第113話、対帝国戦略


「越境してきた!? 帝国が!」


 ヴァルムは大きな声を出した。

 ヴァンデ王国とガンティエ帝国の国境線から、レヴィーに乗って王都へ帰還した俺は、真っ先に弟である王に報告した。


「斥候を兼ねた偵察大隊といった規模だったがな。領土侵犯の上に、警備軍の騎士を二名射殺したから、明確な敵対行動と見なして、報復した」


 俺が淡々と言えば、ヴァルムは、苛々した表情を浮かべて執務用の机の前を行ったり来たりする。


「国境線の帝国軍が集結しつつあるという報告は受けていた……」

「そうなのか?」


 俺は初耳だが。


「あぁ。兄さんが出た後、国境警備軍から伝令がきた。ガンティエ帝国の西方軍に動きがあるとな。……ただそれだけでは大規模な軍事演習の可能性もあった。だが結果は――」

「我らが領土への侵攻」

「何てことだ!」


 ヴァルムは怒りを滲ませる。


「ついに、奴らは仕掛けてきおった!」


 ただちに軍を召集せねば、とヴァルムは言った。国境警備軍には越境に備えて、戦闘準備、警戒を怠るなと伝令に命じたという。……実際、伝令が王都に届く前に国境を踏み越えられたわけだが。


 前々から言っていたことだが、一対一の戦いとなれば、我がヴァンデ王国は帝国に対して圧倒的不利だ。国力、そして兵力の差は如何ともし難い。

 それがわかっているから、平然と、いきなり連中は攻め込んできたわけだが。大国という奴は、いつも身勝手なものだ。

 ……ちゃちゃっと俺からの報告を済ませておこう。


「で、とりあえず侵攻してきた敵大隊は、俺のほうで殲滅しておいた」

「え……?」


 よかったな、俺が国境に行ったタイミングで。レヴィーのブレスであらかた吹っ飛ばしたよ。


「文字通り、皆殺しだ。生存者は魔法の燃料になって、帝都への報復攻撃に使用された」

「ど、どういうことだい兄さん?」


 説明しないとわからないよな。


「災厄の魔女の力を借りただけだよ」


 リルカルムは嬉々としてやっていたけどな。もう戦争に片足突っ込んだ状態である以上、手札はオープンしてもよかろう。仕掛けてきたのはあっちである以上、報復手段を伏せておく意味もない。


「――捕虜を魔法の弾に変えて、皇帝の城に直接返したと?」

「痛快だったよ。皇帝が慌てふためいて自分の城から脱出する様は」


 何せ数百もの光弾が、アーガルド城に撃ち込まれたのだ。天守閣をはじめ、城の高い尖塔はほぼ崩れ去り、美しく堅牢だった城は下部の階層しか残っていない有様だ。


「自分で起こした行動の結果だ。人様に喧嘩を売ったのだ。直接本人を殴り返すのが筋をいうものだろう?」

「俄には信じがたいが……」


 わかるよ。実際に見ていなければ、俺だって理解できなかっただろう。


「災厄の魔女リルカルム……。彼女の力、伝説になるだけのことはあるというわけか」

「今頃、帝国は混乱しているだろうよ」


 思わずニヤリとする。


「皇帝の城が半壊するほどの攻撃を受けたんだ。東西南北、帝国の貴族たちも大混乱だ。連中の西方軍も、いざヴァンデ王国に攻め込んだら先行部隊が消息を立ち、背後にあるはずの帝国中央で、皇帝が逃げ出すほどの攻撃があったと聞いて、今後どうするべきか迷うだろう」


 皇帝の身に何かあれば、現在の作戦行動を中止し、正規の命令が発せられるまで現状維持に務めるものだ。万が一、皇帝が別の人間になれば、進めようとしていた戦争も中止になることも往々にしてあるのだ。


 まあ、攻撃続行の場合ももちろんあるが。しかし今回の場合は、帝国側の一方的な都合で始めたもので、まだ互いに殺し合って泥沼になっていないし、恨みの感情も軽いので、続行の可能性は低いだろう。……あぁ、もちろん、皇帝が変更になった場合の話だ。無事逃げ出した皇帝は、引き続きヴァンデ王国に攻めてくるかもしれない。


 ただ、帝都を二度も攻撃された事態は、一度攻勢をやめて立て直しを図る可能性はあった。


「では、国境の守りを固める余裕は生まれたということだね、兄さん?」

「時間は稼げたのは間違いない」


 帝国は、今回の帝都攻撃の正体が何か掴めないと、落ち着かないだろう。俺たちヴァンデ王国からの攻撃と知れば、軍を結集させて滅ぼしにくるだろうが……。


 今回のことで、俺はレヴィーやリルカルムの力があれば、後方でふんぞり返っている皇帝や帝国貴族を、前線と同様戦地に引きずり込むことができるって実証してしまったんだよな。


 好きなだけ攻めてくるがいい。報復は直接お前たちに返してやるから、と。戦場にいないからって、攻撃されないなどと思わぬことだ。戦いに追いやった敵兵が、お前たちの命を狙う流れ弾ならぬ、魔弾となるのだ。


「やはり、兄さんは王国の守護者だ」


 ヴァルムは感心を露わにした。


「兄さんがいなければ、今頃、帝国との戦いに絶望しながら軍を集めていたかもしれない。やはり国力差はどうにもならない」


 俺がいなかったら、帝国が武力侵攻してくる前に、奴らの工作員に国を乗っ取られていたよ。

 戦争は政治の最終手段。それより怖い工作活動。武器を向けられていないから安全、平和と思うのは、慢心油断お花畑思考というものだろう。あるいは隣国に買収された売国奴かもしれない。


「今後、どうなると思う? 兄さん」

「国境の守りを固めるのが第一。後は、帝国の出方を見るのが得策だろう」


 ガンティエ皇帝の率いる好戦的国家のことだ。こちらの攻撃と知れば、滅ぼすまで攻めてくるかもしれない。自分が世界の頂点にいるべき、と驕り高ぶる奴は、自分と対等の存在を認めない。


 一瞬、リルカルムやリヴァイアサンの存在と、帝国に対する報復手段を喧伝して、侵攻を思い留まらせることも考えたが、たぶん一時的なものだ。帝国は、報復手段を無効化する手段を講じて、やはり仕掛けてくるだろう。自分への脅威を許容できないからだ。

 やめさせる、というより、わからせて、皇帝のほうからやめるように仕向けるのが最終的にはいいかもしれない。


 そして帝国が弱腰になれば、周辺各国も好機として動く可能性も出てくる。こちらはカウンター戦法を直接皇帝の顔面に叩き込んで、奴の精神力を削る。


「むしろ、こちらが特に仕掛けないほうが、余計に連中を惑わすことができるかもしれない。正体不明の存在から狙われていると思わせられれば、皇帝も他国に戦争を売っている場合ではないだろうし」


 ここでは反撃に留めて、戦争をしているの?――という空気を出すほうが賢明かもな。帝国側は色々理由をつけて、こちらを悪者に仕立て上げて攻めてくるかもしれないが、そのたびに帝都や皇帝の身辺に攻撃が返ってくれば、それを見た帝国民たちは、どう思うだろうか?


 威勢のいいことをいくら皇帝が言おうとも、彼の周りは何故ボロボロなのか――そこで実は皇帝が嘘をついていると思わせることができれば、帝国の根幹を揺るがす事態に発展するかもしれない。


 かもしれない、ばかりなのだが、やってみる価値はある。どこの国でも威厳のない指導者は信用されないものだから。

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