第81話、工作員という名のネズミの駆除
「――王都内の隣国系工作員の根城となっているアジトの制圧は進んでいる」
ヴァルム王は机に肘をつきながら、俺にそう言った。王城にある王の私室に俺はいて、茶を飲みながらの私的な報告会である。
王の話は喜ばしいことだ。だが――
「その割には、表情が優れんな」
「いやぁ、顔は元からこんなんだよ、兄さん」
我が弟は冗談めかしたが、反射のようで別段笑ってはいない。
「だが敵も、自分たちのアジトが特定されていることに気づいて、場所を移していて、まだまだ時間がかかりそうなのがな……」
「こちらから情報が漏れている?」
「かもしれんが、あるいは拠点が相次いで叩かれているから、自分たちの拠点がバレていると警戒したのだろうな」
狡いネズミだよ、とヴァルムは苦笑した。
「兄さんのおかげで、連中に協力、隠れ蓑になっていた組織、団体も明らかになった。奴らの予備拠点の場所もわかっているから、場所を移した連中も大半は捕まるだろう。……だが」
「他と連携を断って活動している奴は追い切れない、と」
「そういうことだ」
ヴァルムはため息をついた。
「芋づる式に逮捕していっているが、悪いけど兄さん。また何人かに真実を語る呪いをかけて情報を引き出すのを手伝ってほしい」
「もちろんだ。工作員どもを野放しにはできんからな」
あれは国に巣くう害虫だ。見つけたら断固、捕縛。そして情報を収集した上で始末しなくてはならない。
スパイ防止は国家存亡に関わる。それを放置するのは国の怠慢。そしてその制圧に文句をいう奴は裏切り者、売国奴に等しい。
「一見すると関係ないように見えて、隣国の工作の手は想像以上だよ。男女装備均等法――あれを主導した貴族や騎士らにも工作員が関係していた。我が国の防衛力を落としつつ、男女間の対立関係を作ろうとした。……口車に乗せられているだけと気づかない連中が、差別だ権利だと吠え立てる」
「実に面倒なことだな」
俺も、そう聞くと穏やかな気分ではいられないわけだ。
「隣国は、ヴァンデ王国を滅ぼす腹積もりということか」
「ガンティエ帝国は、周辺国全てを自国に取り込もうとしている。奴等は、我が国をはじめ国境が面する全ては元は帝国領だった、などと嘘の歴史を教えている。むろん、そんな事実はない」
「都合よく書き換えている、か」
「連中の歴史の正確なところは、あの国にいてはわからんよ」
ヴァルムは口元を緩めた。
「何せ、皇帝が変わるたびに、その都度書き換えているからな。前の時代のものでも、気にいらない、都合が悪いというだけでなかったことにする。だから、あいつらが語る歴史は、真実からはほど遠い」
だが無知なものは、それで騙される。
「『帝国の歴史を知りたければ、帝国以外の国の資料を探すべきだ』などという言葉がある。……まあ、他国情報も都合のいいことが多くて、真実とは言えない部分もあるが、帝国のそれよりマシ、と言われる時点でお察しだ」
「そこまで酷いのか」
ここ五十年のことを俺は知らないが、どうやら帝国のことを調べるのに、帝国の書物や役に立たなそうだな。
「歴史とは勝者によって作られる。真の歴史など、この世界には存在していない。他国の歴史が間違いだと指摘する以前に、自分たち国の歴史も事実と異なると認識すべきだ」
ヴァルムは皮肉げに言った。
「だが、結局のところ歴史の正しさなど重要ではないのさ。隣国の態度、発言を見ればそれがわかる……何だい兄さん?」
「いや、五十年も経てば、お前も立派に政治を語るようになったんだなぁ、と」
子供の頃の弟しか知らなかった俺だ。それがしっかり王様になってさ。
「頼もしいことだ」
・ ・ ・
隣国系工作員、そしてそれと通じて、我が国に被害を与えていた者たちの処罰は進んでいる。
処刑される隣国人は増え、損失に対する埋め合わせとして、死の強制労働で鉱山は別の意味で賑わっているらしい。
ヴァルムは、隣国との対決姿勢を隠そうともしない。ここ数年の体調不良、呪いに蝕まれている間に溜め込んだ怒り、憎しみの感情は相当だった。
何より許せなかったのは、彼が寝込んでいる間に、隣国に利する行為を働いた貴族や有力者の存在。自分たちの領を治めるために招いたアドバイザーが敵国の人間であれば、そりゃあ無茶苦茶にしてくるもので、しかも当然ながら責任など取るわけがない。
現体制を破壊するのが目的なのだから、無茶や理不尽を通して不満を煽るわけだ。だから工作員など野放しにしてはいけない。
さて、俺はヴァルムの依頼どおり、新たに捕虜となった隣国スパイたちに、真実を語る呪いをかけて周り、さらなる情報収集に協力した。
王都だけでなく、近隣の村や町にも工作員がいて、大なり小なり秘密の拠点があるが、今回も新規に3件ほど、新しい場所が明らかになった。構成員や協力者たち、帝国からの指示など、ヴァンデ王国側に情報が伝わり、騎士団は摘発行動に移るのだ。
・ ・ ・
王都、旧レーム大臣屋敷こと、ヴァンデ大公屋敷――つまり、俺たちの拠点だが――
「……何かおかしくないか?」
ベルデは、手にしたダガーで、抱えていた侵入者の喉を裂いた。
「あんたの暗殺は、もうギルドでやっていないはずなのに、どうしてこう、次から次なんだ?」
連日、屋敷には俺の命を狙う刺客がやってくる。殺し屋もいれば、盗賊まがい、殺人鬼や、邪教教団の手の者も混ざるようになっていた。
「最初に告知した範囲が広かったのか、噂が噂を呼んだのか……」
おかげで、屋敷の庭と内部の一部を除いて、結構ボロボロになっている。囮としては、この建物はよく頑張っていると思う。……一時は孤児院に利用できないかと考えたが、現状ではとても利用できないな。
ドォンと、激しい音がした。ベルデは苛々と頭をかいた。
「……また。今度は何だ? リルカルムか? シヤンの馬鹿か!?」
刺客を返り討ちにするのだが、囮屋敷ということで、特に建物を守る必要がなく、リルカルムやシヤンは、敷地内なら被害が出ようがお構いなく強い技などを使った。
静かに無駄なく、がモットーらしいベルデには、彼女たちの屋敷を壊してもいいという乱暴な戦いぶりは、ストレスのようだった。
俺はカースブレードで、向かってきた盗賊野郎を迎え撃つ。
「兄貴の仇ぃーっ!」
「そうか、怨恨というパターンもあるのか」
一刀両断。剣ごと切り裂かれる盗賊。
「自業自得よな。俺を殺してお金儲けしようとしなければ、お前も、お前のいう兄貴も死なずに済んだのだ」
責任転嫁も甚だしい。
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