第112話、侵入者たちの末路


 平地でドラゴンブレスが直撃すれば、軍団が壊滅する。……なるほど、ドラゴンが恐れられるわけだ。

 地上に降りた俺たちは、倒れている帝国兵を見渡す。旗の柄は折れ、手足が折れ曲がった不自然な死体もちらほら。


「酷いもんだ」


 俺は、蛇竜から少女の姿になったレヴィーの頭を撫でる。


「大したもんだよ、レヴィー」


 彼女は無言で目を細めた。まだ生きている敵兵がいないか、警戒しながらベルデとソルラ、シヤンが進む。

 俺の傍らに来たジンは言った。


「死体かどうかの確認も一手間ですね」


 死体確認も大事な仕事だ。生き残りを放置すると、野盗になったり、こちらの情報を持ち帰られてしまう。


「なあに、任せなさい」


 リルカルムが笑った。


「まだ魂があるヤツは、まとめて吸い取ってしまえばいいのよ」


 何気に物騒な魔女である。ソルラ、シヤン、ベルデの前衛組に下がるように言うと、リルカルムは浮遊の魔法で浮かび上がり、呪いの世界樹の杖を壊滅した帝国軍に向けた。


「魔女の声を聞きし、魂よ。肉体より離れ、我が下へ集え――!」


 掲げられた杖、その向けられた方向に黒い波動のようなものが放たれる。すると倒れている帝国兵から、ポツポツと淡い光の球のようなものが出てきた。


「これは……人魂?」


 ソルラが息を呑んだ。さすがにこれは……俺も驚く。


 人魂と思われる球が、リルカルムの杖へとふらりふらりと飛んでいく。その奇妙な光景に、飛んでいく人魂に目が離せない仲間たち。一人、シヤンだけはそれらを目で追うことなく固まっている。……確か、物理で殴れないものは苦手なんだっけ。


 ともあれ、衝撃で気を失って倒れている者たちから、魂が抜けて、リルカルムが回収していく。彼女は前に踏み出して、効果範囲も移動する。

 倒れていて何もでないのは、すでに死んでいるってことか。生きている者すべて対象なら、死体確認は楽だな。だがこれで、魂を吸い取って確実にトドメを刺しているってことだよな。


「さすがに範囲が広いわね」


 リルカルムが前進しながら言った。


「範囲外の奴が起き上がって逃げたり攻撃してきても、ワタシは忙しいからアナタたちで処理してね」

「了解だ。聞こえたな、皆?」

「はい!」


 ソルラが返事を返した。そうとも、ここに倒れている帝国軍は、ヴァンデ王国を侵略してきた敵だ。容赦する必要なし。まともに戦えば、俺の国の民、兵士たちもどれだけ血を流したかわからない。……すでに斥候の騎兵が二人、殺されているのだ。


 たぶん、兵の多くは徴兵された下級民や農民だろう。巻き込まれたのは不幸であるが、軍として行動してきた以上、それが強制だったとしても、我が国の民の死や、略奪を実行することになる以上、見逃せない。


 ラエルが狙撃銃を撃った。かなり離れたところで半身を起こした敵兵を射殺したのだ。人魂がそこそこ集まっているように、ブレスで倒しきれなかった者もそれなりにいるようだった。


 地元に縛り付けられている農民には気の毒な話であるが、恨むなら領主や、それに指示を出したガンティエ皇帝を恨んでくれ。国を選ぶことができない民には同情するよ。



  ・  ・  ・



 帝都アーガルド城。

 先日、謎の光によって城の尖塔が破壊され、背が低くなった皇帝の居城は、急ピッチで修復作業が進められている。

 ガンティエ皇帝は玉座にあって、ジャガナー大将軍からの報告を受けていた。


「――西部方面軍は集結中でありますが、斥候にワガナー戦闘大隊を送りました。国境を越えて、ヴァンデ王国の警備軍を奇襲、これを撃滅している頃と存じます」

「結構。迅速な行動であるな」


 皇帝が頷けば、ジャガナー大将軍は言った。


「はっ、魔法局の魔力通信機がありましたらならば、帝都より前線にすぐ連絡が取れます。この通信術がありましたならば、我が軍も電光石火の速さで敵陣を踏み砕けましょう」

「よい、大変よろしい。レムシーのためにも、早く天使の羽根とやらを手に入れてやらんとな」


 上機嫌の皇帝だが、グラムリン諜報部大臣の表情は暗い。ヴァンデ王国の内部分断のために送り込んだ工作組織はほぼ壊滅しており、敵の情報がほとんど入ってきていない。そんな状況で軍を進められても、友軍を助ける援助や情報提供ができない。


 ジャガナー大将軍や帝国軍は、ヴァンデ王国軍など何するものぞと思っているようだ。だが現状、目隠しして進んでいるようなものであり、グラムリンは不安だった。

 そもそも、敵だって馬鹿ではない。敵の国境警備軍がよほど目が悪くなければ、帝国軍が動けばすぐわかる。奇襲など簡単にできるわけがない。


 グラムリンは、チラ、と居並ぶ大臣らを見やる。そこにポルマン魔術大臣はいない。先日のアーガルド城を襲った光のついての調査のため、席を外しているのだ。彼のチームは日夜、あの現象について調べているものの、有力な手がかりや情報は掴めずにいる。


 またあれが起きたら、どうするのか? 具体的な対策すらとれない有様だ。


 忌々しい――グラムリンが内心悪態をついた時、城のどこかで爆発、石材がガラガラと崩れ落ちる音がした。


「何事か!?」


 皇帝がいの一番に叫んだ。臣下たちが動揺するが、グラムリンは瞬時に『あの時と同じだ』とわかってしまった。


 また、きたのだ。あの光が。


 ドン、ドンと相次いで破壊音が続く。――この間より、間隔が短い?


「何だ、何だというのだ!? また、こんな!」


 ガンティエ皇帝も、それが光の直撃だと悟った。その数秒後、駆け込んできた伝令が報告した。


「正体不明の光が、尖塔が攻撃! 修理作業員もろとも足場が崩れました! 死傷者多数!」

「東側尖塔が倒壊! なお光は断続的に、城に命中! 被害拡大中ですっ!」


 伝令が次々に入れ替わり、報告が続く。玉座にもたれていた皇帝がずるずると下がる。


「わ、我が城が……! アーガルド城が壊れていく!」


 ドン、と天井が吹き飛んだ。目を剥くガンティエ皇帝。ジャガナー大将軍とロイヤルガードが駆けつけ、盾になる。


「陛下! お下がりください、ここは危険です!」


 天井から欠片――巨岩に等しいそれがバラバラと落ちてくる。運の悪い騎士が潰されて、血の染みを作った。


「ここは……皇帝の間なのだぞ! うおっ!?」


 さらに落ちてくる天井の一部。ジャガナー大将軍が皇帝の体を掴むとその場から引き離した。間一髪、玉座が潰れた。


「急げ! 陛下を連れ出すのだ!」


 その日、百を超える光が、アーガルド城を襲った。帝都の住民たちは、光の雨のようだったと回想する。


 町から見える皇帝の居城は、城壁しか残っていないようにしか見えず、権威の象徴だった堂々たる天守閣キープも、攻撃的な尖塔も全て崩れ去っていた。

 まさに、見るも無残な有様であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る