第111話、国境侵犯
ガンティエ帝国の国境線までお空の旅をする。実際にどれくらいかかるかお試しのつもりだった。
わざわざグリフォンを手に入れたが、その必要はなかったかもしれない。
『私に乗る』
元の姿に戻ったレヴィーは、それは長い長い体を持つ蛇竜だから、俺たち全員、グリフォンや大猪姿のエリルが乗っても、ぜんぜん余裕で移動できた。
「空は寒いですから、防寒対策をしっかり」
ジンの進言に従い、寒さ対策をして、いざ帝国との国境へ。
レヴィーの空中速度は、グリフォンに比べるとのんびりしているようにも感じられた。だがそれは巨体ゆえの錯覚だった。遅いようで、下にあるものがあっさり前から後ろへ流れ去っていくのを見て、結構な速度が出ていた。
これに対してソルラは――
「その割には、あまり風が強くないですね」
背中に翼を出して飛べるようになった彼女は、空中機動でかなりの風にさらされるのを身を以て体験している。
『風を和らげる結界を張っている』
レヴィーが教えてくれた。何でも自身の鱗が乾かないように、風の影響を最低限に絞っているのだそうだ。翼を持ち、空を飛べるレヴィーだが、リヴァイアサンの得意は水中なのだ。
「結界ということは、完全に遮断もできるんですか?」
『それをやると、水分も遮ってしまう』
レヴィー曰く、大気の中にも水分が含まれているから、完全遮断すると逆に乾いてしまうのだそうだ。そんなものなのか……。
雲の高さで、時々その雲に沿うのは水分の影響かは知らないが、邪魔者も現れることなく、俺たちの飛行は続いた。
この大きさだから、下から見上げれば見えるんだろうな。
そう考えると、移動はともかく表立って、リヴァイアサンで帝国に乗りつけるのはあまりよくないか。何か攻撃するなり嫌がらせをするにしても、ヴァンデ王国の仕業って推測できる材料になるだろうからな。
「しかし、早いなぁ……」
「そうなんですか?」
ソルラが俺の後ろから、眼下を覗き込んだ。俺は肩をすくめる。
「もう、国境線が近い」
五十年前、何度か帝国国境には足を運んだ。帝国との小競り合いにも二度ほど加わった経験がある。
「ソルラは、こっちへ来たことは?」
「初めてです。なので、ちょっと楽しみでした」
ま、長い距離を旅をする人間なんて限られているからな。従軍でもすれば話は別だが、そうでなければ、生まれ住んだ村や町周辺しか知らないのも珍しくない。
「……おや?」
国境線に何やら大集団がいるぞ? しかもあれは――
「帝国軍か?」
「なになに、向こうからきたっ?」
リルカルムが声を弾ませて前へきた。早く暴れたいって顔をしているが、少しは隠す努力してもいいんじゃないかね?
ガンティエ帝国の旗を掲げた、騎馬と歩兵の軍勢が進軍している。あろうことか、我がヴァンデ王国の領土を侵犯して。
「おいおい、連中、工作に飽き足らず戦争を始めるつもりか?」
軍隊が土足で踏み込んできたというのは、明らかな戦争行為。こっちは表向き、まだ何も仕掛けていないのに、向こうはやる気だ。
これが戦争ってやつだ。相手がいる。片方が戦争したくないって言っても、もう片方がやる気なら始まるものだ。
帝国なんて周辺国への領土を掠め取ろうという奴らが、相手の都合なんて構ってくれるわけがないのだ。
「もう工作は必要ないとみたか、その工作の失敗にしびれを切らして突っ込んできたか」
まさか、先の皇帝の城攻撃が、こっちの仕業と露見したか?
「まあ、何せよ、明確な領土侵犯だ。これは殴られても文句は言えないだろう」
おっと、帝国軍に対して、王国の国境警備軍と思われる騎馬が数頭動いているのが見えた。
これは使者か? お前たちは神聖なヴァンデ王国の領地を侵犯している。即刻立ち去れ云々――と。
帝国軍が一度停止した。王国側の退去命令を聞くか? これが本格的な侵攻ではなく、帝国軍の挑発という可能性もある。案外、あっさり引き下がるかもしれない。
「アレス、連中、やる気よ」
リルカルムが嬉々として言った。だから、そこでその顔はおかしいって。
帝国軍が弓兵を整列させ、矢を放った。警告射撃――ということもなく、王国騎兵が二人ほど矢で射貫かれ落馬した。
交渉もなしに、いきなり弓を引きやがった。もういいだろう。よろしい。貴様らは王国に攻撃をかけた。始末してやる。
「敵はざっと見たところ、千人ほどでしょうか」
ジンが敵を上から見下ろして言った。どうします、という顔をしている彼だが、俺が答えるより先に、リルカルムが口を開いた。
「報復よね? やっつけていいのよね?」
様子を見守っていたベルデとラエルが引いている。シヤンは何かまったく関係ない方向に視線をやって、部外者を決め込んでいた。呼ぶな、と言わんばかりに背を向けている。変なの。
「国境警備軍に攻撃したんだ。奴らはこの近くにある集落を攻め落とし、拠点にするだろう」
住民は殺され、食料物資は略奪される。これを見過ごすわけにはいかない。相手は千だが、こちらはわずか七人と一体(リヴァイアサン)。それでできることというと、結局レヴィーとリルカルム頼りになるんだよな。
「レヴィー。あそこにいる黒い鎧をきた人間の一団だが、攻撃できるか?」
『できるよ。攻撃すればいい?』
「頼む」
『わかった』
レヴィーは、口を大きく開けた。ドラゴン関係で口を開く攻撃といえば、ブレス攻撃!
アクアブレス――!
圧倒的な水が激流の如く大地へと飛んだ。それは地面にぶつかると大地を抉りながら、線を描くように黒い軍勢に迫り、飲み込んだ。
『うわぁぁー……』
聞こえるはずがないと思ったが、何百、否、千の叫び声がしたような気がした。土石流の巻き込まれるように人間が大量の水に飲み込まれ、あるいは跳ね飛ばされる。この高さからそれが見えるって、相当な吹っ飛びであり、おそらく即死級の衝撃だろう。
「凄い……」
ソルラが呟いた。まったく同感だ。四桁はいた敵軍が、たった一撃で粉砕された。あれだけ綺麗に整列していたものが崩れ、ぺしゃこになっている様は、ある意味滑稽でもあった。食らう方はたまったものではないだろうが。
「レヴィー、下に降りよう。まだ敵が残っているかもしれないからな……だからリルカルム! まだ終わってないんだからな」
レヴィーが片付けてしまって、一度肩を落としかけたリルカルムである。あのブレスだけで全滅はないだろうが、果たしてどれくらい残っているかな?
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