第73話、変身してしまった


 そういえば、いつから俺の防御魔道具は切れていたのだろう?


 そう考えた時、魔道具に血が付着して、効果が切れていたのがパッと見てわからなくなっていた。

 では、その血は誰のものだったのか?


 シヤンとの模擬戦の前に、彼女が血の臭いがする、と言った。獣人のハーフであるシヤンはそれに気づいたわけだ。

 ならば――


「その臭いが誰か知りたい。探れるか?」

「ウン、任されたぞ!」


 少なくとも、一番最初の模擬戦の前に渡された時は、普通に魔道具が動いていたのは確認されていた。血がついたのは、その後であり、シヤンが最初に血の臭いを嗅ぎ取った三戦目までの間だと思われる。


 バルバ、そしてベルデとの対戦とその直後の間で、あの場にいた冒険者やスタッフが容疑者となるだろう。

 ということで、シヤンの嗅覚を頼りに、血の臭いを辿ったら――ベルデと魔術師の怪しい現場を目撃したのである。

 魔術師はベルデに呪いをかけて、さらに俺の暗殺をほのめかすことを口にした。まだ俺の命を狙っていた奴がいたらしい。


「その話、俺にも聞かせてくれよ」


 俺が告げると、魔術師が腕を動かし――


「ライトニング!」


 リルカルムの杖から閃光の魔法が走り、魔術師の右腕を吹っ飛ばした。


「うわあーっ!」

「おいおい、いきなり腕を吹っ飛ばすことないだろうに――」


 落ちた右腕の杖から、突然煙が吹き出した。こいつは煙幕! 魔術師が煙の中に飛び込み――同じく飛び込んだシヤンに吹っ飛ばされて壁に押しつけられた。


「逃げられるわけなーいだろ!」


 獰猛に犬歯を剥き出し、シヤンが笑った。

 とりあえず、俺を殺そうと考えていた不審者は、これで捕らえた。問題は、その不審魔術師と話していて、『殺し屋』と言われていたベルデ。

 こいつも仲間かと思うが、依頼遂行を拒んで攻撃されたようだし、完全に黒でもなさそうなんだよな。……いや未遂でも王族を狙ったら罰せられるけど。


 えっと……これは。ちょっと俺も言葉に困った。


「お前、ベルデ……だよな?」

「……はあああっ!?」


 ベルデ?――その子供は素っ頓狂な声を上げた。


「なんで、なんで、どうしてーっ!?」


 声変わり前の可愛らしい声だった。いやこれは声変わりではなく――


「なんで! 女に、なってるんだーっ!」


 少女は絶叫した。先ほどまで着ていて服や装備はぶかぶか。体が縮み、さらにさらに性別まで変わっていた。



  ・  ・  ・



「『変化の呪い』ね」


 不審魔術師――共有参加守護団の残党で、プライグラーヴという男は、ベルデにかけた呪いをそう説明した。


「変化の呪いって?」


 シヤンが純粋な顔で聞いてきた。ふむ――


「姿を変える呪いだな。何か別の生き物や物に変える魔法みたいなものだ。よく神様が出てくるお伽話にあるやつだな」


 神の怒りを買って、鹿とか猪などの動物に変えられてしまうという話。


「それで、ベルデは呪いで女の子になったのだな!」


 シヤンが悪気も何も感じさせない無邪気に言った。聞きたくない、とばかりにベルデは両耳を手で塞いだ。可愛い。


「まあ、それはとりあえず置いておいて、プライグラーヴよ。お前たち残党のアジトと残っている人数、名前などを教えてもらおうか」


 いつもの真実のみを語る呪いで、共有参加守護団の魔術師は口が軽くなっているが――


「いや、そんなことより!」


 ベルデが喚いた。


「おい、お前! オレの姿、元に戻せ!」


 拘束されているプライグラーヴに掴みかかる少女ベルデ。シヤンがそんなベルデの首根っこを捕まえて引き離す。


「離せ、露出魔!」

「口の悪いガキなのだぞ」


 リルカルムとどっこいの超軽装服のシヤンである。彼女の場合は、得意の格闘戦でその動きを制限しないために極力無駄を省いた格好なのだが、普通に見たら痴女の仲間である。


「ガキじゃねぇ!」

「ガキはガキなのだぞ!」


 体が縮むと、それに合わせて思考も子供っぽくなるんだな。模擬戦の時の紳士的態度はどこへ行った? 


 ギルドから服を借りているベルデは、年齢14歳あたりという、何とも微妙な年頃の体となっていた。まったく子供というわけでなく、発育がわかりやすくなってくる頃である。


「私には呪いは解けない」


 プライグラーヴは淡々と言った。


「かけられたら最後、私にはどうしようもできんよ。高名な呪い解きでも、果たして解けるかな……?」

「なんでオレにそんな呪いをかけた!?」

「呪いを解くのを条件に、アレス・ヴァンデの暗殺をやらせようとしたのだ」

「解けないって言ったよな!?」

「そうだ。つまり騙すつもりだったのだ」

「外道めっ!」


 喚くベルデをシヤンが押さえる。殺し屋の口から、外道なんて言葉が出てくるとはね……。これは偏見だけど。

 それまで様子を見ていたリルカルムが口を開いた。


「で、この魔術師は、残党として王国に引き渡すんでしょう? こっちの暗殺者ちゃんはどうする?」

「それなんだよな」


 俺は思案する。こいつも俺を殺せという依頼を受けてはいるが、前回は実行に加わらなかった。今回も間接的に俺を消そうとしたものの、失敗すると早々に依頼を断っている。……できれば、実行する前に断っておけばよかったものを。


 普通に考えれば、未遂とはいえ、共謀罪ってところで、しかも職業暗殺者なんて、余罪を問おうとすればそれこそ複数、場合によっては無数も出るので、いくらでもできるだろう。


 ただ、ベルデに俺を暗殺する気はない。仕事からも降りた。要するにこいつは、俺に何か恨みがあるわけではなく、ただ仕事だからやっただけ、ということだ。

 それに、暗殺をやめると言ったところを後ろから撃たれるのを目の当たりにしているからな……。その辺も加味しちゃうと、自然と甘くなってしまうわけだ。


「罪には罰ってものがある。その姿も一つの罰だ」


 俺はベルデを見た。


「お前、自分が殺した人間より、多くの人間を救う手伝いができると言われたら、手伝うか?」

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