第110話、国家報復は難しい
「な、何だってーっ!?」
ヴァルムは驚愕して、思わず立ち上がった反動で椅子が倒れた。その物音に、控えていた従者が慌てて駆けつける始末だった。
リヴァイアサンとの邂逅からのこれまでを語ったが、まあ王と言えど吃驚するのはわからんでもない。
「いやいや、兄さん……。まさか伝説の大海獣なんて――」
そんな風には見えないだろうけどね。最初に人型に変身した時にあった羽根も、消せるらしくて今は見えないし。
「
「気持ちはわかる」
『これで』
リヴァイアサンが念話を発した。これまで黙っていたのが急に飛ばしてくるから、ヴァルムも目を回す。
「おっと変身はしなくていい。危ないからな」
『そう』
すっと俺の言うことを聞いて、改めて座るリヴァイアサン。ヴァルムは苦笑するしかないようだった。
「兄さんは本当に、凄すぎてわけがわからない……」
それは褒めているのか? 貶しているのか? ……ともあれ、リヴァイアサンのことをヴァルムに明かしたが、基本的には他には秘密にしておくべきだと思うが、どうだろう?
「――兄さんの判断は正しい。彼女の存在を知れば、ちょっかいを出してくる者も現れる。隣国が知れば、それを手に入れようと侵攻してくるかもしれない」
「あり得るな」
ガンティエ帝国なら、リヴァイアサンを捕獲しようとか、軍事利用しようとか、普通にやるだろう。
しかし、それを言ったら、俺も頭の片隅で彼女の力を頼ったら、隣国に大打撃を与えられないかって考えた。それって、思い切り軍事行動じゃないか。
とはいえ、それだとしても、ガンティエ帝国に、ちょっとばかり報復してやりたい気持ちはあるわけで。
移動手段としてダンジョンでグリフォンを入手したら、ついでにリヴァイアサンまで仲間にできたのだが。
隣国は、ヴァンデ王国を崩そうと好き勝手やってくれたわけで、ここで報復しないのはあり得ない。だけど、リヴァイアサンに頼るのは……結局そうなるにしても、ちょっと整理したいよな。
「それはそうと、兄さん」
「何だ、弟よ」
「その、リヴァイアサンという名前。公の場所で呼ぶのは、さすがに周りに正体を教えるようなものだと思う。改名しろ、とはさすがに言えないが、普段は何か愛称のような呼び方がよいと思う」
おお、建設的な意見だ。ヴァルムは、リヴァイアサンに配慮して、かなり言葉を選んだ。偉大なる聖獣に名前を変えろは、さすがに傲慢だもんな。
「愛称か。いいな。面倒な連中に狙わずに済ましたいし。……リヴァイアサンはどう思う?」
『構わない。嫌ならそう言う』
本人……本人? とりあえず承認がきたが、名前……名前ねぇ。リヴァイアサンだから――
「わかっていると思うけど兄さん。正体を連想させるのは避けてくれよ」
「……そうだな」
思わず視線を逸らす。ちょっと短くしたら、なんて普通に考えていたわ。
「ソルラ、何かある?」
「え? 私ですか?」
突然振られて、驚くソルラ。お前、自分は無関係ですって何も考えてなかったか?
「リヴァイアサンだから……リヴァイアとか?」
「うーん、ギリいけそうで、駄目そうな……何とも言えない感じ」
リヴ、リア、リン、リサ――連想させないにしても、何かしら原型から離れ過ぎないように、とか考えるとうーん。名前付けって難しいな。
その辺りは、仲間たちとも相談しようか。すぐに浮かばなかった。
「とりあえず、グリフォンも手に入れた。そろそろ、帝国に直接に何かしらの報復をしたいと考えている」
「それを待っていた!」
ヴァルムは相好を崩した。
「しかし、直接戦争になるようなことは避けないといけない。その境が難しい」
本人的には、『よくもやりやがったな帝国野郎』と宣戦布告したい気分なのだろうが、現状の王国と帝国がまともに殴り合えば、物量差で負ける可能性が高い。
国力差……体格差がきつい。それにこれまで仕掛けられた隣国のハラスメント、秘密工作のせいで、結構よろしくない状況ではある。王国も問題を色々抱えさせられているのだ。
正直、リヴァイアサンの力を借りられれば、今の戦力差でも何かできそうだし、災厄の魔女と言われたリルカルムもいて、やりようによってはやはり何とかなりそうだ。
……しかし、リルカルムに全面的に頼るのは、ちょっとな。あいつに任せたら、無差別虐殺も平然とやるだろう。
野望を漏れさせている皇帝やそれに賛同している貴族や騎士らは、どうなろうと知ったことではないが、搾取される側の民を無闇に巻き込むのはいただけない。
身分的に下級になればなるほど、支配者が変わろうとも関係ない者たちばかりになるからな。どこの誰が王になろうとも、彼らは畑を耕したり、労働に従事するだけである。
その点、前回の帝都攻撃は、リルカルムにしては上出来だった。罪人を魔法に変えるという非人道的行為はあったが、ピンポイントで皇帝の城に被害を与えた。騎士や兵士に死傷者は出ただろうが、一般人にはほとんど影響なかった点は評価すべきだろう。
「――ふむ、軍事施設を叩ければ、仮に連中が攻めてくるなんてことがあったとしても、その行動の妨害はできるな」
ヴァルムは言った。国境に近い砦や城か。町や村に何らかの被害を出せれば、敵の兵站にダメージを与えられるが、一般人への影響が大きいからな。
割と焼き打ちや略奪というのは、軍事的に見ればどこでもやっているオーソドックスな手ではある。
ただ、あからさまに我が国がそういうことをやっているなんてなれば、本格的な武力衝突、戦争になってしまうから、現状は推奨できないけどな。……盗賊に見せかけての侵犯、襲撃とか、偽装は定番だが。
「何ができるかは追々詰めていくとして、帝国に飛行してどれくらいでつけるか確認しようと思う」
「そうだな、何かあった時の準備は必要だ」
ヴァルムも認めた。明確な攻撃があった場合、迅速な報復が可能か確かめるのは大事である。
・ ・ ・
王城を出て、屋敷に帰った俺、ソルラ、リヴァイアサンとグリフォン。報復の話をしたら、リルカルムが喜んだ。
「報復! いつ行く? すぐ行く?」
いかれているよ、お前は。失笑しかない。それはそれとして、リヴァイアサンの愛称募集しているんだが、何かないかね?
「リヴァイアサンって一般的には、レヴィアタン呼称なのよねぇ……。レヴィア、とかレヴでいいんじゃない?」
なるほど。リヴァイアサンだとリルカルムと何か引っかかっていたんだけど、レヴィアタンね。……いいんじゃないか?
ということで、リヴァイアサンの愛称は『レヴィー』に決まった。
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