俺は、変化の呪いを利用した目だけ夜行性の獣の目にして、視界を確保している。リルカルムはさっさと暗視の魔法を使い、シヤンは夜も見えると道中豪語していたから問題ないだろう。
「リルカルム、ドラウに暗視の魔法をかけてやれ」
「はいはい。いいけど、光には気をつけなさいよ。失明してもしらないからね」
俺の指示に従い、魔女は情報屋に暗視の魔法をかけてやる。ほぼ暗がりで、見えていない様子だったドラウの足取りも落ち着いてきた。
「ありがてぇ」
「行くぞ」
ベルデが先導する。細長い通路をしばらく真っ直ぐ行き、そして角で曲がる。
なるほどね、頻繁に曲がるわけではないから、普通のカンテラとか照明の魔法だと、遠くから見えるわけだ。
しかし、それはそれとして、こうやって数人で歩けば、足音が反響して遠くでも聞こえてしまうのではないか?
「……ドラウ、それとリルカルム。お前ら、もう少し静かに歩けねぇ?」
ベルデが突っ込んだ。俺もそう思った。足音を意識していたのがわかったのか、俺には言わなかったな。あとシヤンにも。
「えぇ、気をつけてるよぉ」
不満を漏らすドラウを、ベルデは強烈な殺意込みの視線を向ける。一方のリルカルムは鼻をならす。
「馬鹿らしいわ。アナタ、暗殺者ギルドに行く時、いつもそうなの?」
「必要以上に音を立てないようにしている。ギルドにいる奴らは耳がいい」
「こういうのは、下手にコソコソせずに堂々を行くのが怪しまれないと思うのだけど?」
「暗殺者ギルドでは、静かにいくのが礼儀ってものだ。普通に行くほうが無神経というものなんだよ。ついた途端、ナイフ投げられるぞ」
「ギルドによって、流儀というものもあるのだろう」
俺がフォローすると、リルカルムがムっとしたような顔になる。
「仕方ないわね」
渋々、消音魔法を使うリルカルム。だがベルデは首を横に振る。
「それはやり過ぎだ。むしろ警戒されるぞ」
「あー言えばばこう言う。だんだん頭にきたわ」
リルカルムはお冠だった。
ともあれ、幽霊屋敷という、普段から人通りのない通路から来たおかげで、誰とも遭遇しなかった。
途中、地下水道を横切ったりしたが、そこでの腐臭に、シヤンとリルカルムが鼻をつまんでいた。
「……やっと着いたぁ」
ドラウが、溜息をついた。
「つっても、あんま来たくはなかったけど」
「ここに来たことは?」
俺が尋ねると、情報屋は声を抑えた。
「一応、情報屋なんで、何度か足を運んだことはありますがね。まあ暗殺者じゃないんで、そこにいる先生方には凄まれるし、おっかいないですわ」
「お前の出番だぞ」
ベルデが、そんなドラウに声をかけた。
「打ち合わせ通りにやるぞ。ドラウ、お前はオレからの伝言とギルド登録希望者を連れてきたと言って、ギルマスを呼び出せ」
「ゾッとしねえなあ……」
気が進まないという顔をする情報屋である。ちなみにギルド登録希望者というのは、俺とベルデだ。……ベルデも今の少女スタイルで入るのは初めてなので、いつもの調子で行けば、間違いなくギルドにいる者たちから注目を浴びる。
シヤンが口を開いた。
「子供だと警戒されないか?」
フード付きマントで顔や体を隠せても、子供だと侮られるのでは、という危惧だ。結局目立つかもしれない。これに対してベルデは。
「体のサイズはあまり関係ない。ガキにも見える小さな体ながら老人っていう暗殺者もいるからな。きちんと玄人の動きができれば、ギルド登録が済むまでは声をかけてこねえよ」
「むしろ、アレスの旦那のほうが、ヤバいかも」
「俺か?」
「体の動かし方が、暗殺者っぽくないから」
ドラウとベルデに、俺も同行することになっているのだが――
「やっぱりわかるか?」
「素人とまでは言わねぇが、騎士だって見当はつけられるかもな」
ベルデがニヤリとした。俺はフードを被る。暗殺対象ということで顔バレもあり得るからな。
有名人という理由でシヤンは同行せず、アジト外で待機だ。リルカルムも、その目立つ格好込みで、俺の仲間と推測されるから彼女も待機である。
「騎士が暗殺者ギルドに乗り込むって、字面にしたらよろしくないな。摘発のための偵察とか、警戒されないか?」
「用心深い奴はそう思うだろうな。だが、食い扶持に困って、盗賊とか暗殺者に転職する元騎士ってのは、多くはないが少なくもない。そこまで珍しくないよ」
「盗賊は、転職する職業とは知らなかったな」
苦笑しつつ、俺とベルデはドラウに続いて、暗殺者ギルドの入り口へと近づく。遠くから見れば、通路の一つにしか見えないが、そこには確かにアジトがあった。
内装はもっとおどろおどろしいと想像していたが、案外普通の石造りの地下室という雰囲気だった。訳のわからないペナントがあったり、髑髏が飾ってあったり、死体が吊されているとか、そんなこともなかった。
フロアには、机がいくつかあって、酒場のような雰囲気があった。暗殺者……にはちょっと見えない夜盗もどきな連中が、酒を飲んだり、ひそひそと仲間内で話し込んだりしている。
そこだけ見ると冒険者ギルドの一角にある休憩所のようでもある。しかし壁際を見ると、依頼掲示板が、暗殺対象の特徴書きや似顔絵付き手配書だったりするのは、いかにも暗殺者ギルドだった。
すっと、フロアが静かになった気がした。フロアにいた暗殺者たちが、値踏みするような目を向けてくる。さすが新参者には注意を払うか。これも職業病かね。
「あー、新人希望者を連れてきたんだけど」
ドラウがギルドカウンターの受付嬢に声をかけた。……暗殺者ギルドも受付嬢なのか。美人でニコニコしているが、彼女もまた元暗殺者か、あるいは現役なのだろうか。
ドラウは、あまり視線を合わせないように言った。
「ベルデの旦那からの重要な伝言もあるから、ギルマスに直接話したんだが、いいかな? 例のアレス・ヴァンデ大公の件なんだけど」
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