第82話、仲間だから?


 夜の冒険者ギルド。ギルド建物の裏手にある解体場。ジンとラエルの回収屋コンビが、モンスター解体作業をこなしていた。


 アレス・ヴァンデのパーティーは、一気に5階も突破した。道中撃破したモンスターの数も相応にある。とはいえ、もう直にそれも終わる。


「師匠」

「終わったか?」


 ジンが顔を上げれば、弟子のラエルは首を振った。


「ソルラさん、大丈夫でしょうか?」

「……大丈夫とは?」

「今日、こっちへ来なかったじゃないですか。具合でも悪かったのかなって……」

「教会に報告があると言ったんだ。聞いていただろう?」

「それは……そうですけど」


 ラエルは、魔物から回収した魔石を磨く。


「何というか、元気がなかったような」

「まあ、そうだな。思い詰めていたな」

「! やっぱり! そうですよね?」

「……お前、気になるのか?」


 ジンは、じっと弟子の様子を観察した。ラエルは視線を逸らす。


「気になるといえば……なります。一応、同じパーティーじゃないですか」

「そうだな」


 仲間の心配をするのは悪いことではない。同じ場で活動し、生死を潜るなら、疎遠というのもよろしくない。何のために組んでいるのかわからなくなるからだ。


 ソルラは、先日、ジンたちに強くなりたいと指導を乞うてきた。堅物の神殿騎士が回収屋に頭を下げてくるなんて、奇妙なものだったが、ジンは受け入れた。基本、女性からの頼まれ事は断らない主義なのだ。


 それに、これから難度も増していくダンジョンに挑むにあたって、少しでも自らを向上させようという心意気は買いたい。はっきり言えば、ソルラの実力では、この先厳しいとわかっていた。


 アレス・ヴァンデのパーティーの一員であるならば、もしかしたら最深部まで辿り着けるかもしれない。しかし道中、孤立しようものならまず助からない予感がした。45階までの道のりはもちろん、そこから先も、厳しい環境と戦いが待っている。


 ――やる気のある子は好きなんだがな……。


 思い詰めているように見えた。


「大方、他の面々と自分を比べて、落ち込んでしまったのだろう」

「比べる?」


 魔女リルカルムは、あれは飛び抜けて優れた魔術師だ。凶暴で残虐な点はマイナスだが、アレス・ヴァンデのパーティーで、圧倒的火力で敵を圧倒する。

 性格の不一致はあれど、あれはまだいい。魔術師と騎士では、役割がまるで違うから。だが最近になって、シヤンとベルデが加わった。

 二人とも近接戦闘に優れた戦士であり、ソルラと役割が被る。


「シヤンは打撃とスピード。ベルデは正確無比な一撃とスピード。どちらも、ソルラにはないものだ」

「でもソルラさんは、防御と回復、神聖魔法がありますよ」

「そう。それで仲間の怪我も治癒したし、後衛も仕事に集中できる」

「おれ、ソルラさんが前にいると、落ち着いて狙えますよ」


 狙撃手として後衛からの支援ポジであるラエルである。ジンは頷く。


「パーティーにとって、潤滑油なんだな彼女は。だが役割が地味だから、いまいち自分の魅力――売りに自信が持てないんだろうよ」


 アレスにリルカルム、ベルデ、シヤンと実力者が揃って、今のところ、パーティーの連携が崩れるような場面に遭遇していない。


 一度、グレーター・デーモンを召喚された時は、危機でもあったが、アレスが力でねじ伏せて事なきを得た。あれがもし、苦戦するようなことがあれば、本人はもちろん、仲間たちもサポートとしての有用性を認めたかもしれない。


 使われない切り札。自分が切り札的な力もないことを自覚しているだけに、ただ立っていただけ、という状況が恨めしいのだろう。


「劣等感。責任感はあるようだから、余計にパーティーでお荷物になっているように思えたんだろうな」

「そんな……」

「今日、ベルデを助けたが、そのことで自分も役に立っている、必要なんだと思ってくれたなら……いいんだけどな」


 このままネガティブの感情に引っ張られると、ここから先、本当に足手纏いになる。それどころか命を落とすことになる。


「おれたちに出来ることはありますか?」

「ないな」


 ジンはストレージから、邪教教団が使っていた暗黒魔術師用の杖を取り出す。タクトのように小ぶりのそれは、素材がいいのか魔力も豊富である。


「本人次第だからな。厳しくしろとは言わないが、過剰に気をつかわれると、かえって辛くなるものだ」


 ふと、入り口が騒がしくなる。冒険者風の男たちが入ってくる。――戦利品なし。武装あり。


「ラエル」


 振り返った弟子に、ジンは自身の首を掻き切る仕草を見せた。一瞬目を見開いたラエルだが、何事もなかったように、場を移動する。

 男たちがやってきた。


「よう、回収屋ってのはあんたらかい?」

「そうだが。何か用か?」

「アレス・ヴァンデのパーティーにいる?」

「だから?」


 大公を呼び捨てか――ジンは、持っていた暗黒魔術師の杖を握る。


「お前たちをここで殺すぅ! 野郎どもかか――」

「パラライズ!」


 ジンは杖を向けて、男たち全員を麻痺させた。武器を抜き、飛びかかろうとした男たちは、つまづいたように前へと倒れる。


「あっ、か、体が……っ!」

「てめっ――」


 男たちが、かろうじて声を絞り出す。ストレージから魔法銃を取り出したラエルが口を開いた。


「さすが師匠」

「いい杖だ。魔法の腕も錆び付いてはいないな」

「またまたご謙遜を、マスター」


 ラエルは前へ出た。


「で、こいつら何です?」

「さあな。が、大方、アレス様の名前を出したところから、あの人の命を狙う刺客と言ったところだろう」


 ジンは杖をストレージにしまうと、換わりにノコギリ状のギザギザのついた剣を取り出した。


「さて、諸君。君たちが何者か教えてくれ。……もし口を閉ざすなら、それも結構。我々はこれでも解体のプロでね。殺さないようにバラすことにも長けているんだ」

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